7.指先に粒子 (坂田直也)

 明日から修学旅行です。

 定番の奈良、京都。たぶんうちの県の中学校はどこも奈良、京都です。絹川中はいつ行くんだろう。このあいだ図書館のまえで会った子に聞いてみようかな。

 二日目の京都で自由行動の時間があって、僕はきゅうちゃんとおなじ班です。きゅうちゃんはちいさいころ京都の親戚のおうちによく行ってたみたいで、穴場スポットとか詳しいらしい。「清水寺は大人になってから行けばええんよ」だって。かっけぇー。発言が玄人ですね。 

 お土産には匂い袋を買ってきて、ってお母さんに頼まれました。色と香りは僕のセンスに任せるそうです。ああいうのけっこうお高いみたいですね。お小遣い多めに持たされてプレッシャーです。どうしよう、奈良の鹿せんべいで大半が消えたら。俺はやりかねないよ。

 このノートはもちろん家に置いていきます。読まれちゃ困るもんね。そのへんは那智さんに口すっぱく言われました。「浮かれて告るやつ続出するから」「好きな人いようがいまいが夜はそういう話ばっかになるから」「絶対言うなよ」「フリじゃないからね」「ほんとに分かってる?」

 もー……。

 さすが経験者は語るって感じ。

 僕はなかなか危なっかしいらしいです。ぽろっと言っちゃいそうなんだって。まあ、自分でもそこは否定できないかも。たぶん、分かってないんですよね、男同士でつきあうってどういうことか。

 キスは好きです。回文みたい。キスは好き。そのさきは不明。那智さんも無理強いしないし。でも、ほんとはしたいのかな。したいんだろうな。したいって気持ちが、よく分かんないんだよな。

 那智さんとつきあうことになってから、一度だけインターネットでそういう動画を観てみたことがあります。ほとんど男女のやつばっかりだったけど、ちょっとだけ男同士のもあって。ガタイのいい外国人同士のやつ。で、えいっ、て再生ボタンを押してしまったんですけど、なんか、あの、なんていうか、あの……うん……。

 カブトムシを戦わせる競技あるじゃないですか。ヘラクレスオオカブトとか。ああいうのを山に捨てる人がいて帰化した外来種が日本の純血種を脅かしてるっていうニュースが、いやいま外来種のことはどうでもいいんですけど、いやどうでもいいわけではないんですけどそれは置いといて、なんかそういう、謎の迫力がありました。大きい者同士がくりひろげるダイナミックな世界というか。エロは感じなかった。ムキムキの白人お兄さんだったからかな。胸毛すごかった。そっちの方が気になっちゃって。あとどうしても痛そう。むこうの人って信じられないサイズですよね。気持ちいいとか以前にあれはぜったい健康によくないと思う。

 結局、頭がぐらぐらしてきて観るのをやめました。もちろん履歴は消した。お父さんのパソコンなので。ほとんど海外出張でいないから、バレることはないと思うけど。

 頭がぐらぐらするのは男同士だからってわけじゃなくて、僕は、男と女でもおなじようにそうなってしまいます。

 いつだったかな、三谷がサッカー部の野口の家でDVD鑑賞しようって誘ってきたことがあって。妙にはしゃいでるから怪しいなとは思ったんですけど、富士野と中林ときゅうちゃんと、みんなで野口の家に行って、そしたら案の定、やらしい系のやつでした。ムシューセーってやつ。中林はああいうの好きじゃないから、お菓子食べて野口の飼ってる猫と遊んだら「塾あるから」とか言って早々に離脱。きゅうちゃんもこれ幸いみたいな顔で中林にくっついてった。富士野はAV女優の演技にいちいち爆笑してました。あいつなに観ても笑うんですよね。ホラー映画観たときもずっとげらげら笑ってたな。

 僕はちょっとだけ観てたんですけど、だってこういう機会でもないと女の人の体ってまじまじ見られないじゃない。初めてちゃんと見ました、あそこの部分。けっこうグロい形しててびっくりした。

 そういう、器官そのものを見るのは平気なんです。なのに、いざ合体ってなったら、やっぱりだんだん船酔いみたいな気分になっちゃって。結局、僕も途中で離脱して中林ときゅうちゃんを追っかけて帰りました。「なんか疲れたね」って三人そろってため息ついた。

