第1章「見習い騎士」

首が3つの巨大な熊…正式な種族名はケルベアーという本来凶暴であり凶悪で知られる熊、ケル吉にまたがり利央は森の奥へと進む。


途中近くの茂みに動物のような気配があったのだが、ケル吉が軽く吠えただけですぐに逃げていった。


もしかしたらケル吉はこの森ではかなりの強者なのかもしれないな。でも、もしケル吉でも勝てない奴が現れたらその時は...。


ケル吉のもふもふな毛並みを撫でながら、そんなゲスな想像をはたらかせ利央とケル吉はどんどん森の奥へと進んで行く。


そして森の奥の奥、あたりに射し込む陽の光が少なく感じられるくらい暗くて、深い森の中に差し掛かったころ、ケル吉の様子が急変した。




「バウッッッッッ!!!!!!…グルルルルルル」




ケル吉は突然これまでにないような、身体に響いてくるくらい深く大きな咆哮を放つ。


利央はめちゃくちゃびっくりしたが、目の前の茂みから現れた者…現れた"奴"を見てケル吉の行動を理解した。


1人と1匹の前に姿を現したそいつは…


















私…リア・タナルカ・アーネルの朝は早い。





今年からターネル家を出て"騎士見習い"となった私は毎日、日の出前に起床し先輩方の防具の手入れや剣の素振り、そして朝食の準備と色々やらねばならない。


騎士見習いとしての仕事といえば聞こえは良いが…要は雑用だ。


騎士を目指して家を出たことに高尚な理由などなかった。ただ貴族であるターネル家の基盤強化の為に政略結婚の道具として使われることから逃げられればそれで良かった。


私も貴族の娘として育てられた身、時が来たら自分の身を家の為に捧げようと決心はしていた。


だが…あれは流石にひどかった。






政略結婚の相手に顔やスタイルを求めることはしてなかったつもりだ。平凡な方でも好きになって、幸せになるつもりであった。


しかし、ターネル家の為に頼むと父から告げられた結婚相手と初めて顔を合わせた時にそんな心意気は消し飛んでしまった…。


「よ、よろしくお願いするです、うひっ、うひひひひ」


と言って手を差し出して来たロウス家の次男は望むがままに食べ続けて太れるだけ太り、

貴族でありながら入浴が嫌いらしく不快な臭いが漂う男であった。


見た目で人をどうこう言うつもりは無いと思っていたが、それでも好みや限度はあったらしい。


そこで私は生まれて初めて父の言うことに反抗し、騎士になりたいとでっち上げの嘘をついて家から飛び出して来たのだ。


貴族の家から騎士を目指す者は多く、大抵は賄賂を騎士団に渡して"見習い"などといった階級をすっ飛ばしていくのだが、私は事情が、事情だったので見習いスタートとなっている。


なぜ貴族から騎士を目指す者が多いのかというと、騎士として大成するまでの数年から10年は家に帰らずに済むのだ。多くの者はそれが狙いだろう。


中には本当に騎士を目指す者もいるかもしれないが、ほとんどが複雑な家の後継争いや恋愛のいざこざで逃げるようにして騎士を目指すと聞いたことがある。



さらに騎士として"武勲"を挙げれば英雄として褒め称えられ、もう家に戻ることなくモンスター退治や騎士の育成など好きに生きることが出来る。


自由に生きる…いままで考えたことも無かったが、気に入った相手と好きに恋愛ができるのはかなり魅力的だと思う。私は例の一件からそのことの幸せに気づくことができた。







なので私はなんとしてでも武勲を挙げて、幸せな人生を送るのだ!





そういった夢を持ち、毎日の辛い鍛錬の生活をなんとか頑張っている。




そして驚くことに先程、さっそく武勲を挙げるまたと無いチャンスが訪れたのだが…。







「ですからハンス団長!"闇属性"の魔法を使っていた者が居たんですって!!森の入り口に!!!」


「リア…お伽話の読みすぎだ。日々の鍛錬で疲れているのは分かるが、もっと精神を強く持て。騎士は魔法への抵抗力をつけるという意味でもな…」



私が所属している"ナオス騎士団"の団長ハンスさんは私の言葉を全く信じていない様子だ。


それもそうだ、闇属性の魔法など吟遊詩人の話すお伽話か神話の世界にしか出てこない。


小さな都市を一撃で消し去るような凶悪な魔法を使うこともできるが、闇の魔法の最大の特徴は誰にでも存在する"心の闇"それに共鳴し、相手を精神から支配してしまう事だ。


なので神話に出てくるような魔王は闇の魔法を使って配下を増やしていき、世界を滅ぼしかけたという…。


そんな恐ろしい魔法を操る者などいるはずがない、というか存在していいはずが無いのだ。






だが居た!!!

絶対に居た!!!!!!



先程見てしまったのだ、森の入り口で幸の薄そうな目つきの悪い男が闇の魔法を使っている場面を。


ケルベアーほどの凶悪な魔獣が人間に懐くなど聞いたことが無い。あの手から出ていた異様な魔力、あれは闇の魔法に違いない。







なのだが…







「…というわけでだよリア・タナルカ・アーネル君。ここは君の家より数段ひどい環境だろうが騎士たる者そういった心がけで…」


「ごめんなさい団長、その通りです!ではまたっ!」


「あっ、ちょ!リア!話はまだ終わって…」




説教じみて来たハンス団長の話を遮ってリアは退室した。


私は絶対にあの男を捕まえて英雄になってやる。その為には先ずは…。




リア・タナルカ・アーネルは野心に満ちた顔で訓練場へと向かっていった。

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