第1章「クズの力」



利央は現在コスプレ少女に拘束されている最中だ。


3つ首の熊は先程から怯えた様子で遠すぎず近すぎずの絶妙な距離でこちらを伺っている。


自分の手から出てきた黒いモヤモヤに触ってからずっとあの調子だ、恐ろしいというかおぞましい見た目なのになんだか可愛く見えてしまう。



それにしても…なんなんだこの子は。


自分の腕に縄を巻いている女の子を見て利央は疑問に思う。普通に拉致監禁に脅迫罪ではないだろうかと。


「ねえ、ちょっと!いくら子供だからってやっていいことと悪いことが…」


「うるさいぞ魔王!それに私は子供ではない!リア・タナルカ・アーネル!今年から"騎士"になったのだ!無礼だぞ!!」


「きし?...ふふっ」


高圧的な態度と幼い外見のギャップに思わず笑ってしまった。なんというか子供が無理して難しい言葉を使っているみたいで。


「笑うなっ!!」


リアは顔を赤くしてポカポカと利央を攻撃する。


「ふふっ、ごめんて...ぷっ」


必死な様子に再び笑いが込み上げてくる。


「んんんん、いい加減にしろ魔王よ!!」


かなり苛立ったのかリアは腰の剣を抜いた。


「ちょ、冗談だって!冗談っ!」


「あまり私を愚弄するな!!」


ちょっと笑いそうになってしまったが流石に我慢した。


昔から笑いの基準が人とずれてるとよく言われるが本当にその通りだと思う。必死に頑張っている人や真面目な空気感が駄目だ。なんかわからないけど可笑しく思えてしまう。…我ながらクズだなと思う。


相変わらず剣をチラつかせてくるリアとやらがすごい怖い顔(ただただ可愛い顔にしか見えない)をしてくるので、隣にいる熊に冗談で


「この子どうにかしてくれよ」


と声をかけてみた。




すると自分の両手が再び黒いモヤモヤに一瞬包まれると、熊の体から黒いモヤモヤのようなものが出てきて...




いきなり熊はリアに体当たりをかました。





「きゃあっっっ」


リアは吹き飛ばされ、近くにあった木に激突する。




「ほへ?」


利央は状況が飲み込めていないが、とりあえず目の前にいる銃刀法違反の脅迫、拉致監禁少女から逃げようと思い、その場から走り出す。


「まっ、待て魔王!!...くっ」



少女は怪我を負ったようで、悲痛な叫びが聞こえてきたが利央は構うことなく走り出す。



「ちょっと!待ちなさいって!」



熊の化け物に襲われた幼気な少女を無視して利央は森の奥へと全力で走り去って行った。













コスプレ少女…リアなんとかなんとかから逃れた利央は気が付いたら森の奥にいた。


はじめに熊に出会った場所も木々が生い茂っていたので元々森にいたんだろう。…いやいや、というか日本にいたはずだぞ俺は。


少し落ち着いて冷静に考えると色々とおかしな点が多いが…まあいいや。


昔からプラス思考だけが取り柄みたいなところもあったしな。森にいれば家賃の事を考えなくて済むし、しばらくアウトドア生活も悪くないかもしれない。


そんなことを考えていると、コスプレ少女に腕を縛られたままであることに気づいた。


よくこの状態で走って逃げれたと自分でも思う。生存本能というやつかな?…いや違うな。


両手がふさがっていて非常に動きづらい。


岩や木に縄を擦り付けて切ろうとしたり色々と試したが結局切れなかった。


「あぁ、もう、だれかこれ切ってくれよ!!」


イライラして利央は叫ぶと、先程と同じように両手が黒いモヤモヤに包まれた気がした。


すると...


「バウッッ」


後ろの茂みから3つ首熊が出てきた。


「うわっ!!またお前かよ!」


利央は逃げようと態勢を整えようとするが…


熊は頭を地面に擦り付けながらゆっくりと近づいてくる。


襲ってくる様子でもなさそうなので少し様子を見ていると、かなり近くまで寄ってきた熊は鋭く尖った爪をこちらに向けると、優しく縄を切ってくれた。


「えーと…あ、ありがとな熊」


「バウッ!!!」


3つ首熊はとても嬉しそうに吠える。なんか可愛く見えたので近寄って頭を3つとも撫でてあげると犬の様にスリスリと頭を擦り付けてきたので好きになってしまった。それに毛がもふもふでとても気持ちいい。


決めた、こいつはペットにしよう。なんかよくわからないけど俺に懐いてるみたいだし。


名前は…そういえばさっきの女の子がケルベアーとか言ってたな、そこからとって"ケル吉"とかでいいだろう。


「お前の名前は"ケル吉"だ!いいな?ケル吉」


「バウゥゥゥゥ」


ケル吉は嬉しそうに吠えた。



それにしてもたまに手から出てくる黒いモヤモヤ、あれはなんなんだろうか。ケル吉に命令するときによく出てた気がするが。


試しにケル吉に


「そこの石を拾って」


と命令してみた。が黒いモヤモヤは出てくることなくケル吉は石を拾って持ってきた。


出ないな、もうよくわかんないしいいか。


思考放棄した利央は3メートルはあるだろう、巨大なケル吉の背にまたがり森を進んでいく。


「いやー、楽チン楽チン。このまま進めーケル吉!」

「バウッッ!」


子供が初めてジェットコースターに乗ったときのような高揚感を感じながら利央とケル吉は森の中を突き進んで行く。

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