第2話 ノーマッド


 洞窟を抜けるた先に存在したのは雪景色ではなく、うっそうと生い茂る密林だった。


『あ、やべ』

「グえっ!?」


 千年先の技術で作られた数十トンの質量の暴力に惑星エリクシルの原生林が耐えられる道理などあるはずもなく、時速60㎞で突っ込んだノーマッドが完全に停車する数mの間に数本の大木が根元からへし折られ、4本の履帯に踏みつぶされる。

 と同時に、戦車特有の殺人ブレーキの洗礼を受け、シートベルトが体のあちこちに食い込んだ征人の悲鳴が狭い車内に木霊する。


「殺す気か!?」

『いやー、800年前はここまで未開の地じゃなかったはずなんですけどねー。まあ、怪我がないだけいいでしょう?』

「ったく。しかし、道はなさそうだな」


 周囲を取り囲むモニターに視線を走らせるが、薄暗い森の中には戦車が通過できるような道は見当たらない。周囲に生えている木は一見地球の植物と大差ないように思えるが、緑色の葉の表面には独特の金属の様な光沢が見られる。音響センサーが拾った周囲の音にも、どこか甲高い響きが混ざっているようだ。


「周囲の地図は?高々800年で地形ごと変わるってこともないだろう?」

『此方をどうぞ』


 モニターに映し出されたのはモルワイデ図法で描かれた世界地図だった。おおむね4つの大陸が円を描くように並び、中心の巨大な内海の出口は北極側、赤道東側、南極側の3か、ここまで大きいと内海というのもおかしい様な気もするが。

 そして、地図上では北東方向に位置する最も巨大な大陸の一部分に赤い輝点が明滅している。これが自分たちの現在地だろう。


「詳細な地図はないのか?」

『最初に惑星の全容を見ておいたほうがいいと思いましてね。エリクシルの基本的な性質は地球とほぼ同じです。半径約6300㎞、平均密度5213 Kg/m3、平均気温14℃、軌道傾斜角度23度、自転周期は24.3697時間、公転周期は約390日。一年が13か月なことを除けば、生活に支障はないでしょう。我々がいるのはサラマンダー大陸、そのの南にシルフ大陸、サラマンダーと内海を挟んで西にあるのがウンディーネ大陸、ウンディーネの南にノーム大陸。大きく4つの大陸がこの星の陸地。そして、これが詳細ですよ』


 全球を描いていた地図がズームされ、半径40㎞程度の地形図が表示される。等高線を見る限り、前方と左には平地が広がっている。


『我々がいるのは山地の東の端ですね、ここから東と北には平野が広がっています。西には山地、南は地溝帯。何方へ行きましょうか車長殿。個人的には東か北を推薦しますが』

「川はあるか?」

『東へ120㎞程進めば』

「じゃあ東だ。川に出たら流れに従って沿岸部を目指そう。水源の近くならば村やら町やらあるだろう。…衛星画像は使えないのか?」

『あー、それは無理ですね。洞窟から出ても探査母船と通信が出来ません、エイリアンかプレデターに落とされましたかね』

「そいつがエリクシルに降りてこないことを祈るよ」


 車体から突き出した砲身に負荷がかからない様に180度回転させた後、4本の履帯が回転し、異星の大地を踏みしめながら巨体を前進させる。木々が倒れるたびに木の葉が舞い、小動物が我先にと逃げ出していく。


 無数の大木を乗り越えて進む車内は思ったよりも快適だった。周囲を取り囲むモニターはわずかなタイムラグもなく外の風景を映し出し、ここが重装甲に防御された砲塔内だと感じさせない。シートは少々固いが戦闘兵器だということを加味すると十分以上の座り心地。

 リクライニング機能はないのだろうかとシートの側面に手を伸ばした時だった、頭上からモーター音が響き、巨大なハリガネムシの様にも見える細長いワイヤーが先端に棒状のものを括り付けて降りてきた。


『とりあえず、これを注射していただけますか?』


 ワイヤーがほどけ、手のひらの中に白い棒状の物体――注射器――が転がる。針の部分は見当たらない、針無しタイプの注射器らしかった。側面のスリットから臙脂色の液体が入っているのを確認できる。


