クズが異世界を通ります

山崎トシムネ

序章「クズ」

「いけっ!!内側から刺せっ!!!」




今日のレースは自分の人生が賭かっていると言っても過言ではない。それだけに応援には力が入る。


男は全財産を投じた"キタヤマホワイト"に向けて狂ったように声を飛ばす。


「おいおいおいおい!!なにやってんだよ!!!いけっ!いけよっ!!!」


キタヤマホワイトはラスト一周で一気にトップに躍り出た。


「そうだ!いいぞ!!いけいけいけっ!!」


そしてレースは終盤、最終コーナーに差し掛かかる。


「よしっ!!そのままいけっ!、もらったぁ!!!......あっ」


トップで最終コーナーに突入したキタヤマホワイトだったが、なんでもないような場面で突如バランスを崩して転倒し、男の人生を賭けた大勝負はあっけなく終わった。


男は膝から崩れ落ちる。


「明日からどうすんだよ...」


財布の中身を確認すると、男の全財産は159円だった。最近の自販機ではペットボトルすら買えない。


「クソッ、やってらんねーよ」


男は馬券を破り捨て、競馬場を後にした。






家に着いた男は水を飲もうと水道をひねる...が水が出ない。ガスと電気は既に止まっているのでこれでライフラインが全滅したことになる。


「クソクソクソッ!」


男は苛立ちから強めに壁を叩く。ちょうどそんなタイミングで、玄関のベルが鳴った。


「明智さーん!!そろそろ家賃払ってくださいよ!いるんでしょ?明智さん!」


大家が家賃を徴収しに来たらしい。もう2ヶ月も滞納してるから当たり前か。


家賃も払えず、水も電気もガスも止まっている。本当に自分は平成に生きているのか疑問に思えてくる。自分に生存権は無いのか、生存権は。健康で文化的ななんちゃらを俺にもくれよ...。


実家に連絡すればどうにでもなるだろうが...いや、それは絶対にしたくない。


そんな事よりこの場をなんとかしなければ。男は窓から出て一階へと飛び降り、大家にばれないように逃げていく。


「誰かから金借りるか...」


男は電話帳から"元カノ"の名前を選び電話を掛けながら歩き出した。








彼を知る人は皆、彼の事を口を揃えてこう言う...





「クズ」と。





そんなク…男の名前は明智利央あけち りお。今年で20になる学生だ。


乱れた髪は茶色に染まり、眠たそうに開かれている目は見る人の印象をかなり悪いものへと変える。


大家から逃げた彼はある人物と会うために近所の公園に来ていた。


「お!真利奈!こっちこっち!!」


利央は満面の笑みを浮かべて女性を手招く。


「ちょっと利央、いきなり呼び出して何なの?」


「真利奈!!今日も可愛いな!髪切った?」


「切ってないんだけど...」


「あっ...」


利央の元カノである佐山真利奈は不機嫌そうな素振りを見せる。


利央はお金に困ると事あるごとになんのかんのと言い訳を考えて真利奈からお金を借りて来た。しかし今日の真利奈はなぜか不機嫌だ。これは厳しい戦いになるかもしれないと利央は覚悟を決める。


