5.パズル(富士野哲郎)

 中三の夏休みって、なにすればいいモン?


 勉強だよなぁ、ふつうに。受験だし。高校は義務教育じゃないって言っても、行けるなら行っとけって話だもんなぁ。

 でもなぁ、なーんかなぁー。

「富士野、さっきから全然進んでない」

 空白だらけの問題集を中林がシャーペンの頭でトントン叩く。嫁をいびる小姑みたいだ。

「だいたいね、富士野の宿題の進みがヤバいから花火大会のまえに勉強会やろうって話になったんでしょ。おまえが勉強しないでどうすんのよ」

「うっせー、頼んでねーし」

「審議、審議だ。裁判長」

 中林の呼びかけに三谷がわざとらしく咳払いする。

「ンッン。被告は発言を慎むように」

「なんでだよぉ。ハイ、異議あり!」

「異議ありって被告人が言えるセリフじゃないから」

「うるせえ、小姑。さいばんちょー、弁護人をたてます!」

「ンッン。坂田弁護士、発言をどうぞ」

「まあ、本人の人生ですからねえ」

「クソ、あの弁護士ゼンゼンやる気ねえ」

 こんなことなら宿題の話なんかしなきゃよかった。いや、ちがうな、言う相手をまちがえたんだ。いつも教室でつるんでるヤツらなら「俺、こんなに宿題やってないんだぜぇ!」って自慢しても「おまえヤベェじゃん!」ってウケてくれたはずだ。けど、こいつらにそういう冗談は通じない。うっかり口を滑らせたが最後、「剣道部に泥を塗るな」「おなじクラスの坂田ときゅうちゃんに迷惑をかけるな」「宇梶先生がかわいそう」「せめて誠意を見せろ」と非難ごうごう。花火大会のまえに集まってゲームでもしようぜって話してたのが、あっというまに勉強会に変えられてしまった。しかも場所は俺の家。これじゃ宿題を持ってき忘れた、なんてごまかしもきかねえじゃん。

「あ、きゅうちゃんから連絡来てる」

 坂田がケータイの画面をひらく。

「屋台、会場の南側だって。地図のっけてあるよ。たこやきとりんご飴のあいだ」

「南側ってどっちだ」

 自分にもおなじメッセージが来てるだろうに、三谷はわざわざ坂田のケータイを覗きこむ。

「たぶん公民館がある方」

「分かんねぇ。ジャスコ側? コメリ側?」

「っていうより、ささもりベーカリー側」

「あ、卵の自動販売機がある方か」

「ごめん、それは分かんない。ほら、ずっと行くと結婚式場がある方だよ」

「あー、あそこ去年、葬儀場に変わったぞ」

「マジか、なんか複雑だね」

 あくびが出るほどローカルな会話だ。俺もケータイをひらいて、きゅうちゃんからのメッセージを確認する。夏の花火大会にはきゅうちゃんのじいちゃんばあちゃんがいつも屋台を出してて、毎年きゅうちゃんも手伝ってるらしい。目玉商品は白玉あんみつだけど、俺はじいちゃんの焼くたい焼きも好きだな。あんこと豆乳クリームがたっぷり入ってて、食ったっていう満足感があるんだ。

 思い出したら腹が減ってきた。英語の並び替え問題の上にシャーペンをコロリと転がす。「もし背が高かったら、彼は人気者だったろうに」「もし若かったら、私はあの服を着ただろうに」ちぇっ、そんなこと言ってっから日本人は陰気なんだよ。