「栄養剤ではなさそうだな」

『我々の世界で使用されていた軍用ナノマシン”ナイチンゲール”です。人兵器間相互リンク、身体改造、戦闘補助が主な効果ですね。メタルギアと攻殻機動隊を足して2をかけた代物と言えばわかりやすいでしょうか』

「軍用ナノマシンに白衣の天使の名前とはね、悪趣味だ。断ると言ったら?」

『宇宙戦争って小説知ってます?』

「インディペンデンス・デイの方が好きだけどな」


 宇宙戦争。SFの父、H・G・ウェルズが1898年に発表した小説で”タコ型火星人が地球を侵略しに来た”というありふれた設定の始祖ともいえる物語。インディペンデンス・デイや戦闘妖精雪風のように地球人がギリギリ対抗できる技術力ではなく、ほぼ一方的に蹂躙される何ともリアリティのあるストーリーだ。そして、その結末を思い出し、ノーマッドの言わんとすることを理解する。


「太古の昔、神が作りたもうた病原菌に耐性のない生命は滅ぶのみってところか」

『理解が早くて何よりです。惑星エリクシルの物理特性はたしかに地球と似通ってますが、生命の発達の仕方は全く異なります。NBC防御装置をフル稼働させれば異星の大気でも地球人は車内で生きられますが、外に出るには宇宙服が必要です』

「防毒マスクは?」

『ナノマシンの出現で廃れました。それどころか、無線機や個人用パワードスーツも機能拡張で過去のものですよ。人の認識は体表までしかおよびません、後付けの強化外骨格や無線機を体の中に内蔵できるのなら、それに越したことはないのです』


 手のひらの中で10㎝にも満たない注射器を転がす。異なる惑星に転移するのは自分の意思が介在しなかったので理不尽ではあるが納得はできる。しかし、これは自分の意志で異物を体内に取り込むのだ、さもなくば待っているのは死。恐ろしさで手が震えない様にするのが精いっぱいだった。


「こんなことなら、知らない間に撃ち込まれていたほうがよかったかもな」

『それも考えたんですがねぇ。取説も渡さずに進めるのはこれから過ごす相棒としてどうかと思うのですよ、私は』


 車体に踏みつぶされる森を映し出していたモニターに新しいウィンドウが開かれ、人体図が映し出される、次に映し出された人体図の中で中枢神経系と末梢神経系にあたる部分が赤く染められた。


『ナイチンゲールの主目的は肉体改造です。出力は適合率であらわされ、どれ程の割合で生体組織がナノマシンによって強化されているかを示します。ナイチンゲールを注射すると、免疫機能と神経系が強化されます。この時点で適合率は10%ってところですかね。適合率は任意に引き上げることが出来て、骨格強化や筋繊維強化、さらなる神経系強化を施すことで軍用パワードスーツ並の出力を自在に操ることが出来ます』


 ノーマッドの説明が進むにつれて人体図のいたるところに赤が差し、神経系の赤もさらに濃くなっていく。


『脳内にナノマシンのネットワークを構築し、ネットワーク上のコンピュータの演算能力を利用することが出来ます。今のところ利用者は私と征人さんしかいないので演算領域は使い放題です。高速思考とか並列思考とか、多言語の同時翻訳とか。思考をネットに乗せればテレパシーのように考えるだけで密談もできます』

「ハッキングが怖いな」

『人形使いはこの星にいないでしょう。デメリットはほかにもあります、一度上げた適合率は引き下げることはできませんし、適合率を上げるごとに人由来の生体組織はどんどん軍用生体部品に置き換わっていくので、ぶっちゃけると人じゃなくなります』

「ボーダーラインは?」

『おおよそ80%前後ですかね。ここまで行くと筋肉と骨格はほぼ完全に置き換わり表皮も特殊軟性生体装甲に変わっています、あとは戦闘に不必要な部品を切り捨てていく作業になります。生殖機能、味覚、複雑な消化器官、心、自我エトセトラ、エトセトラ。連合では適合率80%を超えると数え方が”人”ではなく”機”になります。要するに1軍人から1兵器に変わり、備品扱いになるわけで』

