第30話 清々しい気持ち

「わからない」

「わからない?」

「ああ。もしかしたら、綾乃と同じように過去に戻ることだってあるかもしれない。けどさ、それは奇跡が起きない限り無理だと思ってる」

 俺は口にすると、綾乃と同じように、肩に提げていた学校の鞄を草むらの地面に置く。

「普通なら、あの世行きだな」

「なら、充は地獄行きね」

 綾乃の言葉に、俺はただ苦笑いを浮かべるしかない。

「かもな」

「あたしのことを何十回もフッてるんだから」

「それは、どれも別の俺だろ?」

「あたしからすれば、充は充」

「意味がわからない」

 俺は頭を手で掻く。

「でも、まあ、そうね。ここの充はまだ、あたしを一回しかフッてない」

「そうだな」

「本当に死ぬだなんて、あたし、そんなこと、考えてもみなかった」

 綾乃はおもむろに言うと、置いていた学校の鞄を肩に提げた。

「話は終わりなのか?」

「終わりじゃない。一旦保留よ」

 綾乃の表情は複雑そうだった。

「あたしはこれから、どうすればいいのかわからない」

「わからないってさ、とりあえずは生きてみればいいんじゃないのか? 俺のことを気にせずにさ」

「それは無理」

 綾乃はかぶりを振った。

「充がいない人生なんて、考えられない」

「そこまでして、俺のことが、自分でも言うのも恥ずかしいけどさ……。好き、なのか?」

「当たり前でしょ?」

 綾乃に睨みつけられ、俺は思わず後ずさりそうになる。「当然」という単語が出てきてしまうほど、俺に対する気持ちが根強いということか。

 何だろう、俺はちゃんと綾乃と向かい合わなければいけない気がした。いや、断った時もそのつもりだったのだが、改めて身を引き締めなければいけないかのような。

「今から遅刻になるかどうか、ギリギリの時間ね」

 見れば、綾乃はいつの間にか取り出したスマホの方へ視線をやっていた。

「走るか?」

「充がその気なら」

 綾乃は間を空けずに答える。

「なら」

 俺も学校の鞄を持ち、すぐに動けるような格好をした。

「久しぶりに競争するか?」

「小中ともに、連戦連勝だったあたしに勝てるわけ?」

「それは昔の話だろ?」

「だったら、負けたら、あたしと付き合うってことで」

「いや、それはさ……」

「今のは冗談。単に言ってみただけだから」

 綾乃は口元を綻ばすと、一目散に駆け出していった。

「あっ、おい!」

「別に、スタート合図とかするなんて、決めてないでしょ?」

 振り向いてくる綾乃は悪戯っぽく言うなり、山林の中を走っていく。

 俺は遅れて、後を追う。

 久しぶりとなる学校までの競争は、俺にとって、なぜか清々しい心地がした。

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