第3章「乙女の憂鬱」
「はあ…」
トレードマークの赤い髪は彼女の心境を象徴するかのように乱れている。
更に普段はピカピカに磨かれている見習い騎士用の鎧も、今は土や泥で汚れてしまっているのだが…当の本人は気にしていない様子。
深いため息をついたリアは、激動と言って差し支えないだろうここ数日の事を振り返っていた。
あの事件からずっと王都にいるのだが…
王都の人達が申し訳なさそうに付かず離れずといった感じで対応してくるのが、何というか…その、気まずい。
ナオス騎士団からはとりあえず王都にいるようにと言われているので、私からこの状況を抜け出すことが出来ないのがまた辛い。
そして今も王都の食事処にいるのだが…
「騎士様…こ、こちらサービスですので」
「あ、いや…お気になさらずに」
「い、いえ!!せめてもの償いですので…どうか受け取ってください」
「は、はあ」
このようにお互いに気を遣い合うという謎の状況が毎日必ず起きている。
これも私のせいなので、何とも言えないのだが…。
「はあ…」
リアは再び、深いため息をついた。
「ため息をつくと幸せが逃げるって言うぞ?」
「…幸せはもう手の届かないとこまで行ってしまってるんです…って!ハンス団長?!」
ハンス団長はいつの間にか目の前に座っていて、ニヤニヤしながらこっちを眺めていた。
ハンスはリアが所属するナオス騎士団の団長を務めている男で、整った顔立ちで歳も20代後半といったところだろうか…。その見た目からか王国中に女性のファンがいるという話を聞いたこともある。
剣の腕も一流で、騎士団最強とも言われているとか。
正直私のような新米はそもそも話す機会すらほとんど無かったのだが…。
「それで…どうされたのですか団長?」
「んん?なんで俺が王都にいるのかってことかい?…それは君もわかっているんじゃないかな?」
相変わらず団長はニヤニヤしたままだ。なんでこの人はこんなににやけているのだろうか…。正直若干楽しんでいるようにも見える。
「この前の事件…ですよね?」
「正解っ!!」
やはりこの人ニヤニヤというか若干ふざけている気がする。
「…」
「まあまあ、そう睨まないでくれよ。君の気を少しでも紛らわそうって思ったんだって」
「…で、私はどうなるのですか?やはり除隊ですか…?」
するとハンスはわざとらしくびっくりした表情を浮かべ
「何を言っているんだいリア・タナルカ・アーネル君!国を救った英雄にそんなことできるわけないじゃないか」
「私は…国なんか救ってないです…」
ハンスは少しの間リアの様子をじろじろと観察すると
「??…あー、それで悩んでいたのか」
「?!」
「君は救ったつもりは無いのかも知れないけど…結果的に見れば多くの人が君に救われているんだよリア君。私は何もしていない…ただ言葉にして伝えただけ…そんな風に思っているんだろう?」
「…」
「それに事件のことは大体聞いたよ…国民に石を投げられたんだって?…こんな奴らを救う価値なんてあるのか??…そんなこと思っても仕方ないと思うよ?」
「!!…別に私はそんな事思っては…」
リアは俯く。
「とにかく結果的に君は国民にとっての英雄になった訳だ。君の気持ちとは関係なく…ね。…今の君には厳しい事を言うようだけど、今後も騎士団にいるのなら君には英雄でいてもらわないと困るんだよ」
「どういう事ですか?」
「騎士団とは国を…民を守るためにある。そんな騎士団に国を救った英雄がいるって事は、民にとってはどうだい?」
「私に見世物のようになれ…と?」
「そうは言っていない。だができればそうして欲しいと思っている」
リアは拳を握り締める。
自分が何をしたいか…今ははっきりとは分からないが、人集めや宣伝の道具にされると言われてとても悔しいと思った。
「…リア君。話は変わるが、君はあの力…闇属性魔法の力を見てどう思った?」
「…怖かったです。この世にあっては…人が持ってはいけない力だと思いました」
「その通りだと思う。…伝え聞いた話が本当なら、闇属性魔法とはもはや"神の力"とでも言うべき存在だろう」
ハンスからは最初の頃のふざけた様子は消え、真剣な表情が伺える。
「そして君はあの力について他の人間よりは詳しいだろう?…それにあの男とも接触したことがあるとか?」
「ですが、会話を少し交わした程度ですし…それに対したことは知らないです」
「それでも良いんだ。君には今後あの男…リオ・アケチについて調べる特別な隊の隊長になってもらう」
「え?!私が隊長に?!?!…無理ですよ!!絶対無理です!」
騎士団で言われる隊長とは幹部の事である。つまり見習い騎士から数段階も階級を飛ばして昇進させると言う事だ。
「これはもう決定事項なんだよ、リア・タナルカ・アーネル君」
リアの口は大きく空いたまま、しばらくの間塞がることは無かった。
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