 男と女はふつうで、ホモはキモくて、レズはエロい。みたいな話をたまに聞くけど、正直、僕には全部いっしょに思えます。全部、ちょっとえぐくて、ちょっと気持ち悪い。那智さんのまえで「気持ち悪い」ってことばはぜったい使わないようにしてるけど。那智さん自体を気持ち悪いと感じたことはないし。

 他人と肌をあわせるって行為を、いままでテレビ画面のむこう側のどこか遠い国の紛争みたいに感じてました。でも、同い年の子でももうしてる人はしてるんですよね。すごいなぁ。頭が追いつかない。恋愛って、そういうことを必ずしなきゃいけないんでしょうか。好きだったら自然と触りたくなるってほんと? いや、好きじゃなくたって男なら触りたくなるもんなの? ふつうなら? 

 俺、やっぱりちょっとおかしいのかな。

 ……みたいなことを那智さんにこぼしたら、

「世間的には俺も『おかしい人』枠だから、ちょうどいいんじゃない」

 なんて、変なフォローをされました。でも、なんにも解決してないのに妙に安心してしまった。だれかから見れば僕も那智さんもおかしい人なんでしょうけど、僕からすればノリや空気であっさり一線越えちゃう人の方がよく分かんないし。結局は泥仕合なんだと思うんだけどな。みんなちょっとずつどっかおかしいんだよ。

 那智さんとは、軽いキスをしたり、抱きついたり、後ろからぎゅってされたり、あと手をつないで指で遊んだり、いまのところそっちの方がなんとなく幸せ。そっちの方がって、あっちの方をまだ知らないので比べようがないけど。雨の日に那智さんの部屋でだらだらしたり、イヤホンかたっぽずつ付けてぼんやり音楽聴いたりしてると、「あ、いいな」って思う瞬間があるんです。幸せの粒子が見えます。部屋のなかにいる方がよく見つかるの。外だと人の目が気になっちゃうからかな。

 京都の匂い袋、那智さんにも買ってきてあげようかと思います。きれいなもの、好きみたいだから。このあいだ部屋に遊びに行ったら、あの人マニキュア塗ってたんですよね。両手の指、全部に。「それどうしたの」って聞いたら、「下駄箱のなかに入ってた」って。那智さんの下駄箱には、日頃からいろんなものが入れられるそうです。飲みかけの缶ジュースとか、お菓子の空の袋とか。

 いつも勉強で使う丸いローテーブルのうえに、その日はマニキュアのちっちゃな瓶が置いてありました。あれはなんて名前の色なんだろう。うす紫と灰色を混ぜたような、やわらかくて……はかない、そうだ、儚い色でした。

「もったいないよね」

 瓶をつまんで、那智さんは笑ってました。こんなにきれいなものをゴミ箱(那智さんの下駄箱のことです)に捨てちゃうなんて、って。

「那智さんは、女の人になりたいの?」

 色のついた自分の爪をあんまり満足げに眺めてるから、僕はまえからすこし気になっていたことを聞いてみました。

「ちがうよ」

 那智さんは笑ったまま首をよこにふって、

「でも、きれいなものは女の人だけのものじゃないでしょう」

 那智さんのこういうところが、俺は好きなんだと思う。

 塗ってあげる、って言われて、目立つからだめって言ったんですけど、けっこうしつこく頼みこまれて、しかたなく爪いっこだけ塗ってもらいました。ひんやりしてて、ちょっとくすぐったかった。左手の薬指だったのにはなにか意味があったのかな。聞きたかったけど、聞けなかったな。

 マニキュアは、爪に塗ったら瓶のなかにあるよりうすい色になって、指のさきに花びらを乗せたみたいでした。帰り道、ひとつだけ色のちがう爪を何回も見かえして、ちょっとにやにやしちゃった。お母さんが帰ってくるまえに落としたけど、ずっと残しておきたかったです。

 また塗ってもらえばいっか。

 学校のみんなとさわぐのも楽しいけど、那智さんとすごす静かな時間も、俺にとってはかけがえがないです。明日からしばらく会えないんだ。なんでだろ、たった三日間遠くに行くだけで、なんだかちょっとさみしい。ボクに会えないのもさみしい。なんて言ったら「俺は犬と同等なんだね」って笑われそうだけど。

 お土産いっぱい買ってきます。八つ橋は定番すぎるかな。きゅうちゃんにいろいろ聞いてみよう。持つべきものは京都に詳しい友人ですね。

 あーあ。

 那智さんと「なんにもしない」がしたい。

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