第36話
俺は剣を構え、俺に近付かないように回り込んでくるクレイドルに振り向きながら剣を振った。
クレイドルは警戒しながら俺の剣を弾き、更に距離をとる。
「どうした? やっぱ今の言葉は強がりか?」
クレイドルはそう言いながら、俺に向かって引いた分の距離を詰めた。
「良い位置どりだな。確かに、そう上手く動かれたら剣を振れない」
俺がそう言うと、クレイドルは息を吐くように笑った。
「剣が手に馴染むくらい棒切れを振ってる奴なら、前後の足を入れ替えながら後ろに下がって斬るとか、剣を防いで絡みとるとか色んな技を持ってるもんだ」
クレイドルはそんな解説をしながらも、休み無く剣を振ってくる。
防戦一方だ。何度か危ない一撃もあった。
俺はクレイドルの剣を弾くことに成功すると、そのままクレイドルが言っていたように前に出していた足を後ろに下げ、クレイドルに振り向いた。
「お、確かにこの方が剣を振る動きに移行しやすいな。ありがとう」
俺がそう言うと、クレイドルは呆れたような顔で俺を見つめ、肩を竦める。
「今覚えたところで使いこなすまで一年以上掛かるってんだ。ほら、諦めて負けを認めろ。次は、首が腕を斬りつけるぞ」
そう言って、クレイドルは目にも止まらぬ早業で俺の剣を下に向けて弾いた。
そして、その反動を利用して俺の眼前に剣先を突き出す。
目の前で揺れるクレイドルの剣を眺め、俺は口の端を上げた。
「理に適っている。良くその歳でそれだけの技術と観察眼を会得したものだ。俺の癖を見抜き、そこから俺の人生を紐解く……三十前後だったか? 中々出来ることじゃない」
俺がそう言うと、クレイドルは間の抜けた顔で俺を見返して来た。
「歳下のお前が言うことじゃねえよ! 本当は吸血鬼だったとでも言うつもりか、お前!?」
クレイドルにそう突っ込まれ、俺は苦笑する。確かに、二十歳前後に見える俺が言えば違和感しか生まないだろう。
俺は笑いながら、クレイドルの剣を横に弾いた。
驚くクレイドルを見て、笑顔で足を前に出す。
「気持ちだけは引退間近のベテランのつもりなんだ。そのつもりで、若者に助言をやるとしようか」
俺がそう言ってクレイドルに向かって歩き出すと、クレイドルは舌打ちをしてまた俺の右手の方向へ回り込むように動き出した。
「意味が分からん! ベテランのつもりで戦ってどうなるってんだよ!」
そんなことを言いながら、クレイドルは剣を振ってくる。確かに、先ほどよりも確実に速く、重い剣が俺に向かって閃いている。
本気になったのだろう。
俺はその剣を必死に受けながら、空いた左手を伸ばしてクレイドルに掴みかかった。
「チッ!」
慌てたクレイドルが牽制をしながら大きく後方に飛び退き、距離を置く。
俺はそれに微笑み、また足を前に出した。
「お前の癖だ。安全マージンを取りすぎる。こっちは剣に自信が無いんだから、積極的に攻められた方が緊張して動きが硬くなったり、もしくは焦りから判断をミスしやすくなる」
俺がそう解説すると、クレイドルは眉根を寄せて顎を引いた。
「安全マージン?」
「ああ、危険をおかさないようにするって意味だ。悪いことじゃないが、実力に差がない場合はどうしたって五分五分だし、実力が上の相手の場合だと間違い無く負ける。不利な状況を覆すのが苦手なのが、お前の一つ目の悪い癖だ」
俺がそう言って笑うと、クレイドルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「……確かに、ジジイと話をしてるみたいだよ。偉そうに上から言うな。危険をおかさないようにするのが剣闘士として最も大切なことだ」
クレイドルはそう言いながら、俺に先ほどよりも更に強い剣を振って来た。
俺は攻撃を諦め、自分の剣を盾代わりにしながら前進する。
「負けても良い場面ならそれが正解だ。ただ、今この瞬間は、決して負けられない場面の筈だ。なら、命懸けで来い。なんだ、その逃げ腰な距離の取り方は? ほら、また一歩近付くぞ。また逃げるのか?」
俺がそう言って距離を潰すと、クレイドルは反射的に距離をとってしまい、険しい表情で俺を睨む。
「挑発のつもりか? そんなことで俺が戦法を変えるとでも思ったか、この野郎」
「十分怒ってるじゃないか」
俺の台詞に、クレイドルは随分と力の篭った剣を鋭く振りながら回り込む速度を上げた。
そんなクレイドルから、今度は振り返りながら後ろに跳び、距離を離した。
まさか距離を離されるとは思わなかったのか、クレイドルは僅かに動揺しつつこちらに向かって足を出す。
それに合わせて、俺は一足飛びにクレイドルに近付いた。
「ふっ!」
「うぉっ!?」
俺が飛び込みながら剣を振り下ろすと、クレイドルは慌てて防ぎながら後退する。
