第14話 半分事実と異常
「ところで、これはあなたに言っていいのかどうか悩んだのですが……」
「何だ?」
「佐々倉さんのことです」
浅井は言うなり、俺と目を合わせた。
「あなたの話ですと、彼女には兄がいるようですが」
「おそらくな」
「それは半分事実です」
「半分事実ですって、あたかも、佐々倉さんのことを知ってるかのような言い方だな」
「はい。あなたが好きな人というのは事前に知っていましたので、彼女のことはそれとなく調べていました」
「怖いな、宇宙人は」
「もちろん、あなたのこともです。今、両親がいないのは、どちらとも働きに出ているからですよね?」
「まあ、そうだな」
俺は返事するなり、浅井は何でもお見通しなのではないかと否応なく感じた。ウソをついても、すぐにバレそうだ。
「で、半分事実っていうのは、どういうことなんだ?」
「完全に事実ではないということです」
「イマイチ意味がわからないな」
「佐々倉さんの兄は、もう、亡くなっています」
「……えっ?」
浅井が発したことに、俺ははじめ、聞き間違いかと思った。
「ちょっと待て。佐々倉さんの兄は死んでるってさ……」
「しかも、亡くなったのは、一年前です」
「一年前って、じゃあ、俺が数ヶ月前に聞いた、佐々倉さんの電話は?」
「わかりません。ですけど、確かなのは、その時には既に、彼女の兄はもう、この世にはいなかったということです」
淡々と話す浅井に対して、どう受け止めればいいかわからない俺。
だいたい、今までの話題が綾乃のことだったはずが、なぜ、佐々倉のことになっているのか。
「そんな急なこと言われてもさ……」
「あなたは、そんな彼女にまた告白をしたいのですか?」
「何が言いたいんだ?」
「彼女は異常です」
浅井ははっきりと言い切る。
「あなたが数ヶ月前に、佐々倉さんが兄と話してるかのような電話を聞いたのが本当だとしたら、彼女はこの世に存在しない相手と話していたことになります」
「もう、いい。それ以上、言うな」
俺は片方の手のひらを彼女の方へ向け、口を噤ませた。
「つまりは、佐々倉さんはあの時、兄と電話しているフリをしていたってことだろ。多分、死んだっていう事実を本人は受け止められなくてさ……」
「かもしれません」
「それは辛いよな」
「とにかく、彼女は異常です。それでも、あなたは彼女のことを諦めきれないですか?」
「むしろ、逆だな」
俺はゆっくりとした調子で言う。
「そういうことを聞かされるとさ、佐々倉さんのことを何とかしたいって思いたくなる」
「何とかしたいとは、具体的に何をするのですか?」
「何って、それはまあ、色々だ」
「曖昧ですね」
「とにかく、だ。そういう事実を知った今、俺は佐々倉さんのことを諦めて、綾乃と付き合おうという気とかは起きない」
「そうですか」
浅井は口にするなり、ソファから立ち上がった。
「帰るのか?」
「いいえ。これから、舘林さんの監視に行きます」
「自分の存在を完全抹消するんじゃないのか?」
「とりあえずは、現状、何もしないままにしておきます」
「理由は?」
「おそらく、あなたはこれから、佐々倉さんのことを何とかしようと動くからです」
浅井はリビングから玄関の方へ向かうので、俺も腰を上げて、遅れてついていく。
「もしかしてだけどさ」
「はい」
玄関にたどり着き、靴に履き替えた浅井は、戸を開けようとしたところで、動きを止めた。
「佐々倉さんのことを助けてほしいのか?」
「ご想像にお任せします」
「そうか」
俺は笑みをこぼすなり、自然と片手を差し出す。
「何ですか?」
「握手だ。何となくだけどな」
「変ですね」
「変かもな」
「まるで、これから一緒に何かをするみたいですね」
「よくわかってるな」
「多少はこの惑星のことを勉強してきましたので」
浅井は言うなり、メガネをかけ直してから、俺の片手をぎゅっと握った。
「では、わたしはこれで失礼します」
「おう」
俺の声とともに、浅井は外に出て、場からいなくなった。
にしても、浅井はなぜ、佐々倉のことを教えてくれたのだろうか。助けたいのであれば、俺ではなく、自分でやりそうな気がする。宇宙人なのだからという理由は、いい加減すぎるものかもしれないが。
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