第9話 通りの魔族
『トンネルの向こうは、不思議の街でした』
「川端康成じゃなくて
狭いトンネルを抜けた先の光景に、先ほどシュルツが言った言葉を思い出す。現代日本の4車線以上の幅がある大通りの両側には様々な看板や旗をぶら下げた店が立ち並び、歩道には大勢の人間や亜人としか形容できない生命が行きかっている。
車道として使われているらしい中央付近の領域は、地球人の感覚では奇妙というような表現が真っ先に出てくる車両や、馬車を引く6足の馬の様な生物がゆったりとした速度で往来していた。
周囲の建物ばかりか石畳の舗装路すらも恒陽の光を存分に反射する白で染め上げられており、街道の先には巨大な城壁を持つ城と呼ぶべき建造物が屹立し、街道を見下ろしていた。
「ここまで真っ白だと目が痛くなるな。ノーマッド、この国は右側通行だ。速度は20㎞/h以下。モンスターや人を優先して通行しろ」
トンネルの中の暗闇に慣れてしまった目をまぶしそうにしばたかせながら、唯一のこの星の住人が指示を飛ばす。『今度作るときは前輪を科学的な操作系統で操舵輪にしてくれませんかね』とぼやきながら、ノーマッドが履帯をきしませて前進を始める。錬金術で作られた偽装カバーに取り付けられた車輪は、魔術によって車体が回転しようとする方向へ転向するようになっているが、AIとしては違和感があるのだろう。
「しかし、大分目立つかとも思ったがそうでもないな」
街道の中を比較的のんびりとした速度で走行する異星の巨大な戦闘車両だったが、それを物珍し気に見る住人は少ないように見えた。もちろん、何人かは視線を投げかけるものもいたが、すぐに興味を失ったように視線をずらしていく。
「コイツは確かにデカブツだが、かといってこれほどの大きさの輸送用ビークルは多くはないとはいえ存在する。大商人のキャラバンだと一回り大きい輸送用ビークル数十台が旅団を組んで移動することもある。ディオノスに限らず、この星の国家は大なり小なり交易都市としての側面を持つから、彼らにとっては珍しいは珍しいがそこまで気を留めるものでもないのだろう」
そう言いながら深くかぶったフードの下から、周囲に油断なく視線を走らせる。この国に入る直前から彼女はフードを被ったままだ。俯き気味というのもあってぱっと見では口元ぐらいしか見えないだろう。
「そんなに深くかぶったら周りが見にくくないか?」
「不特定多数の人間に顔を見られるよりはましだ。それに、透過の魔術もかけてあるから、内側からでも十二分に見える」
『マジックミラーってところですか。必死こいて装甲コクピット作ってた技術者が聞いたらひっくり返りそうですね』
ノーマッドの愚痴なのか呆れなのかわからない感想を聞き流しつつ両側の歩道を往来する人の波を見る。彼ら彼女らが身にまとう衣服は中世や現代という括りよりも、ファンタジー世界の住人の衣服というのが適当な括りのように思えた。過度に現代的でもなく、かといって中世的でもない。それでいて、地球のものとは決定的に違うがどこかで見たような既視感がある。
決して人数が多いというわけではないが、アルマの持つものとよく似た形状、長さの杖を持つ人物もいたが、先端に取り付けられたクリスタルの色は無色ではなく、黄、赤、青、緑をはじめとするさまざまな色を呈していた。
「杖の先の水晶にも種類があるんだな」
「当然だ。杖の先の増幅結晶は術者の魔力を効率的に運用する要だからな。術者と同じ系統の結晶を使わねば効果が薄い。反属性の水晶を使えば簡単な魔術すら発動できなくなる」
「反属性?」と聞きなれない言葉に首を傾げると、「そのままの意味だ」と面白くもなんともなさそうに彼女が続ける。
