第27話 一度距離を取った方がいいかもしれませんね。

 浅井の反応に対して、俺はどうすればいいかわからず、お互いに黙り込んでしまった。

 しばらくして、浅井は握りこぶしを作り、意を決したような表情になる。

「こうなったら、あれですね」

「あれって、何だ?」

「気に喰わないですが、あれと同じようなことをするしかありませんね」

「あれって、寺井衣吹のことか?」

 俺が尋ねると、浅井は間を置かずにうなずいた。

「だけど、あいつは、ただ、リセットしたいだけだろ? 別に宇宙を救おうとか考えてなくて、単に自殺行為でさ……」

「これはある意味賭けです」

 浅井が向けてきた瞳は、決意が満ち溢れているかのように真っすぐだった。

「だから、失敗することは覚悟の上です」

「俺は反対だ」

 俺は浅井の言葉に上乗せする形で異議を唱える。

「反対ですか?」

「ああ、反対だ。だいたい、あいつと似たようなことっていうのは、綾乃を殺すってことだよな?」

「それだけではありません」

 浅井の声に、ソファに座る俺は前のめりになる。

「どういうことだ?」

「わたしは舘林さんの前に、佐々倉さんを殺します」

「ふざけんな!」

 怒鳴り散らした俺は詰め寄り、浅井の襟首を掴み、至近距離で睨みつけていた。

「佐々倉さんは関係ないだろ?」

「あなたは佐々倉さんを助けようとしています」

 一方で、浅井は俺に対して動じず、目を合わせてくる。

「それとも、佐々倉さんの兄を助けようとしていると言い直すべきですか?」

「そんなのどっちでもいい」

「今のあなたは冷静さを欠いています」

「お前だってそうだろ?」

「それは否定できません。ですが、あなたより冷静さを持っていると思っています」

「それは単に冷淡になっているの間違いだろ?」

「時には冷淡になることも必要かと思っています」

「それはあれか? 佐々倉さんや綾乃を殺すことに対して、何も感じないようにするってことなのか?」

「それは言い過ぎです」

「いや、お前が言っているのはそういうことだ」

「ここはお互い、一度距離を取った方がいいかもしれませんね」

 浅井の声に、俺は襟首を掴んだままの手をどうしようか、戸惑い始めた。外したら、負けたような気がしてしまうからだ。というより、自分から引いてしまうような感じで、佐々倉や綾乃を殺していいと認めてしまうようで。

「戸惑っているみたいですね」

「ああ。これから俺はどうすればいいかと思ってさ」

「わたしは一旦退散します。手を離してもらってもいいですか?」

「あ、ああ」

 俺は考えた末、浅井を掴んでいた手を外した。

 浅井は立ち上がると、何事もなかったかのようにリビングを出ようとする。

「お前はさ」

「何ですか?」

「宇宙人だったよな?」

「そうですね。それがどうかしましたか?」

「宇宙人だから、冷淡も何もないよなとふと思ったからさ」

「そう思いましたか。けど、わたしもこの惑星の住民である人間の感情というものはある程度わかっているつもりです。いえ、でしたという過去形かもしれません」

「なぜ言い直すんだ?」

「あなたの今の態度を見てです」

 浅井は口にすると、足を進ませ、俺の家からいなくなった。

 ひとり取り残された俺は、先ほどまで浅井がいたソファに座り込む。

「どうすればいいんだ……」

 顔に手のひらを当てるも、悩みは消えないままだ。

 ひとまず、考える時間をくれたということで、俺は安堵のため息をついた。

 まあ、俺にそういうことをする必要はないような気がするのだが。

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