第4話 意味がない会話は意味がない。

 綾乃は、二つある校舎を繋ぐ渡り廊下の手すりに寄りかかり、外の方へ顔を移していた。

 ポニーテールの髪型に、小顔とは反して、セーラー服越しからでもわかる胸の膨らみ。他の女子と比べて、逞しさを感じさせる両足。中学の陸上部で鍛えた成果だが、本人は細くしたいと、いつだか口にしていた気がする。

 見た目はいつもの綾乃だが、雰囲気は異なっていた。

 何だろう、解決策がない問題に触れ、悩み続けているようだ。

 なので、俺は声をかけづらく、歩み寄ることしかできない。

 綾乃は俺が近づいてきたことに気づいたのか、顔を向け、そして、「あっ」と声をこぼした。

「充……」

「よ、よお」

 俺は軽く手を上げ、挨拶を交わす。

「いやあさ、ひとりで何してんのかと思ってさ……」

「別に、あたしがひとりで何しようが、充には関係ないことだから」

 綾乃は冷たく言い放つと、外の方へ正面を向けてしまった。

 俺は頭を掻き、どうすればいいかと悩む。

 果たして、彼女は同じ時を何十回も行き来している綾乃なのかどうか。

 自分が過去からやってきたと伝えたら、どういう反応をするだろう。バカにされるか、または、驚いたような表情を浮かべるか。

 俺は場から離れず、ただじっとし続けていた。

「充はさ……」

 不意に、綾乃が言葉をこぼし始める。

「あたしのこと、どう思ってる?」

 俺に対する問いかけは、視線を合わせずに投げかけてきた。

 自然に、唾をごくりと飲み込む。

「ど、どうってさ、急にどうしたんだ?」

「答えて」

 移してきた瞳は、真っすぐ、俺の方を捉えていた。

「答えてってさ……」

「それとも、充は委員長さんのことが好きなわけ?」

 俺の本心をはっきり見透かしたいかのように、綾乃は質問を畳みかけてくる。

 佐々倉が好きなことは、綾乃が告白してきた時に断った理由で、初めて伝えるはず。

 なのに、綾乃は既に知っている。

「何で、知っているんだ?」

「そんなの、見てれば、わかるわよ」

「いつから知ってたんだ?」

「入学して二ヶ月くらい経った時。充、委員長さんのこと、よく見てたから」

 クラスが異なる綾乃なので、佐々倉のことを俺が見てしまう場面は少ないと思っていた。でも、綾乃がすぐに気づいてしまうほど、俺はバレバレな姿を晒していたようだ。

「なあ、綾乃」

「何?」

「それを知ってて、何で、俺に告白してきたんだ?」

 相手の綾乃がどうであれ、俺は未来で起こる出来事を知りたい欲求が抑えられなかった。

「告白、って、何のこと?」

「いや、そのさ、まさか、俺のことが好きとか思ってないよなあって……」

 俺は自分が今口にしたことをすぐに取り消したくなった。そうじゃない。だいたい、わざわざ一週間前までやってきたのは、綾乃を止めるためだ。俺への告白がダメだとわかっていながら、何十回も同じ時を繰り返すことだ。時空が歪み、宇宙が消えてしまうかもしれないという危機を避けるために。

「バカ」

「はっ?」

「バカって言ってんのよ。この鈍感」

 綾乃は言うなり、渡り廊下の手すりから離れ、俺の横を過ぎて立ち去ってしまった。

「今、俺、バカって言われたよな?」

「バカですね。あなたは」

 別の声に顔をやれば、いつの間にか、浅井が目の前に現れていた。

「見ていて、イライラしていました」

「悪い」

「わたしに謝られても、意味がありません」

「そう、だな」

 俺はため息をつくと、渡り廊下の手すりに寄りかかった。

「今の綾乃は、本当に何十回も同じ時を行き来している綾乃なのか?」

「そうですね」

「なら、悩んでそうな雰囲気だったのは、俺とどうやったら、付き合えるのか考えていたってことか」

「そうだと思います」

「とはいえ、俺がいい返事をしたとしてもさ、自分の気持ちは変わらないから、そっちの方が綾乃にとって、失礼だと思うけどな」

「ですけど、このままでは宇宙が」

「それはわかってる」

 俺は浅井の正面へ手のひらを出して、言葉を止めさせた。

「だってさ、俺と綾乃が付き合うとするだろ。その時は佐々倉さんのことを諦めないといけない。けどさ、俺は多分、そう簡単にできないと思うんだよな。そして、それを、綾乃はすぐに気づくはずだ。そしたら、また過去に戻って、やり直すかもしれない」

「つまりは、あなたが佐々倉さんを好きな限り、舘林さんは同じ時を繰り返すことはやめないと言いたいのですか?」

「残念だけどさ」

 俺はうなずくと、浅井に向けていた手のひらを下げ、雲がいくつか浮かぶ青空を眺めた。

「人の気持ちってさ、そう簡単に変えることってできないよな」

「そうみたいですね」

 浅井は両腕を組み、手を顎に当てて、考え込む仕草をする。

「難しいですね」

「そういえば、浅井は宇宙人だったよな?」

「そうですね。それがどうかしましたか?」

「いや、人間の感情とか、そういうの理解してるのかと思ってさ」

「ある程度は理解しています。先ほどのあなたは、バカ正直に自分のことが好きかどうか、舘林さんに聞いたわけではないですよね?」

「そこはお見通しってわけか……」

「はい。ちなみに、『バカですね。あなたは』と発言したのは、舘林さんに対して、何ら意味がない会話を繰り返してたことに対する苛立ちを踏まえた、わたしの感想みたいなものです」

「いや、意味がないっていうのは、ちょっとそれはさ……」

「意味がないというのは、あくまで、宇宙消滅の危機を回避するための対応として、意味がないという意味です」

 浅井の説明に、俺は耳のあたりを指で掻きつつ、「ああ、わかったよ」と適当な返事をする。

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