第2話 自分ではバレないと思っていても、他人からはバレバレのようだ。

 俺が気づいた時、浅井が握っていた手の感触はなくなっていた。

「えっ?」

 顔を上げれば、俺はいつの間にか、授業中の教室で自分の席に座っていた。

 手元へ視線をやれば、机には日本史の教科書とノートが出ている。前では、白髪混じりの男性が黒板に文字を書きつけていた。日本史の沢崎先生だ。

 しかもだ。今やっている内容は最近聞いたことがあるもので。

 俺は恐る恐る、黒板の右端に記された日付を目にする。席は廊下側で真ん中の方なので、平均の視力ならば、確かめることは可能だ。

「一週間前かよ……」

 曜日は先ほど浅井に会った時と同じだが、日が先週のものになっている。

 どうやら、俺は本当に過去へやってきたらしい。

 と、後ろから肩を叩かれ、振り返れば、ひとりの男子が顔を向けてきていた。ほっそりとした体型で中性的な顔つき。女子の間で密かに人気がある、クラスメイトの黒木だ。

「あんまり寝てると、当てられるよ」

「あ、ああ。っていうより、俺はさっきまで寝てたのか?」

「もしかして、自覚なかった?」

 黒木は驚いたような表情を浮かべた。

 どうやら、俺は授業中、居眠りをしていたようだ。

「まあ、先生には今のところ、ばれてないみたいだから、よかったけど」

 黒木はため息をつくと、ノートを取り始めていた。黒板へ視線をやれば、沢崎先生はまだ色々とチョークで書きつけている。

「早く写さないと、すぐに消されるよ」

「悪い。後、ありがとな」

「どういたしまして」

 黒木はぶっきらぼうな声を漏らす。俺は聞いた後、机に正面を変え、ノートに黒板の内容を書いていく。

 とはいえ。

 既に受けたことがある内容だ。なので、また同じことをやるのかと、段々と馬鹿らしく感じてきた。気づけば、ノートを取ることはやめ、肘をつき、ぼんやりとしていた。

 まさか、本当に過去へ行くとは思いもしなかった。

「ということは、綾乃も生きてるってことだよな」

 口にしてみたことは、改めて頭を巡らしてみると、すごいことだと感じた。

 俺は今いる時間をしっかりと脳裏に刻もうと、教室を見渡す。

 さっきの俺と同じように寝ている奴もいれば、隠れてスマホをいじっている奴もいる。

 大多数はノートを取っているが、俺はその中でとある人物に目を止めた。

 綾乃ではない。というより、クラスが違うので、いるはずがない。

 ノートを取り続けつつ、片手で髪を耳にかける仕草が出る彼女。

 クラス委員長の佐々倉瑞希だ。

 常に生真面目そうな表情を浮かべ、どこか大人びた雰囲気。目鼻立ちが整った顔つきをしていて、スタイルもいい。クラスの決め事があれば、テキパキと進めていく。将来は仕事ができる女性になるかもしれない。

 とまあ、俺は、佐々倉へじっと視線を向けてしまっていた。無理もない。自分の気持ちにウソはつけないからだ。

「ちょっと、充」

 声とともに、俺の肩に細いものが当たってきたので、顔をやれば、黒木だ。手にはペンを持っていた。多分、今ので、突っついてきたのだろう。

「見過ぎだって」

「そうか?」

「どう考えても、そうだって。これで、佐々倉さんが気づいたら、どうするの? 後で絶対に怒られるよ。自分もついでに怒られそうだし」

 黒木の口調からは、俺のことよりも、自身のことを気にしているようだった。友人だと思ったのに、ひどい奴だ。

「大丈夫だろ? 佐々倉さんにもばれてないしって、あっ……」

「あって、あっ……」

 俺に遅れて、黒木も口が止まってしまっていた。

 視線の先には、眉間に皺を寄せ、俺らの方を睨んでくる佐々倉の姿。

 授業後が怖いかもしれない。

 だが、俺にとっては、佐々倉と接することができるので、嬉しい気持ちもある。

 一方で、同じクラスメイトである浅井は、俺の方へ視線を向けていた。窓際の席からだったので、気づいたのは、しばらくしてからのことだ。

 かくして俺は、一週間前という過去へ、見事にやってきたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る