「どうしたんだよ真利奈、なんかあった?」


「...新しい彼氏出来た。」


「......は?!」


想定していた返事とは全く違う言葉が返ってきて利央は固まってしまう。



「"は?!"ってなによ!お祝いするでしょ普通」


「...いやいやいや、それは困るって!」


「え?!困るって...利央?まだ私のこと...」



真利奈はキラキラした目で利央を見つめているが利央の目にはその様子は映らない。それどころか金を借りることしか頭になかった利央は


「......もう2ヶ月も家賃滞納してるんだよ!これ以上はやばいんだって!!真利奈!頼むよ!」


「...最低、いつまでたっても"クズ"のまんまね利央って...さよなら」


「待てって真利奈!頼む!この通り!!」


切り札のスピード土下座を繰り出すが時既に遅し。真利奈は振り返ること無く、小走りで公園から離れていった。


唯一の収入源を断たれた利央は途方にくれる。そして文字通り"当てもなく"歩き出す。







公園を出た利央の目に映ったのは子猫を夢中で追いかけている女の子。


子猫と戯れている様子はとてもかわいらしくやさぐれた心を癒してくれる。


近くにいる両親らしき人たちはご近所さんであろう、その人たちとの話に夢中になっている。



そんな女の子に遠くからトラックが近づいて来るのが見える。


なんとなくだが、子猫は女の子から逃げるように車道へと飛び出していきそうだ。


嫌な予感がする...いや、自分には関係ないな。それにそうなるとは限らない。何事も起こらない方が確率的には高いはずだ。


子猫は無邪気に飛び跳ね今にも車道へと飛び出しそうだ。そんな子猫を夢中で追いかけている女の子には当然トラックの様子は見えていないだろう。


そしてなんとなくトラックの方を見ると運転手がスマホをいじっているのが見えた...いや、見えてしまった。


自分だけが全ての状況を知っている、現状を変えられるのは自分しかいないが...足はなかなか動かない。


両親の方をもう一度見るが、やはり気づいていな...いや、奥さんの方が非常に高価そうな指輪や時計をしている。夫の方もいかにも金持ちそうな身なりをしている。


その情報が入ってからの利央の動きは早かった。今にも路上に飛び出しかねない子猫と女の子に向かって全力で走り出す。


間に合えぇぇぇぇ!


案の定子猫は道に飛び出し、それを追った女の子も車道に出た。そこへ50キロはでているだろうか、大型トラックが迫る。間一髪のところで間に合った利央は女の子を抱え...時間が無い!


そう判断して女の子を突き飛ばすと...よし女の子を助けた、後は両親からお礼にと金を...あれ、思った以上にトラックが速く目の前に...


気づいたんだけど、自分が死んだら金もなにも意味なく......




利央はトラックに轢かれた。










次に目が覚めた時には目の前に化け物がいた。


熊だ...熊なんだけど確実に熊では無いと言える。


なぜならこの熊...首が3つあるからだ。


「怖っ!!怖すぎんだろ!!なにこれ?!」


「バウッッッ!!!」


「うおっ!!!」


3つの首は利央を威嚇するように吠えながら顔を近づける。


「死ぬっーーー!!!さっき死んだけどまた死ぬっーーー!...ん?そういえばさっき死んだはずだよね?」


自分で放った言葉だったが冷静に考えると先程の記憶が蘇ってきた。


そうだ、女の子!助けたんだからお礼に家賃を...


「バウッッッッッ!!!!!」


熊は3つの首で一斉に襲いかかって来た。


「あっ!!やべっ!また死ぬこれ!」


顔を覆うために手を動かすと、動かした手から黒いモヤモヤが"出てきた"。


熊がその黒いモヤモヤに触れると、一気に怯えた様子を見せ


「クゥゥン...」


と力なく鳴いて、犬のように縮こまったポーズを取った。



「...へ?」



目の前の化け物の様子にも驚きだが、それよりも自分の手から"出ている"黒いモヤモヤの方が驚きだ。というか気持ち悪い。ブンブン振り回すとやがてモヤモヤは消えていった。


「やべ、ついに貧乏神に祟られたか?」


「見たぞっ!!そこのお前っ!!その魔法は闇の魔法ではないか!?」


突然背後から女性の声がする。



振り返ると、そこには14.15歳くらいだろうか、まだ幼さの残る少女がいた。


騎士のような格好をしている。コスプレだろうか。顔はハーフのように見えて結構可愛い。


「あっ、どうも!こんにちは」


「こんにちはではない!!お前まさか"魔王"ではないだろうな?」


「何を言ってるかわからないけど、、、とりあえず近くの交番とか教えてくれませんか?」


「近寄るなっ!!」


少女は剣を抜き取り利央に向けて構える。


「え?!ガチで?!」


「近寄ったら切るぞ!それとそこの"ケルベアー"に何かさせても切るからな!!」






こうして利央は少女に捕まったのだった。

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