第16話 湿っぽい話になっているのは気のせいか。

「相変わらず、降ってるな……」

 午前の休み時間、俺は教室を抜け、廊下の窓側に寄りかかるなり、外の様子を眺めていた。

 空は灰色の雲が立ち込め、雨で視界が悪く、いい景色ではない。まあ、晴れていても、校庭や周りに広がる住宅街が見えるだけだが。

「このまま気持ちがどんよりしたままなら、早退していいかもな」

「サボりはよくないわね」

 聞き慣れた声に、俺は振り返ろうとしたが、寸前で押し止めた。

「俺をからかいに来たのか?」

「違うわ。たまたま、近くを通りかかっただけよ」

 相手は言うなり、ためらう素振りをせずに、俺の横に現れてきた。

 視線をやれば、佐々倉は外の方へ顔をやるなり、窓ガラスに手のひらをつけた。どこか陰りがある表情をしている。

「雨は、わたしは嫌いね」

「そうなのか?」

「ええ。長倉くんの方は、授業をサボりたいほど、雨が嫌いみたいね」

「まあ、な」

 俺は答えるなり、実際は半分違うことを伝えようと思ったが、堪えた。

 何せ、教室でフラれた佐々倉と同じ時間を過ごし続けているのだ。視界に入ってしまうと、どうしても、昨日の告白を断られたことが頭に浮かんでしまう。朝、黒木に元気づけられたというのに、今では家に帰りたいと感じるほどまでになっていた。

 なので、佐々倉に、死んだ兄のことや、どこの中学出身かを聞く気力は現在ない。

「元気ないわね」

「フラれたからな」

「その言い方は、わたしが悪いように聞こえるわね」

「そう聞こえるか?」

「ええ」

 うなずく佐々倉。

「昨日、あんなにわたしのことを見ていた人と同一人物とは思えないわね」

「悪かったな」

「悪気はあると思ってるのね」

「何か言いたいことでもあるのか?」

 俺は佐々倉がなかなか立ち去らないことに対して、苛立ち始めていた。ただでさえ、気持ちが落ち込んでいるというのにだ。

 佐々倉は間を置くと、俺と目を合わせてきた。

「わたしとしては、別に気にすることではないと思うわ」

「それって、俺が授業中、佐々倉さんのことを見ていたことか?」

「ええ」

「だったら、何であの時、俺に注意しに来たんだ?」

「わたしが委員長だから、というのではダメかしら?」

「委員長だから?」

「ごめんなさい。変な理由だったわね」

 佐々倉は言うなり、ガラス窓につけていた手のひらを離し、取り出したハンカチで拭った。

「あの時は変に気張ったのかもしれないわね」

「俺に何か恨みでもあったのか?」

「特にないわ。長倉くんとは単なるクラスメイトなだけだから」

「本人の前でそう言われるとさ、もう、家に帰りたくなってくるんだが……」

「メンタルが弱いわね」

 佐々倉は含み笑いの声をこぼすと、手首に巻いている腕時計の方へ目をやる。

「そろそろ、休み時間が終わるわね」

「委員長さんがこんなところで、ブラブラしていていいのか?」

「長倉くんは、クラス委員長に対して、どういう印象を持っているのかしら?」

「印象って、まあ、単に真面目とか……」

 俺が言葉を返すと、「そうなのね」という佐々倉の反応が耳に届いてくる。

「今まで真面目にやってきた甲斐があったというところかしら」

「どういう意味だ?」

「単なるひとり言よ」

 佐々倉は言い残すと、片手で髪を耳にかける仕草をしつつ、場を後にした。

「真面目か……」

 先ほどまでの佐々倉との会話を頭に浮かべつつ、俺はぼそりと口にしてみる。

「考えてみれば、佐々倉さんの中学校、宇宙人なら知ってるんじゃないのか」

 言ってみたところで、宇宙人なのだからというのは、いい加減ではと思ってしまった。って、昨日も同じようなことがあったよな。

 俺はため息をついた後、廊下の窓側を去り、佐々倉がいるであろう教室へ戻ることにした。

 ひどく重い足取りで。

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