「基本的に魔力の属性は4つ。すなわち火、風、水、土。それぞれの属性に得意不得意、希少過多はあるが、相性もある」
『四元素説的なファンタジー要素キタコレ』
「相性?水は火に強く土に弱いとかか?」
「考え方は近いな。魔術・魔法において火と水、風と土は相反する属性だ。例えば火属性系統の魔術に水属性系統の魔術をぶつければ対消滅反応が起きる。衝突したお互いの属性の術式が打ち消され合い、打ち消された分だけの魔力が指向性を失って周囲に発散される」
「爆発するってのか?」
「そこまで剣呑な話じゃない。魔力は魔術や魔法によって指向性をもって初めて意味ある効果を生み出す。対消滅反応で周囲に拡散される魔力は指向性を失った無色透明の魔力に過ぎず、星の大気に拡散するだけだ。それを応用した魔術なら、貴様も見ているはずだぞ?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるアルマ。これで知らないとでもぬかせば、杖どころか
「対魔術結界か。だが、対消滅していたのならどうしてノーマッドに負荷がかかる?」
「言っただろう?周囲に拡散するのは打ち消された分だけだと。対魔術結界の出力を超えた魔術を撃ち込まれれば、結界に回した出力では対消滅させきれずに貫通する。ヒュッケバインの魔術出力は強大だ、まあ私が万全の状態であればその限りではないが」
そういって一つ肩をすくめた。彼女が言うには、もし魔術結界なしでヒュッケバインの妨害魔術を受けていれば車輪一つ動かせなくなるどころか、弾薬庫の砲弾が勝手に起爆しかねないらしい。というか、最初期の頃はそれが原因で多くの装甲車が犠牲になったそうだ。
「そういえば、君のクリスタルは無色だが。何故なんだ?」
「…無色の結晶はそれ自体に魔力系統がない。故にどの属性の魔力でもそれなりに増幅する。もちろん、出力は色付きの結晶には及ばないが」
「万能型か」
「器用貧乏型ともいえるがな」
そんな話をしていると前を走る装甲車が停車し、ノーマッドもそれに続く。何事かと前の方を見てみると、交差点の中心に浮かぶ正八面体のクリスタルが赤く輝いている。
「信号まであるのか」
「当たり前だろうが。アレがなければ身動きが取れなくなるぞ。ただでさえビークルは小回りの利かないデカブツが多いのだから」
『加粒子砲とか打ってきませんよね?』
「その時はレールガンで反物質弾頭弾でもぶち込んでやればいいさ」
『…念のため今のうちに作っときますか』
何やら物騒なことを口走ったノーマッドに問いかけようとしたとき、歩道の方から声を掛けられ、思わず振り返り、ぎょっとするのを何とか抑え込んだ。
声の主は朱殷のスーツの様な格好に身を包んだ180㎝以上はあるであろう人物、いや、人物と呼んでいいのだろうか疑問を浮かべざるを得ない。首から下の体つきは細身の男性のソレであるが、問題は首から上だった。山高帽を募の間に乗せた、どう見ても黒ヤギとしか表現できないような頭がこちらを見て微笑んでいる。ヤギの獣人というところだろうか。
「やあ、どうも。突然申し訳ない、少々お尋ねしたいことがありまして」
その風貌に反し、山羊の獣人は丁寧な物腰でユキトに問いかける。その姿からやり手の執事のようにも見えるが、問いを投げかけられた本人の印象はやり手の商人と言ったところだった。
「なんでしょう?僕は先ほどこの国へ来たばかりで、道案内は出来かねますが」
「いえいえ、この国へ来たばかりの方に尋ねたかったのです。昨日、この辺りにヒュッケバインが出たという情報を耳にしましてね。たしか南西の方角だったかと思うのですが、何か知りませんか?」
