第28話 遅刻だけはしないようにという言葉は素直に受けるしかない。

 翌日の朝。

 昨日は色々とあったせいか、頭の中がすっきりとしていなかった。いつもより早く寝たおかげで、疲れていた体を休めたのがせめてもの救いだ。

「昨日、何かあった?」

 見れば、通学路を揃って歩く黒木が心配そうな表情を移してきた。

「ああ、色々な」

「佐々倉さんの出身中学はわかった?」

「わかった」

「えっ? わかったの?」

 黒木は知りたそうな顔を俺の方へ覗き込んでくる。

「そんなに知りたいのか?」

「はじめはそこまで知りたいというわけじゃなかったけど、充が知りたそうな様子をしてるから、段々と気になってきて」

「そうか」

 俺は口にするなり、続けて、佐々倉が中学三年の時に同じクラスだったことを伝えた。苗字が酒井だったことも。

「それは驚きだね」

 黒木は何回もうなずくと、作ったこぶしを口元に当て、考え込むような仕草を取る。

「充はそれを聞いて驚いた?」

「驚いたな」

「だよね。というより、充は覚えてなかったの?」

「酒井のことか?」

「うん」

「いや、酒井と佐々倉さんが同一人物だったっていうのは、正直わからなかった……」

「なるほど……。ということは、それぐらい、佐々倉さんは、中学から高校に進学するタイミングで色々と変わっていたということだね」

「まあな。何も知らない黒木に酒井の写真を見せて、『これが中学時代の佐々倉さんだ』って言っても、多分、信じないだろうな」

「おそらく、そうだろうね」

 黒木は言葉をこぼすと、目を合わせてくる。

「で、佐々倉さんとはそれ以外に何を話したの?」

「まあ、色々な」

 俺が曖昧に答えると、「そっか」と黒木は突っ込んだ質問をしようとしなかった。

「せっかく、佐々倉さんがいる情報を仕入れてあげたのに」

「悪い。今度何かおごるからさ」

「わかったわかった。まあ、それぐらい、けっこう内密な話なら、しょうがないよね」

 黒木はため息をつく。

「その様子だと、佐々倉さんに再告白したとかはなさそうだね」

「それは、その通りと言うしかないな」

「ふーん。とりあえず、自分は引き続き、陰ながら応援するよ」

 持つべきは友というものか。

 俺は黒木の優しさをしんみり噛み締めようとした。

「ねえ」

 唐突に、黒木から何回も肩を叩かれた。

 顔を動かせば、黒木は前の方へ指を差している。

「あれ、舘林さんじゃない?」

 耳にした苗字に対して、俺はすぐに視線を変えた。

 いた。

 ポニーテール姿の綾乃が、通学路に面した住宅のブロック塀に寄りかかって立っていた。両手で学校の鞄を持ち、足元をじっと見ている。表情から、気持ちは不安定そうで、急に呼びかけたら、びくつく反応をするかもしれない。

 俺と黒木は綾乃との距離を縮めていき、一メートル未満の距離までやってきた。

「おはよう、舘林さん」

 先に声をかけたのは、黒木だった。

 綾乃は顔を上げるなり、無理矢理口元を綻ばせ、「あっ、黒木くん、おはよー」と返事をする。

 一方、俺の場合。

「おはよう、綾乃……」

「あっ、おはよう、充……」

 朝の挨拶だけなのに、どちらとも、気まずそうな雰囲気になっていた。

「もしかして、その、声、かけない方がよかった?」

 気になったのか、黒木がおもむろに問いかけてくる。

 だが、綾乃はうなずくことをしなかった。

「ううん! むしろ、今日はちょっと、充と話があって、こうして待っていたから。だから、黒木くんが余計なことをしたとか、全然ないから!」

「なら、いいんだけど」

「話って、何だ?」

「それはほら、ごめん、黒木くん。ちょっと、ここからは充と二人で話をしたくて……」

 綾乃が言うと、黒木は察したのか、「わかったよ」と嫌な表情をせずに答えてくれた。

「悪い、黒木」

「いいよいいよ。まあ、色々と話があるみたいだしね。自分からは、遅刻だけはしないようにとしか、言うことがないかな」

「ありがとー、黒木くん」

「どういたしまして」

 黒木はお辞儀をすると、何事もなかったかのように、場から立ち去っていく。

 俺が友の背中を見送っていると、制服の袖あたりを綾乃に掴まれた。

「場所、移動したいんだけど?」

「ここじゃダメなのか?」

「ダメに決まってるでしょ? 通学路の道なんだから、うちの生徒、それなりに横切っていくし」

 綾乃の指摘に、俺はうなずくことしかできない。しばらく見ているだけで、数えるくらいの生徒が横切っていくからだ。

「で、どこで話すんだ?」

「ついてくれば、わかるわよ」

 足を進ませていく綾乃の返事に、俺はただ、黙ってついていくことにした。

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