第32話 無理なものは無理

「元気なさそうだねー。あたいが慰めてあげよっか?」

「いや、とりあえず、その、遠慮しとく」

「冷たいなー」

 寺井は俺の顔を覗くなり、下卑た笑いを浮かべた。

「察するところ、彼女と喧嘩したみたいだねー」

「俺に何か用なのか?」

「そうだねー、野暮用ってところかな」

 答える寺井は俺の横に回り、階段の踊り場にある壁に寄りかかった。

「この焼きそばパン、おいしいね。この惑星にこうもおいしいものがあるなんてね」

 言いつつ、目の前で焼きそばパンを食べ終える寺井。俺は突っ込みたくなるも、ひとまずは黙っていた。

「彼女も、あたいと似たようなことでも考えてるのかな?」

「わからない」

「へえー、とぼけるんだ。まあ、言われなくても、あたいにはわかってるからいいけど」

 寺井は続けて、「殺すんでしょ?」と当然のように尋ねてくる。

「わからない」

「舘林さんだけじゃなくて、佐々倉さんも」

 聞いている俺はうなずかずに、後何分で休み時間が終わるだろうかと考える。

「彼女を止められるのはあたいだけだよ?」

「どういうことだ?」

「言葉通りの意味だってー。つまりは、助けてあげようってこと」

 寺井の言葉に、俺は驚いて、目を合わせてしまう。

「お前は、綾乃を殺そうとしているんじゃないのか?」

「それはそうだけどねー。けど、それとは別に、彼女みたいに無関係の人を殺そうとするのはちょっとねー」

 寺井は両腕を組み、何回も首を縦に振る。

「そういうのはないでしょー的な?」

「佐々倉さんを助けてくれるのか?」

「助けるだなんて、あたいはただ、彼女の行動を止める手伝いをしてあげよっかって言ってるだけだから」

 口にする寺井は不気味な笑みを浮かべる。

「で、どうする?」

「まるで、悪魔のささやきに聞こえるな」

「まあまあ。君に損をさせるようなことはしないって」

「だけどさ、結局は綾乃を殺すんだよな?」

「それはそれ。これはこれ」

「話を逸らしてるよな?」

「細かいことは気にしない、気にしない」

 寺井は馴れ馴れしく、俺の肩を軽く叩いてくる。

「時間の猶予はないと思うよ」

「どういうことだ?」

「ほら、彼女。学校を出てるっぽいから」

「どこに行ったのか、わかるのか?」

「何となくねー」

 寺井は陽気そうに声をこぼす。まるで、今の状況を楽しんでいるかのようだ。

「案内してくれないか?」

「案内? そうだねー、あたいが手伝うことを了承してくれたら、考えなくもないかなー」

 顎に手を当て、悩んでるかのような顔をする寺井。俺を弄んでいるみたいだ。

「綾乃を殺さないっていうのは、できないんだよな?」

「それは無理な注文だね」

「本当に無理なのか?」

「無理なものは無理」

 寺井は譲歩の余地すら与えないようだ。

 俺は悩んだ末、「わかった」と口にした。

「おっ? その『わかった』っていうのは、あたいに手伝ってほしいって、頼むってことだね?」

「ああ。佐々倉さんを助けるためにな」

「そうとわかれば、行こっか」

 寺井は言うなり、俺の腕を強引に掴み、どこかへ向かおうとする。

「おい、変なところに連れていくとかないよな?」

「ないない。今から行くのは、彼女のところだよ」

 階段を下りつつ、答える寺井。

 俺は不安になりながらも、彼女に引っ張られるまま、階段の踊り場を後にした。

 しばらくして、休み時間の終了を告げる電子チャイムの音が校内に鳴り響く。

 だが、俺と寺井は自分のクラスに戻らず、学校を出ようとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る