南西の方角、ヒュッケバイン。この二つの情報が指し示すのはまさに昨日自分たちが始末したあの魔獣の事に違いない。さて、ここで真実を語るのは簡単だが、最悪レベルの魔獣とされているヒュッケバイン相手に逃げたどころか撃墜したなどと話せば面倒なことになりそうなのは目に見えている。
すっとぼけよう、と問いを聞いてから0.5秒で即決し言葉を返そうとしたが、その必要はなかった。
「いいや、私たちも初耳だ。聞きたいのはそれだけか?ならば疾く立ち去れ」
いきなり喧嘩腰の言葉を使うアルマに内心驚く。確かに彼女はよく言えば堂々と、悪く言えば偉そうな口調で話す人間だが、初対面の人物にここまで強い言葉を使ったことに違和感を覚えた。
「まあまあ、落ち着け。すみません、今日は腹の虫の居所が悪いみたいで」
「どうかお気になさらず。私共は慣れていますので。しかし恐ろしいですなぁ、ああいえ、商人の端くれとしましては、交易路にのさばられると商売あがったりですので。この国には今のところ
「とっととほかの場所へ飛んでいってほしいものですな」
「ええ、全く。そういえば、この国にはどのようなご用向きで?」
「ちょっとギルドの登録に、ね」
そういうと山羊の獣人は笑みを深め大きく頷いた。その動作は純粋に此方に対し益となる情報を伝えられる喜びを表しているようにも、自分の探している人間を見つけられた安堵を表しているようにも見えた。
「でしたら、Uターンして一つ前の通りを右に曲がり、3ブロック先で王城に向かったほうが良いですよ。この時間帯だとこの先は込み合います、少々遠回りでもその道のほうが早いでしょう」
「ありがとう、ええと」
「マーフィー。ジュリウス・マーフィーです」
「ありがとう、マーフィーさん。時間を潰さなくて済みそうだ」
「足止めしてしまったことと、お連れのお嬢様の機嫌をそこねてしまったことのお詫びです。ああそれと最後に一つだけ」
そういって山羊の獣人――マーフィーは山高帽を脱いで胸に当て、手慣れた様子で恭しく頭を下げる。
「何かご入用の際はぜひマーフィー商会をご利用ください。結婚指輪から重装甲ビークルまであらゆるものを取り揃えております」
「あいにく金に余裕がなくてね、出世払いでもいいかい?」
「もちろん。もっとも、貴方にその見込みがあると私共が判断した場合に限りますが」
「その時はお手柔らかに頼むよ」
ノーマッドがその巨体を震わせて反対車線へUターンし、マーフィーと手を振ってわかれる。「なんだ、案外いい人じゃないか」とつぶやきつつ振り返った彼が見たのは、フードと眼鏡の下からこちらをにらみつける2つのアメジストだった。
「あの、アルマ、さん?」
「なんだ?」
「もしかして、怒っていらっしゃる?」
「ある意味怒っているのかもな。貴様、アレをどう見る?」
アルマの言うアレとは先ほど別れたマーフィー氏の事だろう。そういえば、彼もアルマから剣呑な言葉を向けられたとき”私共は慣れていますから”と漏らしていた。それに関係があるのだろうか?
「どうって、山羊の獣人じゃないのか?」
思ったままの言葉を継げると、彼女は頭痛を抑えるように頭を抱え長い溜息を吐いた。
「バカ、大馬鹿、唐変木、レイバーンの羽に頭ぶつけて死ね」
「唐変木は意味が違ってこないか?」
「うるさい。……まあ、私のミスでもあるのだが。本来山羊の獣人は靴をはかない、蹄があるから必要ないし、そもそもはけないからな。奴の足元を見たか?」
「上等な革靴に見えたが」
「そして、山羊の獣人にしては体系が人間そのものすぎる。アレを見ろ」
彼女が顎をしゃくった先には通りに置かれたテーブルで遅めの朝食をとる4人組、その四人はマーフィー氏と同じく山羊の頭を持っているが、人間よりも胸板や胴体が分厚く、山羊が二足歩行する高等知生体になったと呼べる要旨をしている。
「解ったか?