「富士野、I wouldは前じゃなくて後ろの文節。あとhaveじゃなくてhadな」

 となりには小姑がいるし。

 中林に言われるまま単語を並び替えていたら、三谷のケータイがピロンと鳴った。なにげなく画面をチェックした三谷が「おっ」と短く声をあげ、そのまま黙る。怪しい。

「なんだなんだ、カノジョか?」

 俺の冷やかしを「バカ、ちげぇよ」と流しながら、三谷の目は画面に釘づけだ。ますます怪しい。

「カノジョだべ、絶対カノジョだべ。カーッ、部活引退したら次は恋愛ですか。やっぱモテる男はちがうねぇ」

「富士野、ちょっと黙ってろ」

「あ、分かった。花火大会のあと、ふたりっきりで会いましょうって話だろ。水くせぇなぁ、隠さなくてもいいのに」

「だから、ちげぇって。坂田じゃあるまいし」

「えっ!」

 おもわず大声が出た。坂田の肩がビクッと跳ねる。

「坂田、カノジョできたんけ!」

「いや、できてない、できてないから」

「ちょっと直也、アタシとは遊びだったってこと?」

 中林は話をややこしくしないでほしい。

「知りあいにちょっと会うだけで――」

「他校か! 他校の女子か!」

「じゃなくて、絹川の先輩――」

「ハァー、年上ぇ?」

「男!」

 お、と、こ。一音ずつ念押しされてしまった。なんだ、男かよぉ。がっくりして机に突っ伏す。つまんねぇの。返してくれよ、この期待とコーフンを。

「富士野も会ったことある人だぞ」

 ケータイをしれっとポケットにしまって、三谷が言った。

「ほれ、まえに一回、帰り道で」

 あ。記憶がモンヤリよみがえる。

「あの背ぇ高くて髪の長い高校生か」

「そうそう。那智さんっつーんだって」

「ナチさん? それ苗字?」

「いや、名前だって」

「ちょっと、アタシも会わせなさいよ、その泥棒猫に」

 中林はさっきからどういうキャラ設定なんだ。

「あーあ。浴衣女子と花火見てえなぁ」

 テーブルにほっぺをつけたまま、身もふたもない欲望を吐いた。なにが楽しくてジジババの作ったあんみつ食いながら野郎四人で夏の夜空を見上げなきゃならないんだ。いや、きゅうちゃんとこのあんみつはうまいけど。そんで、なんだかんだこのメンバーが一番気楽なのもそうだけど。

 ていうか、そう、そのまえに宿題。

 ため息をついて問題集のページをめくる。仮定の「If~」の次は願望の「I wish~」と来た。「もっとたくさん友達がいればなぁ」「もっとしっかり勉強しておけばなぁ」なんだこの例文、感じ悪いな。

 そういえば、さっきの着信は結局だれからだったんだろう。三谷の方をちらっと見たけど、国語の長文を真剣に読んでいたから声をかけるのはやめた。向かいでは坂田と中林が塾のプリントをひろげ、複雑な二次関数をこねくり回している。「で、点Aの座標がこれだから……」「あ、そうすると四角形ABCDの面積がこうなって……」「ってことは点Mを通る場合は……まって、ちがうかも」「あー、分っかんねえ……」俺にはふたりの言ってることがひとつも分っかんねえ。二次関数でどうして四角形が出てくるんだろう。そんなの学校で習ったっけ?

 たまにさ、なんで俺こいつらと一緒にいるのかな、って思うんだよね。

 部活の仲間って、教室でツルむ連中とはちょっと雰囲気ちがうよな。剣道っていう共通のものがなかったら、俺はたぶんこいつらとここまで仲よくならなかったと思う。

 ――富士野が剣道部って意外だよな。

 そんなことをよく言われた。引退した今でもネタにされるくらい。なんで球技やらなかったの? ともよく聞かれたな。サッカー部の野口には三年に上がってもスカウトされつづけたし。あ、自慢っぽいかな、これ。でもさ、それくらいしか自慢できることねえから、俺。

