第2話
一ヶ月ほど経ち、俺はようやく自分の置かれている状況を整理することが出来た。
恐らく、今俺がいるのは地球では無いこと。
そして、俺は剣闘士グラディエーターという名の奴隷となってしまったということ。
この二点が最も大切な点だろう。
他に分かったことは、剣闘士というのは意外と人気があり、剣闘士の闘いを観るのがこの国では最大級の娯楽となっているということ。
なので、人気になった剣闘士は相当な高待遇を約束され、場合によっては貴族の私設騎士団へ引っ張られることもあるらしい。
ちなみに、クレイドルは上から二十人に数えられる人気者であり、自宅も持っているそうだ。
どうやら俺は街道のど真ん中で気絶していたらしく、最初は盗賊と思われ、斬られるところだったらしい。
だが、演技では無く本当に気絶していると分かった発見者は、俺の体格を見て馬車に積み込み、奴隷商人に売ったとのこと。
気絶した人間を勝手に売るという話の流れに驚愕したのを覚えている。
その俺を買った奴隷商人は、剣闘士を沢山抱えた大きな剣闘士団なる興行集団に売却し、俺は剣闘士見習いとなったらしい。
ただ、剣闘士は元々敗戦国の捕虜や奴隷、犯罪者が大半の為、俺みたいな身元不明な者も違和感無く溶け込めている。
そういえば、クレイドルは敗戦国の捕虜だったらしいが、詳しくは教えてくれなかった。
「おい、マット! こっちだ!」
そのクレイドルに呼ばれ、俺は返事を返して後を追った。
周囲に石造りや木組みの家が並ぶ中、石畳の道を進んでいく。きちんと二階建ての建物もあり、馬車もよく通る道を眺めると、この街もかなり大きな街なのだろうと理解出来る。
剣闘士団とは地方巡業をして各都市で興行をするらしく、俺が所属する剣闘士団も同じように都市を巡っている。
ただ、俺にとってはまだ二つ目の都市でしか無いが。
クレイドルの後に続いて変な広場に行くと、そこには五十人ほどの武器を持った者達がいた。武器と簡易的な鎧を身に付けた者達が揃うと嫌でも圧迫感を周囲に振りまくことになる。
とはいえ、武器は木剣ではあるが。
「今日のお前の相手はこのディデテだ」
クレイドルにそう言われて顔を上げると、そこには二メートルを超える大男が立っていた。身長に合わせているせいで、持っている木剣も船のオールのようなデカさだ。頭がスキンヘッドなのが更に厳つく見せている。
「ふん……お前がヤトとかいう奴か? クレイドルさんに気に入られたとかいうからどんな奴かと思ったが、地味なチビじゃねぇか」
ディデテという大男は吐き捨てるようにそう言うと、俺を見下ろして近づいて来た。
「いや、お前がデカすぎるんだ。俺は身長も体重も平均以上だぞ」
俺がそう言うと、クレイドルが笑って俺の背中を叩く。
「うははは! 確かにな! ディデテに比べたら皆チビだから、ディデテがデカすぎるだけだ!」
何が面白かったのか、クレイドルがゲラゲラ笑う姿を見て、ディデテが顔を赤くして俺を睨んできた。
「調子に乗るなよ、ヤト……闘技場じゃあクレイドルさんは助けてくれねぇぞ」
「クレイドルが俺を助けるところが想像出来んな。むしろ、俺が危ない時は指差して笑っているだろう」
「うははは! どんだけだよ、俺!」
俺がディデテの勘違いを正してやると、横で聞いていたクレイドルがまた笑い出す。「確かに笑いそうだけど」とか言いながら爆笑するクレイドルを横目に見て、俺は肩を竦めた。
ツボに入ったクレイドルは暫く笑い続けるので放置するのが俺の対処法だ。
しかし、そんなことを知らないディデテは完全に馬鹿にされたと思い、俺に向かって剣先を向けてきた。
「おら、さっさとやろうか。死んでもしらねぇぞ」
「練習試合なんだから死なないようにやれよ」
低い声で威圧してくるディデテに、俺は適当な返事をした。
そして、爆笑するクレイドル。
恐らく、クレイドルは世界初の笑い死にした剣闘士となるに違いない。
「構えろ!」
ディデテが属する剣闘士団の団長である興行師がそう怒鳴った。
団長であるということもあるが、俺達のような剣闘士は仕事を用意してくれる興行師には逆らえない。それはクレイドルのような人気の剣闘士であっても同じで、大きな剣闘士団の団長である興行師にはまず否とは言えないのだ。
そんなこともあり、俺とディデテは練習試合にも関わらず真剣を持って相対することになってしまった。
我が剣闘士団とライバル関係にある剣闘士団の団長ということもあり、クレイドルが注目する期待の新人を潰したいというのと、売り出し中のディデテの評判を上げるのに使いたいという思惑があるのだろう。
ちなみに、我が剣闘士団の団長は現在この街で興行する為に領主の貴族に挨拶に向かっているらしい。
つまり、無許可である。
「おら、構えろ!」
俺がそんなことを考えていると、ディデテがそう怒鳴って剣を構えた。
太陽の光を受けて輝く鉄の塊に、俺は盛大な溜息を吐いて剣を持ち上げる。
まぁ、いきなり斬りかかって来なかったことを考えると正々堂々とした性格なのか。それとも、まだデビューしてもいない俺を舐めているのか。
「ぬぅあ!」
と、そんなことを考えているとディデテが気合の声を発して迫ってきた。
外人レスラーのような巨体が迫り、その豪腕に任せた大振りの剣が振るわれる。
バスタードソードとかいっただろうか。あんな重そうな剣を良くあれだけの勢いで振れるものだ。
俺はそんなことを思いながら、ディデテの剣に自分のロングソードを叩きつけて弾く。
ディデテはギョッとした顔をしているが、立会いをしている興行師は嘲るように笑いながら俺を指差した。
「剣の使い方も知らんようだぞ! ディデテ! 何をしてる! 叩っ斬ってしまえ!」
おい。斬れと実際に言ったら流石にダメだろう。
まぁ、確かに剣の使い方が下手なのは確かだから笑われても仕方ないが。
俺がそう思ってディデテを見ると、ディデテは警戒心を剥き出しにして構えなおしていた。
油断なく剣を構え、少しずつ近付いてくる。
うむ、そういう緊張感の演出は中々良い。
折角、剣を持っているのだし、派手な剣と剣のぶつかり合いが盛り上がるか。
俺はそんなことを思い、思い切りディデテの剣目掛けて己の剣を叩き付けた。
そして、ディデテの剣と俺の剣はへし折れた。
「は?」
「あ?」
興行師とクレイドルのそんな声が聞こえ、俺とディデテは地面に落ちた剣の破片に目を向ける。
「……折れたが、引き分けになるのか?」
俺がそう尋ねると、ディデテが手に持っていた折れた剣の柄を地面に投げ捨てた。
「普通なら殴り合いだが……俺は負けを認める。お前の勝ちだ」
ディデテがそう言って俺に背を向けると、興行師は驚いてディデテの方へ走っていった。
突然の結末に、俺は折れた剣を持ったままクレイドルに顔を向ける。
クレイドルは折れた剣を指差して爆笑していた。
何処に笑う要素があったのだ。
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