第24話 外面だけ変わっていて、内面は変わっていない。

「ところで、長倉くんは、わたしの出身中学も知りたいみたいね」

「いや、それは別にいい。その、佐々倉さんの兄さんのことを聞けただけでも充分だからさ」

「そう。なら、わたしが中学三年の時、長倉くんと同じクラスだったということはどうでもいいかしら?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 佐々倉の言葉に対して、俺は手のひらを突き出して、制した。

「今、『同じクラス』とか言ったよな? しかも、『中学三年の時』ってさ」

「ええ」

「ウソだろ?」

「本当よ」

 佐々倉は言うなり、片手で髪を耳に掻き上げた。

 俺は頭を巡らし、記憶から佐々倉がいたかどうか思い出そうとする。

「いや、いないはずだ」

「そう思うのも無理はないわ」

「なぜだ?」

「当時のわたしは影が薄かったから」

「影が薄い?」

「ええ。それに苗字も変わってるわ」

「そうなのか?」

「窓際の酒井と言えば、わかるかしら?」

「窓際の酒井……、あっ!」

 俺は思い出すなり、佐々倉の姿をじっと見る。

「あの、酒井、なのか?」

「ええ」

「ウソだろ?」

「本当よ」

 佐々倉は不敵そうな笑みを浮かべる。

 酒井は、俺が第三中学校、通称三中の中学三年でクラスメイトだった奴だ。

 だが、酒井は今の佐々倉と比べて、同一人物と思えないほどだ。髪はボサボサで瞳が隠れるぐらい前は伸びていたし、黒縁のメガネをかけていた。クラスメイトの誰とも関わらず、ひとりで本を窓際の席で読んでいた印象しかない。佐々倉が言った、「影が薄かった」という表現は的を得ていた。

「ということは、その、酒井、今のわたしだけど、忌引で学校を休んだのもあまり覚えてないわよね」

「ああ。覚えていても、『酒井は今日、休みか』ぐらいの印象だった」

「その時が兄さんを亡くした時ね」

「そうか……」

 俺は驚くべき事実を目の当たりにして、どう佐々倉と話せばいいか戸惑い始めた。ましてや、告白してフラれた相手だ。実は、中学三年の時に同じクラスだったというのを知らずにいたのは、何となく恥ずかしい。

「悪い」

 俺は考えた末、佐々倉に頭を下げていた。

「急にどうしたのかしら?」

「何も知らずに、昨日、『好きだ』とか言って」

「それがどうして、わたしに謝ることに繋がるのかしら?」

「何と言うか、そういうことを何も知らずに好きになったというのは、その、バカだったというか……」

「長倉くんは悪くないわ」

 佐々倉は怒るわけでもなく、平然とした表情で口にする。

「逆にその事実を受け入れてくれたことに対して、感謝したいぐらいだわ」

「いや、それは何か……」

「いいのよ。わたしがそう感じたのだから」

 佐々倉は手すりに両腕を乗せると、対岸の方へ視線をやる。

「それでも、長倉くんはわたしに対する気持ちは変わらないかしら?」

「どういうことだ?」

「まだ、諦めていないんでしょ?」

 佐々倉は俺と目を合わせてきた。

 俺は間を置くなり、「そうだな」と声をこぼす。

「わたしは、もう、この世にいない兄さんに固執してるわ」

「固執か……」

「呪縛されてると言い換えた方が正しいかもしれないわね」

 佐々倉は表情を綻ばす。

「長倉くんは、兄さんの呪縛を解くことができるかしら?」

「それを解くことができたら、佐々倉さんは」

「長倉くんの告白に対する返事を白紙に戻すわ」

 答える佐々倉は、唇のあたりを指でなぞった。

「でも、この呪縛は強力だから、解くのは大変だと思うわ」

「そうだな。こっちから見ても、大変そうだと思うな。けど、俺はそれを解いてみせる。だから」

「ええ。待ってるわ」

 佐々倉の言葉からは、俺に対する期待感を滲ませてるかのようだった。

「ちなみに」

「何かしら?」

「『酒井』さんから、佐々倉さんに変わったっていうのは」

「それは外面の方、それとも、内面の方かしら?」

「いや、両方だ」

「両方、ではないわね」

「外面だけってことか?」

「そうね。内面は今も変わってないわ。変わってると思っているのであれば、それはただ、わたしが変わっているように演じてるだけのことね」

 口にする佐々倉は寂しげな顔つきになる。

 俺はまだ、佐々倉のことをわかってないなと改めて感じるしかなかった。

「そうか……。なら、外面だけ変わったっていうのは、それは亡くなった兄さんの影響なのか?」

「そうね。亡くなった兄さんにちゃんとした自分を見せたい一心で、今のわたしがいるわ。いわゆる、高校デビューというものかしら?」

「いや、そう軽そうな感じには思えないけどな」

「そうね」

 佐々倉は笑みをこぼし、俺は反応に困り、髪を手で掻いた。

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