第29話 過去に戻るか、それとも、本当に死ぬか。

 気づけば、俺は林の中で綾乃と向かい合っていた。

「あのさ」

「何?」

「こんなところまで来たらさ、遅刻するよな?」

「充はいつから、真面目人間になったわけ?」

 綾乃の声に、俺は、「いや、黒木が言っていたしさ」と口にする。

「そんなの、関係ないでしょ?」

「まさか、綾乃さ、もう、学校に行く気ないのか?」

「何が言いたいわけ?」

「いや、そのさ……」

 俺は口ごもってしまい、周りに二人以外誰もいないことを確かめてしまう。

 今いる場所は、先ほどの通学路から離れた、住宅街の裏に広がる山林の中。

 途中、ついていくことを躊躇いたくなったが、足を止めようとはしなかった。

 俺がいなくなると、綾乃は自ら命を絶ってしまうかもしれない。うっすらとそう思ってしまったからだ。

「何よ?」

「綾乃は、俺のことを諦めていないのか?」

 質問を投げかけると、綾乃は目を逸らすだけだった。

「何で、そういうことを先に充から聞いてくるわけ?」

「諦めていないのか?」

「充はどうせ、あの委員長さんのこと、諦めていないんでしょ?」

「ああ」

 俺ははっきりとうなずいた。

 綾乃は苦笑いを浮かべると、俺と目を合わせる。

「変わらないんだねー、充は」

「そういう綾乃もだろ?」

「そう簡単に諦めきれるなら、そうしたいわよ。でも、そういうことができるほど、割り切れるようなあたしじゃないから」

 綾乃は言うなり、顔を見上げた。俺たちに届いてくる木漏れ日は、改めて太陽が昇っていることを感じさせる。

「あの宇宙人は?」

「学校だろうな」

「へえー。あたしが死ぬと宇宙消滅の危機かもしれないのに?」

「ああ。というより、近くにいなくても、いいらしい」

「そうなんだ。何か、あたしを野放しにしてるみたいでいいのかなって思うんだけど」

 綾乃は学校の鞄を足元に置くと、両手を後ろにつけた。

「やっぱり、諦めきれないんだよねー」

「また告白するのか?」

「返事は決まり切ってるけどね。だけど、そうしないと、自分の気持ちが収まらないから」

「どういうことだ?」

「あたしは、充の返事次第では、ここで死ぬつもり」

 手のひらを胸に当て、真面目そうな表情で言い切る綾乃。

 おそらく本気だ。

 浅井が止めるだろうという期待はしない方がいい。下手すれば、監視の手を緩めているかもしれない。後で殺そうと考えている相手が死のうとするなら、何もしないはずだからだ。

 なら、綾乃を説得できるのは俺しかいない。

「俺の返事関係なく、死を避けることはできないのか?」

「できないわね。だいたい、それって、充にとって、都合のいい展開なだけじゃない?」

 綾乃は語気を強くした。

「委員長さんにフラれても、あたしのことを考え直してくれない。なのに、死のうとしたら、それを止めようとする。充の我がままにしか聞こえないから」

「落ち着け、綾乃。話せば、その、何かいい方法があるかもしれないからさ」

「いい方法? 笑わせないでよ! あたしがどんだけ、充と付き合いたいがために、何十回過去と未来を行き来したと思ってんの? それでも叶わなかったら、もう、どうしようもなくて、後はうっすらとした期待を賭けて、ここで死んで、また、過去に戻るしかないのよ! 宇宙人が出てきても、あたしにとってはどうでもいい。だいたい、充はあたしにどうしてほしいわけ?」

 堰を切ったように話す綾乃の瞳はいつの間にか潤んでいた。今までの苦労が滲み出てきたのだろう。受け止める側となった俺は、ただ、黙って綾乃に耳を傾け続ける。

「何も答えられないんだ。そうだよね。充にとっては、ただ、あたしが死んでほしくないだけなんだから。死んでほしくないだけで、ただ、生きろって言いたいだけなんだから」

「もしもだけどさ……」

「何よ?」

「死んだら、それで終わりってことになったら、どうするんだ?」

「何が言いたいわけ?」

「つまり、過去に戻れずに、あの世へ行くかもしれないっていうことになったらさ……」

「それって、あたしが本当に死ぬってこと?」

「ああ」

 俺がうなずくと、綾乃は口元に手を当て、静かになる。頭を巡らしているようで、とりあえず、反応を待つことにした。

「そんなこと、起こることがあるわけ?」

「かもしれないっていう話だけどな」

「もしかして、充、あたしのことを脅してるわけ?」

「いや、そういうつもりじゃ」

「じゃなかったら、そんなこと、言うわけない」

 綾乃は声をこぼすなり、両腕を組んで、辺りを行ったり来たりし始めた。

「あたしは、本当に死にたくない」

「綾乃?」

「充は死んだら、過去に戻れずに、本当に死ぬの?」

 尋ねてきた綾乃は、足を止めて、俺に視線を向けてきた。

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