 やってたよ、球技、小学生のとき。ミニバス、サッカー、あと野球もちょっとだけ。どれもセンスあるって言われてた。なのにどれも長続きしなかった。

 初めはちやほやされるんだ。他のやつより上達が早くて、試合にもすぐ出させてもらえた。でも、そのあたりでいつもつまずく。

 ――おまえなんかいらねえ。

 初めてチームメイトにそう言われたときは、意味が分からなかった。は? こいつなに言ってんの。俺がいなくてこのチームだれが点取るんだよ。俺よりドリブル下手なやつがえらそうに。もしかして嫉妬か? そうだ、あとから入ってきた俺がバシバシ活躍してるから、出番を取られて嫉妬してるんだろ。アホくせぇ、そんなの俺より上手くなってから言えよ。俺は上手いんだ、俺が活躍しなきゃチームは負ける、俺が一点取ったときの歓声が聞こえないのか、俺にまわせ、俺によこせ、俺に――。

 そういうこと。協調性とか共感力とか、そのたぐいのもんが俺には致命的に欠けてた。それが言葉や態度に無意識に出ちゃって、相手が嫌な気持ちになってることにも気づかなかった。悪気なんかなかったよ。チームの勝利に繋がるんだから、俺はいいことをしてるんだ、って本気で思ってた。自分のしてることが、人に何かを与えるんじゃなくて人から何かを奪ってるなんて思いもしなかった。

 ミニバスのやつらとは仲たがいして、もちろん俺は自分が悪いなんて一ミリも疑わずサッカークラブへ鞍替えした。あとは分かるよな。おなじことのくりかえし。出だしは好調だけど、だんだん周りとズレていって、気がつけば孤立してる。

 ただ、まったく進歩がなかったわけでもなくてさ。俺だって好きで衝突してるわけじゃないから「この言葉は使わないようにしよう」「こういうことはやらないようにしよう」って自分なりに対策を立てるようになった。そういうの、見てる人は見てくれてるんだな。小さな変化でもほめられたら嬉しかった。チームメイトともまえよりいい関係になってる気がした。

 それでも、なんでだろうな、なんでいつも、うまくいかなくなっちゃうんだろう。

 中学の部活は運動部に入るつもりでいた。体は動かしたかったし、それしか取り柄ねえし。けど、団体競技はしばらくいいや。チームに入ってもどうせ空気悪くしちゃうだろ。陸上部なんてどうかな。いや、やっぱり目のまえに対戦相手がいる方がおもしろいか。卓球、テニス、バドミントン……うーん、なんか、ピンとこねえなぁ。

「俺? 剣道部」

 斜め前のほうから声がした。入学初日の教室で、そいつはもう数人の輪の中心にいた。

「剣道かぁ。なんか臭そう」

 あけすけな感想にも、そいつは「おう、臭ぇよ」とおおらかに答えた。髪の毛が茶色っぽかった。染めてんのかな。スレてる感じはしねえけど。

「夏なんてハンパなく臭ぇよ。でも、その匂いがだんだん癖になってくんだよ」

「なんだそれ、やべぇじゃん!」

 周りのやつらがドッと笑う。

「あと変な奇声あげるよね。キェーッとかドリャーッとか。あれってなんなの?」

「あれはまぁ、魂の叫び」

 また爆笑が起こる。本人はとくにおもしろいことを言ったつもりはなさそうで「いやぁ、マジでマジで」とほっぺたを搔いている。

「だってさ、目のまえに刀持ったやつがいるんだぜ。一歩踏みこんだらもうお互いの剣先が届く距離にさ。斬るか斬られるかって状況になったら、人間、自分でもよく分かんねえ声が腹の底から出るんだよ」

 クラス名簿と五十音順に並ぶ座席を照らし合わせる。俺の後ろが星野、町田、となりの最前列に飛んで増渕、松本……三谷。

 三谷正俊。

 ちらっと目が合った。俺はとっさに顔をそらした。窓の外で満開の桜が白い花びらを惜しげもなく散らせていた。

 



 お目つけ役の中林と坂田という赤ペン先生のおかげで、ほとんど手をつけてなかった英語のページが奇跡的に終わった。正直、意味なんか半分も分かってないけど、全問空欄を埋めたんだから文句は言わせない。

