第7話 宇宙の消滅を防げるのでしたら、安いものです。
「委員長さんでも、学校でスマホを使うことってあるんですね」
「そういえば、そうだな。あの時はそういうことに気づかなかったな」
時は過ぎ、現在の放課後。といっても、過去に戻ってきたのだから、表現としては違うかもしれない。
夕暮れ時の教室は、窓側が茜色に染まり、廊下側は明かりがついてないせいか、薄暗い。
俺は浅井とともに、人気のない室内に並んで立っている。
先ほどまで、俺は浅井に佐々倉と会った出来事を話していた。
「それで、その時から、彼女が気になり始めたということですか?」
「そうだな。で、そしたら、段々と佐々倉さんのことがそのさ、気になってきてさ……」
俺は頬を指で掻き、浅井から視線を逸らす。自分の気持ちを他人に打ち明けるというのは、恥ずかしい。
「わたしは何回か、あなたが舘林さんの告白を断った理由を聞いていますが、そのような話を聞いたのは初めてです」
「ということはさ、そこまで深く聞かなかったってことか?」
「そうですね。必要最小限にとどめていました」
浅井の言葉に、俺は、「そうか」と口にする。
「兄のことは本人に聞いてみたりしたのですか?」
「いや。というより、佐々倉さんとは、まともな話はほとんどしたことないな。あくまで、クラスメイトっていう関係だけだな。今日はちょっと話したけどさ」
「そうですか」
「にしてもさ、大丈夫なのか? 俺が頼んだことだけどさ……」
「大丈夫です」
浅井は俺へ目を合わさずに答える。
「これで、宇宙の消滅を防げるのでしたら、安いものです」
「なら、いいけどさ……」
「むしろ、あなたが心配です」
顔を向けてきた浅井の表情は淡々としていた。本当に気にしているのだろうかと感じるぐらいだ。
俺は教室のガラス窓から外の風景を眺める。
「そこは、割り切るしかないだろ」
「何だか、無理をしているように感じます」
「宇宙人なのに、そういうこと、わかるのか?」
「何となくです」
浅井の返事に、俺は乾いた笑いをこぼす。人間じゃない浅井なら、自分の内心を当てられないと思ったが、実際は違っていた。
「まあ、何とか耐えてみるからさ」
「やはり心配です」
浅井のつぶやき後、廊下から、ひとりの足音が近づいてくる。
「来ますね」
「来るな」
俺と浅井は声をかけ合い、じっと場で待つ。
しばらくして、ひとりの女子生徒が、奥の引き戸を開け閉めして、中に入ってきた。
「用件は何かしら?」
佐々倉は学校の鞄を肩に提げたまま、問いかけてくる。俺らとは距離を置いて、足を止めていた。
「というより、やってくるんだな。あんなメモでさ」
「それはどういう意味かしら?」
「いや、別に、普通なら、無視するかと思ったからな」
「そんな適当な呼び出し方をしたのですか」
浅井の強い語気に、「いや、それしか思いつかなくてさ……」と弱々しく俺は答える。
「そうね。委員会が終わって帰ろうとして、下駄箱を覗いたら、『後で教室に来い』と差出人不明なメモがあるのは、どう見ても怪しかったわ」
「なら、何で来たんだ?」
「そんな馬鹿げたメモを置いていった相手の顔を見たかったからよ」
佐々倉はスカートのポケットからメモを取り出し、片手で掲げると、俺の方を睨みつける。
「このメモを書いたのは長倉くんだったのね」
「まさかとか、驚かないんだな」
「驚かないわ。今日の授業で、あんなにジロジロとわたしのことを見ていた男子が、変なメモを出してきてもおかしくないから」
「まるで変人扱いですね」
浅井の小声に、俺はきっぱりとした否定ができなかった。
佐々倉は浅井の方へ顔を動かす。
「浅井さんは、何かの立会いか何かかしら?」
「違います」
「それとも、浅井さんがわたしに用があって、長倉くんが立会い者ということかしら?」
「それも違います」
浅井は俺の前へ踏み出すと、佐々倉の方へ正面を移した。
「わたしはあくまで、彼の手伝いです」
「手伝い?」
「まずは、彼から佐々倉さんに話があります」
浅井は口にすると、俺の視線から外れる形で横にずれる。自然と、俺は佐々倉と向かい合う形になった。
「話って、今日の授業でわたしのことをジロジロ見ていたことに対する正式な謝罪ということかしら?」
「いや、そうじゃない」
「それ以外に心当たりがないのだけれど」
「まあ、心当たりなんて、ないよな……」
俺は佐々倉の反応で落ち込みそうになるも、寸前で堪え、唾をごくりと飲み込む。
「佐々倉さん」
相手の苗字で呼びかけた後、俺は一呼吸を入れる。
「俺は佐々倉さんのことが好きだ」
言った瞬間、俺はすぐにまぶたを閉じてしまった。相手がどういう表情をするのか、怖くて見たくなかったからだ。
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