『魔王とかに仕えて人間世界滅ぼし軍を編成している連中ってことですか?』
「違う。魔族とは大災害時に我ら人とは袂を分かった今となっては別の種族だ。人族は魔術を解析し、精密に誘導することにはそれなりに長けてはいるが絶対的な身体機能では獣人達と比べられない。彼らの祖先は自らと別の種族を魔術的に融合させ新種の生命体としてこの星に新しい系統樹を足したんだ」
「要するに、災害を乗り越えるために人工的に作られた
「そういうことだ」と不快感を隠そうともせずに鼻を鳴らす。
「今のうちに言っておく、魔族には極力関わるな。目的のためならば自らの子孫を平気で弄繰り回す人でなしだ。そのうえ下手に能力があるから質が悪い」
「だったら、邪険にせず上手く友好関係を築いて協力するべきじゃないのか?」
「そう言って財産の一切合切をぼったくられた資産家や、結果的に生還の見込みのない殿となって部隊もろとも全滅した将軍ならそれぞれ10人ほどあげられるが?役に立ちそうな魔族は商人ぐらいだ、金にがめつく契約はきっちり履行する。完全に金で動く生命体というのが適当か」
「だから、あの時君はそのまま会話を続けさせたのか」
「もっとも、金で動く分寝返るときは素早いぞ。奴らは根本的により多くの金を支払ったものの味方なのだから」
「せいぜい、ケツの毛までむしられない様に注意するさ」
「どうだか」むすっとした表情を崩さず吐き捨てる。これは、何かで、具体的には甘いものとかでご機嫌取りをしておくべきなのだろうが、あいにくそんな気の利いたことをやったためしがないうえ金もないのでお手上げもいいところだった。
目的地を目指してノーマッドが街路をすり抜けていくことに変化はないが、その周囲を取り巻く環境は確実に変化し始めていた。先ほどまでは非装甲輸送車両や食事の移動販売車、警察組織のものらしい小型の装甲車や公共交通機関としての馬車鉄道と呼ぶべき乗り物が闊歩していたが、目的地に近づくにつれそれらは徐々に姿を消し始めていった。
代わりに現れたのは物々しい主砲と砲塔を備えた装輪、半装軌、装軌を問わない多種多様な装甲戦闘車量や、地球では見た事がない巨大なトカゲの様な生物に鎧を纏わせ、砲塔を備えた無動力の車――龍車と呼ぶべきだろうか?――を引かせた兵器。非装甲のトラックであっても、乗っているのは果物や雑貨ではなく多種多様な弾薬やクリスタル。両側に並ぶ店も、大通りのある種の瀟洒な雰囲気は消え失せ、巨大な生物の素材や盾、剣、杖、ライフルなど混沌というべき有様だった。
そして、その通りの突き当りには巨大なドームを持つ薄汚れた白亜の建物。遠くに見える城が王の居城だとするならば、向こうに見えているドームは荒くれ者どもの出城と言った雰囲気だ。
「見えてきたぞ、あれが冒険者・傭兵ギルドディオノス支部。通称ディオノスドームだ」
「冒険者兼傭兵ギルドか。しかし、こんなに戦闘車両が並んでいるのは壮観だな。時代も場所も国もごちゃごちゃのように見えるが。シャーマンっぽい車体の上にチャーチルⅠ的な砲塔とかどういう組み合わせだよ。17ポンド砲もってこい17ポンド砲」
『
「心配するな、今のお前は戦車じゃなくて装甲輸送車だ」
『それもなんか嫌なんですけどぉ!?戦車的に考えて!』
人の悪い笑みを浮かべるアルマとそれに抗議するノーマッド、様変わりした通りと行き交う戦闘車両に興味津々と言ったユキト。周囲の喧騒はディオノス・ドームに近づくにつれて大きくなっていった。
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