「おっし、そんじゃ、出発までスマブラやろうぜ」

 三谷が勝手知ったる調子でテレビをつけ、コントローラーを配る。聞き慣れた電子音のオープニングに合わせて、キャラクターたちが画面を飛びまわる。

「俺、ピッカチュウー」

「俺もピッカチュウー」

「じゃあ俺もピッカチュウー」

「プリンで」

「おい中林ぃ、そこは合わせろよぉ」

 キャラクターを選びながら、今日やった英語の例文がふいに浮かんだ。

 もし背が高かったら、彼は人気者だったろうに。もし若かったら、私はあの服を着ただろうに。

 もしワタシがあなただったら。

 もし俺が、俺じゃなかったら。

 部活動の最初の見学日、体育館に入ると三谷はもうそこにいて「おなじクラスだよな」と気さくに声をかけてきた。となりにはキノコみたいなおかっぱ頭の男子もいた。ニコニコしててとっつきやすそうだった。すぐあとに背の高い前髪長めのメガネも来た。こっちは愛想笑いもなくて、なんだか暗そうなやつだなと思った。ほかにも何人か見学者はいたけど、結局、入部したのは俺を含めてこの四人だった。

 剣道は未知の世界だった。それまで大抵のスポーツは練習すればぐんぐん上達したのに、今回はまるで手ごたえがなかった。簡単そうに見えた摺り足は「ガチャついてる」と何度も注意されたし、竹刀を握ると無意識に右手に力が入って剣先が右にそれた。やっとまっすぐ振れたと思ったら、今度は手と足がそろわない。

 俺、向いてねえかも。他のことならともかく、運動でこんなに自信をなくしたのは初めてだった。経験者の三谷がそばにいるとなおさら自分が下手に思えた。辞めちゃおっかな。臭ぇし。神棚に礼とかガッツポーズはダメとかちょっと宗教っぽいし。てか、竹刀で叩きあうの、ふつうに痛ぇし。なんで三谷はこんなの楽しいと思えるんだろ。

 入部から一カ月経つころ、初めて防具をつけさせてもらえた。視界がグッと狭まって、音はぐんと遠のいて、一気に不安になった。先輩と向きあったら、その不安は何倍にも膨れた。三年生の優しい女の先輩だった。「怖がらなくていいよ」と面越しに言われて、そのとき足がすくんでいたことに気づいた。

 三谷の言ってたことが少しずつ分かりはじめた。一足一刀の間合い。ほんの二メートル足らず先に剣をかまえた相手がいる。息遣いまで伝わる距離でお互いの目を見つめあう、そんな競技、世の中にいくつあるんだろうな。恐怖、焦り、自信、不安、勇気。自分のなかに、相手のなかに、こんなにたくさんこころの色があるなんて知らなかった。

 そうか、俺は今までボールばっかり見てたんだ。敵の顔なんか見ようともしなかったし、味方の顔さえ見ていなかった。そのうち味方まで敵になって、人の顔を見るのがいつのまにか怖くなってた。

 ――富士野は先鋒が合ってると思うぞ。

 団体戦のポジションを決めるとき、三谷にそう言われた。トップバッターなんて責任重大でやりたくないとゴネたら「責任重大じゃねえポジションなんかねえよ」と笑い飛ばされた。

 ――富士野ってさ、ぶっちゃけ空気読むの苦手だべ。

 おまえなんかいらねえ。

 一瞬、また言われんのかなと思った。けど、三谷の口から出たのは全然別の言葉だった。

 ――それが富士野のいいとこだと思うんだよ。次鋒から先はチームの空気を読んで試合運びを考えなきゃならないけど、先鋒には読む空気なんか無い。細けぇこと考えて守りに入るやつより、おまえみたいに勢いのあるやつがハマるポジションなんだ。攻める一択! な、存分に暴れていいんだぜ。

 おおげさなこと言っていい? あのときさ、ここにいる意味をもらえた気がしたんだ。だれかに合わせなくていい、空気なんか読まなくていい。俺が切り開いた道をあとのやつらが進んでいく。だったら話は簡単だ。全力でぶち抜く以外ねえだろ。それしかできないなら、それだけを誇ればいいんだ。