「もういい、解った」

『でも、やっておいたほうがいいですよ。この星で生きる以上、引きこもり続けるのは無理がありますし、適合率の引き上げは私が行うことはできません。ほかの手段で外に出たとしても、パンピーの貴方が生きられるような甘い世界では』


 なにか誤解しているノーマッドの弁を無視し、一息に注射器を腕へと突き立てる。圧縮空気の漏れる音が響き、注射器を当てた腕に鈍い痛み。それに眉をしかめたとたん、その鈍い痛みは全身へと広がった。


『あ、注射と同時にナノマシンが中枢神経系と末梢神経系を施術するのに2分ほど鈍痛が全身に広がるのでそれは我慢してください』

「それを、はやく、言って、ほし、かった」

『次に適合率を引き上げるときは神経系がナノマシンのコントロール下にあるので痛くないですから、我慢してください。天井のシミでも数えていたら終わりますから。ウォーリーを探せとかやります?』


 人体図のウィンドウがどこかで見覚えのある人ごみの絵に変わる。右下に小さく”NOW LOADING 11%”とか書いてあるのはギャグのつもりだろうか。

 もだえること2分16秒、乱れた息を整えるのに56秒。ようやく一息ついたときに、脳内にノーマッドの能天気な声が響く。


 ――グッドモーニング、征人さん。本車ナノマシンネットワークにて通信中

 ――何時からお前は原潜になったんだ

 ――おお、素晴らしい!普通に通信できるとは。どこで使い方を習った?

 ――説明書を読んだんだ。


 筋肉もりもりマッチョマンの筋肉映画が勝手にダウンロードされそうになるのを慌ててキャンセルする。なぜ戦車にあの映画のデータが入っているのだろうか。


『ネットワークの初期設定とかはこっちでやっておきますよ。適合率はどんな塩梅ですか?』

「ん……12%ってところか」


 視界の端に12%という文字が躍る。視界を動かしてもついてくるので、脳の視覚野に映像を追加しているのだろう。


『うーん。やはり、古代人だと適合率が高くなりやすいのですかね。まあ、我々の世界ほど殺伐としてないので仕方ないといえば仕方ないでしょう。何度も言いますが人で居たいのならくれぐれも上げすぎないようにお願いしますね、行きつく先は9課のメスゴリラじゃなくてターミネーターとかハガレンとかの方向ですので』

「オールド・スネークぐらいでちょうどいい」

『では、今のうちに携行兵器も紹介しておきます。シートの裏にピストルがあるので取り出してください』

「シートの裏、ここか」


 脚の間に手を突っ込んでシート裏の隙間に収納されていた拳銃を引き抜く。回転するシリンダーにごつい銃身、一見リボルバーのように見えるが、見覚えがある。もちろん、悪い意味で。


「マテバじゃねーか!?」

『正確にはRistampa serie MATEBA Modello 866 Unica。MATEBA Modello 6 Unicaの5インチモデルによく似てますが、れっきとしたサーマル・コイル・ガンです。銃身上部がバッテリー、後方のシリンダーが弾倉で専用の10.9 mm対人スチールコア誘導補助弾頭、3発入りのカートリッジを6発装填できます。発射薬をプラズマとし初期加速用と割り切って、銃身のコイルで加速させる方式を採用したのでナノマシンを使用した人体の皮膚を貫く貫通力と携行性を両立しました』

「ほかには?PDWはないのか?」

『そういうのは搭乗者が持ち込むのが前提だったのでありません。デカブツ相手には砲塔上部の95式対装甲振動刀を使ってください』

「なんで近接武装がついてるんだ未来戦車」

連合私のの趣味だ、いいだろう?』

「滅びてしまえ」


 すぐにネタを突っ込んでくるAIに頭が痛くなりそうだ。この適合率ではナノマシンは精神的な痛みに関してはノータッチらしい。


「ノーマッド、残りの燃料と残弾は?補給の当ては無いのだろう?」

『補給の当て?ああ、そういえば1000年前はそうでしたね。ご心配なく、ジェネレーターは第8世代型高ベータ核融合炉、燃料のトリチウムや弾薬、消耗部品は粒子3Dプリンタで賄えます。”無人無補給での作戦行動が可能”というのが新第7世代型戦車の条件ですので』


