幼馴染の告白が宇宙を滅ぼすと言われても、俺には正直ピンとこない。

青見銀縁

第1話 唐突な展開は、心の準備すらさせてくれない。

「このままでは、この惑星どころか、宇宙が消滅してしまいます」

 夜、駅前の繁華街にあるビルとの狭間で、セーラー服姿の小柄な彼女はぽつりと口にした。

 一方、聞いていた俺、高校一年の長倉充は、話の中身がまったく頭に入ってきていない。

「あのさ、もう一度言ってくれないか?」

「はい」

 クラスメイトの浅井麗奈は、律儀そうにメガネを手でかけ直すと、俺と目を合わせる。

「このままでは、この惑星どころか、宇宙が消滅してしまいます」

 浅井は真面目そうな表情を崩さずに、淡々と先ほどの言葉を繰り返した。

 俺は頭を掻き、どういう意味なのか、冷静に考えようとする。

「それは、あれか? お前が考えた小説か何かのプロットか? それとも、お前は高校生にもなって、中二病を患っているのか?」

「どちらも違います」

 浅井は首を横に振る。

「今話した言葉通りの意味です」

「言葉通りの意味ってさ……」

 俺は近くのビル壁に寄りかかり、ため息をつく。

「悪いけどさ、俺にもっとわかりやすいように言ってくれないか?」

「今の内容では伝わらなかったということですか?」

「まあ、そういうことだ」

 俺が返事すると、「わかりました」と浅井は言うなり、片方の手のひらを掲げる。

 何をするのかと見ていれば、浅井が出す手のひらから、宙に浮かんだ透明な球体が現れた。大きさはバレーボールぐらい。内部は銀河があり、中心は光り輝き、直視できないほど、眩しかった。

