第31話 嫌な予感

 午前の休み時間になり、俺が廊下側の自席に座っていると、そばを浅井が横切った。

「階段の踊り場に来てください」

 耳にした瞬間、俺は顔を動かしたが、浅井はそのまま教室を出ていく。

 とりあえずは話をしたいということらしい。

 俺は立ち上がるなり、指定の場所へ向かおうとして、自然ととあるところへ目をやる。

 視線の先には、ひとり、教科書とノートを開いている佐々倉の姿が映っていた。姿勢よく座り、相変わらずの大人びた雰囲気を醸し出している。

 昨日、本当に俺は佐々倉と話をしていたのだろうかと不思議に思えるくらいだ。

 一方で佐々倉は気づいたのか、俺の方へ瞳をやる。だが、すぐに視線を教科書やノートへ戻してしまった。彼女にとって、俺は単なるクラスメイトのひとりに過ぎないのだろうか。

 俺は佐々倉を横目に、教室を後にした。



 階段の踊り場にたどり着くと、浅井はメガネを手でかけ直す。俺に見せつけるかのように。

「何だ?」

「今朝、舘林さんと会っていたみたいですね」

「まあな」

「何かありましたか?」

「それは、監視してるんだから、わかってるだろ?」

「そうですね。とりあえず、舘林さんが死ななかったことだけはわかっています」

 淡々と言う浅井は、俺と目を合わせてきた。

「あなたは何がしたいのですか?」

「どういうことだ?」

「あなたは、舘林さんも、そして、佐々倉さんも助けようとしています」

「どっちも助けたいと思って、何が悪いんだ?」

「宇宙が消滅してもいいのですか?」

 問いかけてくる浅井は真剣そうな顔をしていた。

 対する俺は答えに窮する。

「わからないのですね」

「それがわかれば、苦労はしないと思ってるけどな」

「そしたら、舘林さんと佐々倉さんは助けない方がいいです」

「それは極端すぎるだろ?」

「それに賭けるしかないと思ってます」

 浅井は強い語気で声を漏らす。左右の手は強く握りしめ、もはや意思を固めたかのように。

 だが、俺は首を縦に振ろうとはしなかった。

「あいつ、何だっけか。寺井だっけか」

「はい」

「お前はあいつと同じだ」

「それは違います」

「どこが違うんだ?」

「あれは単なる自殺行為です」

「だったら、お前がやろうとしてることも自殺行為だ」

「そしたら、もう、あなたと行動する意味はないということですね」

 口にした浅井は俺から離れると、下へ降りていく。教室は上の方だ。

「どこに行くんだ?」

「あなたに教える必要はありません」

 浅井は振り返らずに返事をすると、場からいなくなってしまった。

 もしかして、何かヤバいことをしでかすのではないか。

 俺が頭を巡らし、嫌な予感が迸ってきたところで。

「あれー、君。彼女にフラれたのかな?」

 聞き覚えのある声に、俺は自然と距離を取り、身構えてしまう。

 視線の先には。

 焼きそばパン片手に口を中で動かしている、短髪ボーイッシュな寺井の姿があった。

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