 1000年の技術格差と単純に表現はできるものの、正直眩暈がしてしまう。確実に言えることは、1000年後の戦争では兵站の概念が今とはずいぶん様変わりしているだろうということだ。

『いい機会ですから、今のうちに説明をば』と言いつつ、メインモニターの半分がノーマッドの三面図に切り替わる。(近況ノートにノーマッドの挿絵行きURLあり)


『主武装は52口径155㎜連装電磁・電子熱化学複合投射砲”ブレイクスルー”、通常はサーマルガンとして使用し、超長距離砲撃や重装甲構造体の破砕を行う際には砲身に通電させレールガンでの加速も行い、理論上は第2宇宙速度まで加速できます。やったことないですけどね。弾頭はタンタル弾頭装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDS-Ta多目的対戦車榴弾HEAT-MP、広域制圧用の電子励起炸薬弾頭榴弾HE-E3。ああ、あとやろうと思えば熱核砲弾とかの危険な玩具もプリンタを使えば出力可能です』

「何時から戦車は戦略兵器になったんだ」


 物騒な単語の羅列に思わずツッコミがかすれる。第2宇宇宙速度まで出せるというのならば、索敵手段と弾頭に大気圏再突入能力さえあればこの星全てが射程距離内に収まるということだ。TNTの500倍の威力を持つとされる電子励起爆薬の威力は155㎜砲弾と言えど小型の戦術核に匹敵する。極めつけには熱核弾頭水素爆弾ときた、1000年先になってもまだ核兵器が現役とは業が深いというべきか、それ以上の大量破壊兵器が出なかったことに胸をなでおろすべきか。


『熱核砲弾が本格的に使われたのは第5次世界大戦ぐらいですよ。いかんせんフォールアウトが少ないのでバカすか使われて、もう少しで愛で空が落ちてくる世界になるところでした。まあ、戦前の文明レベルに戻るのに200年ほどかかりましたがね』

「厄災戦かよ」

『連装砲のほかには砲塔上部に3銃身25㎜ガトリング式対空サーマルガン”エノーモティア”、12,7㎜車載重機関銃が1基。主砲同軸機関銃としても12.7㎜重機関銃が1基搭載されています』

「M2ブローニングがまだ現役なのか?」

『まさか、火薬式の銃砲はもはや廃れてますよ。今じゃどこでもサーマルガンが主流です。最初はレーザーも併用されてたんですが、レーザー対抗手段が発達しすぎて昔の実弾に逆戻りですよ。質量×速度に小細工は通用しませんから』


 時速30㎞程で前進する車体が小さな小川を水しぶきを上げながらわたりきる。木々の隙間から見えた太陽は若干傾き始め、空の色には微かに赤が混ざり始めている。


『ジェネレーターは先ほども言った通り、GERM製第8世代型高ベータ核融合炉、出力は100MW。最高速力は90㎞/h、エリクシル上での全備重量78トン、全長13.6m、車体長10.2m、全幅5.7m、全高4.4m。100m程度の水深であれば特殊装備無しで潜水渡河が可能です。搭載AIは新第6世代型量子・DNA複合コンピュータ”ワード8128型”、少なくとも我々が地球を発った時代では最高性能の電子頭脳と言えるでしょう』


「ハードは良くても、ソフトがいろいろアレすぎやしないか?」という言葉をすんでのところで飲み込む。逆に考えればいい、ここまで(残念な)人間臭い言動が出来るということはソフトも一流なのだろう、と。

 しかし、と思考に引っ掛かりが生ずる。確かに、ノーマッドはSF小説から出てきた代物のように高性能だ、それはいい。問題は…


「系外惑星探査に大隊規模の戦闘車両の群れを送り込む必要はあったのか?自衛火器として25㎜ガトリングぐらいならばわかるが、155㎜砲はオーバースペックすぎるだろう」

『ああ、それは…。待ってください、空間歪曲レーダーに感あり。右方10㎞、軽装甲車両1、中型装甲車両3だと思われます。北進中』


 レーダー画面の進行方向上に”UNKOWN”とラベリングされた4つの輝点が浮かび上がる。点群は東進を続ける自分たちの前を右から左に横切るように動いていた。



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