 そこからはだんだん剣道が楽しくなった。空気読まなくていいって言っても好き勝手していいわけじゃなくて、相手や仲間を尊重してこそ成り立つ話だってことも少しずつ分かっていった。みんなデコボコで、得意も苦手もバラバラで、だけど一人一人ちゃんと役割があって、パズルのピースみたいにぴったりハマる瞬間があるってことも。

 それって剣道にかぎらず、バスケでもサッカーでも、どんな競技にも当てはまることなんだろうな。でも、俺は剣道やってなきゃ、きっと気づかないままだったと思う。

 


「あれ、まって、俺どれ? 俺のピカチュウどれ?」

 坂田が混乱している。

「いま落下してるやつじゃねえんけ」三谷が返す。

「うそだぁ、いやほんとだ。マジかぁ、死んだわ、俺のピカチュウ」

「坂田ってなんでいつも一回落ちて自滅すんの」と中林。

「なぁー、次、全員ガノンドロフにしようぜ」この提案は俺。

「やだよ、マッチョのおっさん四人なんて見たくねえよ」

 中林が渋る。

「色違いのガノンドロフって見分けつく?」

 坂田はとにかく自滅を避けたいらしい。

「つくんじゃね」

 Bボタンを連打しながら、三谷がテキトーに返す。ピカチュウで自分を見失ってるやつにガノンドロフの色違いはたぶん分からない。

 午後四時過ぎ、俺たちは花火会場へ向かうべく家を出た。最寄り駅まで歩いて二十分。陽が落ちてきてもまだまだ暑い。休耕田のうえを赤とんぼが飛び交っている。

 駅舎のまえに女の人が立っていた。紙の束を抱えて日陰にも入らずうろうろしている。白いレースの日傘に淡い水色のブラウス、ひらひらした長いスカート。鶏ガラみたいな首に金色のネックレスをさげていて、それだけが不つりあいにギラギラひかって見えた。

 前を通りすぎようとしたとき、女の人はするっと俺たちに近づいてきた。

「スポーツ用品のアンケートにご協力お願いします」

 反射的に立ちどまりかけた俺の背中を、中林がさりげなく、でもけっこう強めに押した。三谷が無言で軽くお辞儀する。目を合わせない、お断りのお辞儀だった。

 駅舎に入るなり、中林が口をひらいた。

「あれ、カルト宗教だよ」

「えっ」

 俺と坂田が同時に声をあげる。全然分からなかった。三谷は気づいたようで、やっぱりそうか、と苦笑いしていた。

「俺の叔父さんちの近くにあの宗教の集会所があるんだよ」

 ひとつしかない券売機で切符を買いながら、中林は淡々と言った。

「ああいう清楚っぽい服着て、しょっちゅう勧誘とかしてんの。絶対ついて行くな、目も合わせるなって親に口酸っぱく言われてたからさ。もう雰囲気だけで見抜けるようになった」

「ちなみにどういう宗教なんだ?」

 三谷が尋ねる。中林はやっぱり淡々と答える。

「なんか、手から光線が出るんだって」

「手から光線? 幽遊白書ゆうゆうはくしょじゃん」

 俺のつっこみにみんなブハッと吹きだした。それでちょっと安心した。自分が知らず知らず危ない世界に引っかかりかけたこと、実はけっこう動揺してたから。

「ユーハクかぁ。俺は飛影ひえいが一番好きだな」

「だよな! 俺も飛影!」

「俺も飛影だなぁ」

「俺はね、ボタンちゃん」

「だからぁ、そこは合わせろよ中林ぃ」

 漫画のキャラのモノマネをしてるうちに電車が来た。花火大会へ行く人が多いのか、いつもよりずっと混んでいる。二席空いてるところに坂田と中林が座り、俺と三谷がそのまえに立つ。電車がごとんと動きだし、乗客の体が一瞬だけおなじ方向へかたむく。

 遠ざかる駅舎の傍らで、白い日傘がぽつんと小さく、クラゲみたいに漂っていた。

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