第17話 教える必要がないからです。

「教えません」

 浅井はきっぱりと言い切ると、メガネをかけ直した。

 昼休みの屋上は人気がなく、雨が止んだばかりとあって、水たまりがいくつもできていた。空はまだ灰色の雲で覆われている部分が多いものの、日差しが出てきたりしている。

 俺は校内へ続く階段がある出入口近くの壁へ寄りかかっていた。手には購買部で手に入れた焼きそばパンがある。

「何でだ?」

「教える必要がないからです」

 浅井は俺と距離を取る形で答えてきた。

「教える必要がないってさ、単に佐々倉さんの出身中学を教えてほしいだけなんだけどさ」

「教えません」

 浅井の表情からは、一切の隙を見せない雰囲気が漂っていた。どうやら、何をしても、口を開こうとはしないようだ。

 俺は焼きそばパンをかじるなり、足元に置いておいた紙パックのコーヒー牛乳を取る。

「だったら、佐々倉さんの兄が死んでることは何で教えてくれたんだ?」

「それは、彼女が異常だと教えるためです」

「佐々倉さんのことを諦めさせて、綾乃と付き合わせるためか?」

「そうです」

 うなずく浅井。

「でも、それは上手くいかなかったので、今は舘林さんのことを監視しています」

「綾乃なら、自分の教室で友達と昼でも取っているんじゃないのか?」

「そうですね」

「なら、近くにいて、見張った方がと、俺は思うんだが」

「本来なら、そうしたいのですが、聞きたいことがあるとあなたが言っていましたので。でも、距離は離れていても、音声だけは拾っています」

「音声?」

「この惑星で言うなら、盗聴器というものでしょうか」

 浅井の言葉に、俺は軽く衝撃を受けた。綾乃が監視をされているという事実。昨日、浅井から聞かされていたとはいえ、本当にやり始めていたとは。

「とりあえず、安心してください。舘林さんは死んではいません」

「とりあえずってさ、俺は別に……」

 浅井に文句のひとつでもぶつけようとしたが、意味がないなと感じ、することはなかった。代わりに、コーヒー牛乳の紙パックにストローを挿し、中身を飲む。

「でも、気を付けてください」

 おもむろに、浅井が真剣そうな口調で、俺に語りかけてくる。

「舘林さんの同じ時を繰り返せる能力ですが、本人以外ではあなたとわたしだけしか知らないというわけではありません」

「どういうことだ?」

 俺は口元からストローを離し、問いかける。

「中には、そういう能力があると知って、わたしたちと逆のことをしようとする者もいます」

「逆のことって、それって、つまりはさ……」

「どうやら、あたいの噂をしてるみたいだねー」

 不意に、耳にしたことがない女の声が屋上内に響き渡った。

「何だ?」

「離れてください」

「えっ?」

 気づけば、俺は駆け寄ってきた浅井に腕を引っ張られ、壁から離れてしまった。拍子に、焼きそばパンとコーヒー牛乳を落としてしまう。

「な、何だ?」

「あれは危険です」

 浅井は言うなり、俺の前に回り込み、その場で立ち止まった。

 先ほどまでいた壁の上に誰かいる。

 目をやれば、浅井と同じセーラー服姿をした女子生徒らしき人物が立っていた。

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