そのクレイドルの逃げ足を追いながら、俺は口を開いた。
「二つ目の悪い癖を教えよう。お前は技術があり、相手の思考を読む力もある。だから、先を読み過ぎるんだ。考えるのはぼんやりと全体を、先を見るのは一手か二手先まで。それぐらい適当な方が柔軟に対応出来る。とはいえ、対応力に関しては死ぬほど実践を繰り返して経験を積むしかないがな」
俺はそう言って笑い、反撃を剣で防いでクレイドルに肉薄した。
そして、剣での一撃を警戒するクレイドルのスネを思い切り蹴った。
「つっ!?」
クレイドルは予想外の痛みに思わず前のめりになってしまった。その背中に覆い被さるようにして乗っかり、クレイドルの胴体を両手で掴んで思い切り持ち上げる。
クレイドルの足が俺の頭の上に来た。
そして、俺は地面にクレイドルを頭から叩き落とそうと腕に力を込める。
「くそったれ!」
その時、クレイドルのそんな叫びと共に、クレイドルの両足が俺の頭に絡み付くように巻き付いた。
頭がロックされたと思った瞬間、クレイドルが身体を捻るような気配と共に、俺は身体が浮かび上がる浮遊感に脊髄反射で背中を丸め、両手で頭を守った。
脳を揺らす衝撃と轟音。
そして、水の中に潜った時のように周囲の音がくぐもって聞こえ出し、首と後頭部が熱を持ったように熱くなってきた。
これはマズイ。
耳が聞こえない筈の音を拾い、自分が今上を向いているのか下を向いているのかも分からない。
この症状は、脳震盪の可能性が高い。
俺は両手足でしっかりと地面を掴むように身体を支え、頭を動かさないようにしながら視線を上げた。
地面はあまり揺れていないようだ。
脳震盪でも軽度だろう。
そして、受け身の練習をしていないクレイドルは地面でのたうち回っていた。
「……まさか、返し技にフランケンシュタイナーとは……驚いたぞ、ジャンボ」
俺がそう言いながらゆっくり立ち上がると、クレイドルは顔を手で押さえながら立ち上がった。
全く……言ったそばから柔軟に対応し過ぎだ。どんな才能を持ってるんだ、コイツ。
「いっててて……知らねぇよ、なんだその技は。ただのマグレだ」
そう言ってクレイドルは頭を振り、自分が剣を持っていないことに気がついた。
斯く言う俺も、投げられる瞬間に受け身を優先しており、剣は手放している。
そして、その剣は俺とクレイドル、二人の間に並ぶようにして落ちていた。
俺とクレイドルは、自然と視線を交錯させる。
「……っ!」
素早く、クレイドルが動いた。
視線の先は二本の剣だ。
俺はそれを確認して、クレイドルに向かって走った。
「間に合った!」
クレイドルがそんな声を発しながら、地面に落ちている剣の柄を掴む。
だが、クレイドルが手にした剣の刃を、俺が踏んだ。
「な、何!?」
俺が踏んだ事により剣を持ち上げられなくなったクレイドルは、前傾姿勢になっていた為にそのまま地面に両手をつく。
俺は跪いた形となったクレイドルの両手を肘の内側に来るように挟み、クレイドルの背中側でロックする。
そして、クレイドルを引っこ抜くように持ち上げた。
高い位置で一瞬静止した際に両手のロックを外して腰をホールドし直し、相手を肩と背中から地面へと叩きつける。
砂地への落下ならではの鈍い音が鳴り、クレイドルは苦しげな呻き声をあげて仰向けになって寝転がった。
それを確認して、俺はクレイドルに背を向けて立ち上がる。
そして、一度膝を大きく曲げてから反動をつけ、空へと跳び上がった。
空中で回転し、クレイドルの身体の上に落下する。
腹から落ちる予定だったのだが、少々回転し過ぎて背中で仰向けに倒れていたクレイドルを押し潰してしまった。
思わずトドメまで刺してしまったが、クレイドルならば大丈夫だろう。俺は衝撃に喘ぐクレイドルを眺め、立ち上がった。
「剣にこだわり過ぎたのが敗因だ。俺を投げるなんていうとんでもない才能がありながら、剣の実力に慢心した。それがお前の最後の悪い癖だ」
俺がそう言うと、クレイドルが信じられないものを見るような目で俺を見た。
「お、お前、に、言われ、た、くない……自信、かじ、ょ、う男、め」
息も絶え絶えのクレイドルにそんなことを言われて、俺は口角を上げる。
盛大に歓声を上げる観客達。そして、俺を輝くような瞳で見つめ、跳び上がって俺の勝利を喜んでいるエメラ。
そんな光景を見てから、俺はクレイドルを見下ろした。
「知らなかったのか。応援してくれる観客がいるなら、俺は最強無敵なんだよ」
俺がそう言って笑うと、クレイドルは空を仰ぎ見て吹き出した。
「な、んだよ、それ……ずりぃ、奴、だ……」
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