第3話 すぐに現実を受け入れるというのは、難しいことだ。

 日本史の授業が終わるなり、佐々倉は俺の席までやってきた。

「ちょっといいかしら?」

「何か、その、用事とか、何かか?」

 俺がとぼけた感じで問い返すと、「いい度胸してるわね」と佐々倉は語気を強くしてきた。

「ちょっと、充」

 後ろの席から、黒木が声をかけてくる。

「何だよ?」

「ダメだって。そんな適当な感じで話すと、火に油を注ぐだけだって」

「黒木くん」

「は、はい!」

 佐々倉に呼ばれ、黒木は驚いたのか、変に声が裏返っていた。

「ちょっと、席を外してもらってもいいかしら? わたしは長倉くんと話をしたいのだけれど」

「わ、わかりました!」

 黒木は言うなり、慌てたように席から立ち上がり、教室から去っていってしまった。やはり、自身のことしか考えないようだ。

「邪魔者はいなくなったわね」

「というよりさ、ふたりで話すならさ、ここじゃなくて、別の場所にした方がいいような気がするんだが………」

 俺の言葉に、佐々倉は「不要だわ」と一蹴する。今さらだが、休み時間中の教室にいるクラスメイトの大半は、俺らの方を見ていた。普段、俺が佐々倉と話すことがないので、珍しさからだろう。中には浅井も混じっている。つまりは、恥ずかしい。だから、場所を変えようとしたのだが、無理なようだ。

「さっき、わたしのことをジロジロと見ていたわよね?」

「多分、気のせいだと思うんだが……」

「とぼける気ね」

 佐々倉は俺の答えを信じようとはしなかった。まあ、ウソだけど。

 ちなみにだが、今の俺は別の感情として、けっこう幸福に満ちている。

 何せ、佐々倉と話しているのだ。怒られていることなど、気にはしていない。それは、Mなのではないかと言われそうだが、断じて違う。

 俺は佐々倉のことが好きだからだ。

「まあ、いいわ。今度こういうことがあったら、先生に言いつけるから」

「言いつけるってさ、どういう風にだよ?」

「そうね。長倉くんは授業をサボって、居眠りをしていましたってところかしら?」

「ちょ、ちょっと待て。それ、今の話と違うだろ?」

「そうね。でも、今のも真実よね?」

 佐々倉の指摘に、俺は返事ができなくなる。まさかだが、俺が寝ていた姿を目にしていたのか。

「以後、気をつけることね」

 佐々倉は言うなり、俺の席から離れ、廊下へと消えていく。

 俺は好きな子と話した緊張から解けたのか、机へうつ伏せになってしまった。

 佐々倉には、どうも変に適当なやり取りをしてしまう。おそらく、好きな子に対して、どう接しようか悩んだ末のことかもしれない。

「話は終わりましたか?」

 聞いたことがある声に顔を上げれば、今度は浅井がやってきていた。

「まあ、一応な」

「彼女があなたの好きな人ですか?」

「ちょっと待て。どうして、それを知ってるんだ?」

「舘林さんが今やっていることと関係があるからです」

「関係?」

「舘林さんをフッた理由ですよね?」

 浅井にじっと目を合わせられ、俺は曖昧な答えをできない雰囲気にさせられた。

 とはいえ、隠してもしょうがない。

「ああ」

 俺は軽くうなずいた。

「そうだな。俺は綾乃に告白された時に、『好きな人がいるからさ』って言って、断ったな」

「そうですか」

「というより、どうして知ってるんだ?」

「それは、別のあなたに聞いたからです」

「別の俺?」

「わたしも、何回か、過去や未来を行き来しています」

 浅井の声に、俺はただ、耳を傾けていることしかできない。そもそも、彼女は何者なのか。俺たちが住んでいる地球を「この惑星」と言うぐらいだ。同じ人間ではないのかもしれない。

「なあ、浅井は宇宙人なのか?」

「そうですね。この惑星ではそう言われる存在ですね」

 あっさりと人間じゃないことを認める浅井。

「もうさ、何が何だか、わからなくなってきたな」

「あなたは、今の状況を理解することが難しくなってきましたか?」

「そう、だな。けどさ、理解しないと、まずいんだろ?」

 俺の質問に、「そうですね」と口にして、首を縦に振る浅井。

「このままでは、宇宙が消滅してしまいます」

「そうだったな」

 俺はため息をつくなり、黒板の上にある丸時計を見る。

「もう、休み時間は終わりだな。俺はこの後、どうすればいいんだ?」

「そうですね。ひとまずは、舘林さんに会ってみてください」

「綾乃か……。何か不思議だよな。さっきまで死んでたっていうのに、ここではまだ生きてるんだろ?」

「混乱していますか?」

「混乱はまったくしていないって言ったら、ウソになるな。けどさ、そうしている暇はないんだろ?」

「そうですね」

 浅井の言葉に、俺はただ、乾いた笑いを浮かべることしかできない。何にせよ、綾乃をどうにかしないと、宇宙が消えてしまうのだ。

 俺は浅井がいなくなってから、綾乃と顔を合わせた時に何を話せばいいか考え始めた。

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