第25話 心の支えがなくなれば、今後生きていけないかもしれない。

「苗字が変わったのは、両親が離婚してからのことね」

「そうなのか?」

「ええ。兄さんが亡くなる前から、ほぼ会話がなかったわね、あの二人は」

「他人事みたいな言い方だな」

「そうね。あまり、両親とは仲がよくなかったから」

 佐々倉は言うなり、傘を持って手すりから離れ、俺の近くまで歩み寄る。

「兄さんが亡くなって、両親はもう、一緒にいる意味を見出せなくなったというところかしらね」

「佐々倉さんの兄さんが、両親を何とか繋ぎ止めていたってことか?」

「ええ」

 佐々倉は俺の方へ視線を移す。

「兄さんは優秀だったし、本人も両親が離婚されるのは望んでいなかったと思うわ」

「それは何でだ?」

「家族がバラバラになるのが嫌だったということかしら?」

「そうか……」

「わたしはどっちでもよかったわ。でも、兄さんがそう思うのなら、離婚しないように、色々と意識的に気を付けていた。でも、その兄さんがいなくなると」

「もう、そういうのを気を付ける理由がなくなったってことか」

「ええ。それから、家族がバラバラになるまではあっという間だったわ。で、わたしは両親のどちらからも声をかけられることがなく、今は母親の親戚の家にお世話になってるわ」

「そこの家の苗字が『佐々倉』か……」

 俺はずっと耳を傾けていて、佐々倉から兄の呪縛を解くことができるのだろうかと思った。佐々倉にとって、兄は心の支えとなっているように感じる。それがなくなれば、佐々倉は今後生きていけないかもしれない。

「佐々倉さんは」

「何かしら?」

「もし、兄さんを助けられるとしたら、したいか?」

「変なことを言うのね」

 佐々倉は言うなり、ゆっくりとかぶりを振る。

「そういう、もしという話は考えないことにしているわ。なぜなら、現実ではできないから」

 佐々倉は俺のそばを横切っていく。

「そういう手段があるのであれば、話は別になるとは思うけど」

 おもむろに佐々倉が口にしたことは、俺の耳に強く残った。

 俺はとっさに、遠ざかっていく佐々倉の背中へ声をかけようとしたが、やめる。

「いや、そういうことができるかもと言っても、信じてくれないよな」

 佐々倉が河原の斜面を登り、視界から消えるまで、俺は場を離れずにとどまり続けた。

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