第18話 簡単なお願い
短髪でボーイッシュな雰囲気を醸し出している彼女。俺が目にしていると、相手は間を置かずに同じコンクリートの上に降り立った。それなりに高さがあるのだが。
「まあまあ。そんなに警戒しなくてもいいのに」
「警戒します」
浅井は明らかに敵意を向けているような口調をしていた。
「何の用ですか?」
「お願いがあって来たんだよねー」
「断ります」
「ちょっとー。あたいはまだ何の話もしてないんだけど?」
「聞かなくても、内容はだいたい察しがつきます」
浅井の声は相変わらず、穏やかでない。
一方で、相手は足元に落ちていた焼きそばパンとコーヒー牛乳を拾った。
「これ、もらっていい?」
「いや、それ、俺の昼なんだけどさ……」
「まあまあ。そう、固いことは言わないで」
彼女は言うなり、目の前で焼きそばパンを食べ、コーヒー牛乳を飲んでしまった。というより、さっきまでどちらも俺が口をつけた奴だ。
「汚いですね」
「そう? あたいはこういうのを粗末に扱って捨てちゃう方が、汚い以前に、ひどいと思うけどね」
「そういう問題はいいです」
「けっこう重要な問題だと思うけどね」
「そんなことより、何ですか? わたしたちの邪魔をしに来たのですか?」
「そう直接的な言われ方をされると、さすがに怒りたくなるよね」
「なら、ここから消えてください」
浅井の強い語気に、彼女は立ち去るわけもなく、空になったであろう紙パックを投げ捨てた。
「で、長倉充くんだっけ?」
「あ、ああ」
俺が答えると、浅井が顔をやり、鋭い眼差しを移してくる。
「あれには何も受け答えはしないでください」
「そんなに、あれなのか? というより、誰なんだ?」
「あれは、わたしと敵対する別の宇宙人です」
浅井の言葉に、俺はようやく今の状況を飲み込むことができた。
「あたいの名は、そうね、ここでは寺井衣吹という名前で通してるけど」
寺井は口にするなり、何歩か歩み寄ってくる。
同時に、浅井と俺は同じ距離を保ちつつ、後ずさっていく。
「そういう態度取られると、色々と話しにくいよねー」
「別に話すことなどないです」
「そう? 対話っていうのは、この惑星では敵対する者同士でも、たまにやる方法って聞いたんだけど?」
「それは、この惑星ではの話です。わたしとあなたの関係では、対話という選択肢はありません」
きっぱりと言い切る浅井。よほど、寺井のことを嫌っているようだ。
「これじゃあ、話にならないねー」
「まったくです」
「あのさ」
「何ですか?」
俺の声に、浅井が振り返る。静かにしてくださいと止めたそうな顔で。
「少しは話を聞いてやっても、いいんじゃないのか?」
「ダメです。あれの口車に乗ってはいけません」
「へえー。君、話がわかるねー。頭の固い彼女とはえらい違いだね」
寺井は両腕を頭の後ろにやるなり、俺の方へ視線を送ってくる。
「まあ、あたいのお願いは簡単なことだから」
「簡単ではないと思います」
「あっ、君に聞いてるわけじゃないから。今は彼に聞いてるわけ」
「お願いって、何だ?」
「ほら、彼も興味津々なんだからさー」
寺井の言葉に対して、特に何も反応をしない浅井。おそらく、もはや話が通じないとして、諦めて黙ったのだろう。
「で、お願いっていうのはね、簡単簡単。ほら、誰だっけ? 舘林綾乃さんだっけ?」
「綾乃に、何かする気なのか?」
「しないしない。あたいのお願いはそういうことじゃなくて、ほら、そこにいる彼女が舘林さんのこと、監視してるでしょ? 今もだけど」
寺井は浅井の方を指差す。確かに、本人は盗聴器みたいなもので綾乃の様子を現在も聞いているようだ。
「それをやめてほしいんだよね」
「断ります」
「って、頭が固い彼女が言うんだよねー。だから、君の方で説得して、何とかしてくれないかなー」
寺井は両手を重ねて、仰々しそうな調子で口にしてくる。
明らかに怪しい。
俺は寺井から理由を聞かずとも、何となく内心で感じ取っていた。
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