「手品ではありません。これは、この惑星が属している銀河を映し出しています」

「手品じゃないのなら、何だよ? 立体画像とかっていう奴か?」

「そうですね。この惑星ではそういう類のものです」

「なら、そこに映ってるのは、本物の銀河の映像なのか?」

「そうです。というより、今現在、リアルタイムの状況です。ライブです」

 浅井は同じような表現を重ねて言うほど、俺に手品じゃないことを信じてほしいらしい。

 俺は話を円滑に進めようと、ひとまずは浅井を信じることにした。

「で、その銀河の今の状況がどうしたんだよ? パッと見、どこも異変とかなさそうだけどさ」

「そうですね。今のところはです」

「今のところは?」

「はい」

 浅井は口にすると、何やら意味不明なカタカナ語を発し始めた。

 俺が意味を聞こうとしたところで、先ほどまで映っていた銀河が急に消えてしまった。というより、中心に全てが飲み込まれてしまったかのようだ。

「いずれ、こうなります」

「いずれって、今のがか?」

「そうです」

 浅井は淡々と答える。

 俺はさらに質問を投げようとしたが、内容が思い浮かばず、言葉に窮してしまう。

「突っ込みはなしですか?」

「突っ込み?」

「そうです。今見せたのは、あくまで、この惑星が属している銀河が消滅するところだけです。でも、宇宙はそのような銀河が何千億個、いえ、何兆個もあるんです」

「あ、ああ」

「ですが、それ以外の銀河も全て、今のように消滅するかもしれないです」

「何でだ?」

「時空が歪んできているからです」

「時空?」

「わかりやすく言えば、最近、過去・現在・未来をとある人物が頻繁に行き来しているからです」

 浅井の説明に、俺は話についていけないのではないかと思ってきた。宇宙の次はタイムトラベルだ。もはや、SF小説の読み過ぎなのではないか。

「もう、いい」

「話を飲み込むのが早いですね」

「いや、もう、この話は聞かなかったことにする。というより、俺は浅井とこういう話をしている自体、幻覚か夢でも見ているんじゃないかと思ってきてさ」

「心外です」

 浅井は頬をぷっくりと膨らませる。

「これは深刻な話です。宇宙存亡の危機です」

「宇宙存亡の危機と言われてもさ……」

「そうですか。なら、手っ取り早く結論をお話しします」

 浅井は俺と正面を合わせる。

「舘林さんは、あなたと付き合いたいがために、同じ時を何十回も繰り返しています。これを止めないと、宇宙が消滅します」

 浅井が唐突に伝えてきた、聞き慣れた苗字。

 俺は耳にするなり、気づけば、浅井に迫り、セーラー服の襟を掴んでいた。

「そんなふざけたこと、あってたまるかよ!」

「怒ってますか?」

「当たり前だろ!」

 俺は怒鳴るなり、浅井から手を乱暴に離した。

「だいたい、綾乃はもう、この世にはいないだろ!」

「この世界ではそうですね」

 意味不明なことを言う浅井に対して、俺は耳を傾ける気が起きなかった。

 幼馴染の舘林綾乃は、数日前に自宅のマンションから飛び降りて亡くなった。

 しかもだ。

 綾乃は死ぬ直前、俺に告白をしてきている。

「もしかしてだけどさ、綾乃がそういうことをしてるとしてだけどさ、それは、俺のせいって言いたいんだよな?」

「そうじゃないです。わたしはあくまで、舘林さんの行動が宇宙存亡の危機を招いていると伝えたいだけです」

「それは、俺が綾乃の告白を受け入れれば済む話だったってことなのか?」

「それは、ひとつの解決策としての話です」

 浅井は言うなり、俺と目を合わせてくる。

「協力してくれますか?」

「急に何だよ?」

「舘林さんの行動を止めることです」

「止めるも何もさ、綾乃はもう、この世に」

「それは、この世界での話です」

「この世界?」

「そうです」

 うなずく浅井は、スマホを取り出すと、手で操り始めた。

「できれば、あなたが行ってほしいです」

「どこに?」

「舘林さんがあなたに告白する前の時間にです」

 浅井の言葉に、俺は戸惑った。

 先ほどから、俺は、既に死んだ綾乃に会えと言われているみたいだ。だが、そんなこと、できるわけがない。

「そんなこと、できるのか?」

「協力してくれるのですか?」

「協力も何も、俺は浅井が言ってることができるかどうか聞いてるんだけどさ」

「そうですね。この惑星の技術ではできないですね」

「この惑星の技術では?」

「はい」

 浅井は返事しつつ、操作を終えたのか、スマホをしまった。

「それでは、もし、今わたしが話した内容ができると仮定した場合、あなたは協力してくれますか?」

「協力というより、あれだ。そんなことできるなら、体験してみたい興味はある」

「それは、協力するという意志を表明した解釈で問題ないですか?」

 浅井の問いかけに、俺は間を置きつつも、とりあえず、首を縦に振る。協力するよりも先に、そもそも、過去に戻ることなんてできるのか、疑問だ。

「わかりました」

「まさか、この後すぐ、過去に飛ぶとかなんて、ないだろ?」

 俺の質問に、浅井は答える代わりに、歩み寄って、手を握ってくる。

「どちらにしても、あなたを連れていくのは、決定事項でした」

「えっ?」

 俺が間の抜けた声をこぼしたと同時に、視界にあったビルとの狭間が急に消えてしまう。

 いや、周りが突然、真っ暗闇に包まれたといったところか。

 当然、浅井の姿も見えなくなる。が、掴まれている感触はあるので、そばにいるようだ。

「目を閉じていてください」

「しないと、どうなるんだ?」

「嫌でもすると思います」

 浅井の声に、俺が意地でも瞼を開けていようと変なプライドを抱いたところで。

 前方から光が発してきて、あたりは照らされ、真っ白になり。

「って、眩しすぎるだろ」

「だから、目を閉じた方がいいです」

 口にする浅井は横にいて、目はしっかりと瞑っていた。

 やがて、光はさらに強くなってきて、俺は抵抗及ばず、まぶたを閉じてしまった。

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