第15話
怒りの鉄拳
怪しい剣闘士など、闘技場に来ている観客に聞けば直ぐに分かった。
俺はただ次々に闘技場に向かって来る観客に尋ねまわっただけで、やけにガラの悪い剣闘士の集団が笑いながら闘技場から歩いて来たという情報を得ることが出来た。
図体のでかい剣闘士が団子のように寄り集まり、早足で近くの家畜小屋へ入って行った。
そんな目立つ行動をとって、本当にバレないと思ったのか。
これで囮だったら……。
俺は怒りと不安に背を押され、何の躊躇いも無く小屋の戸を開けた。
目に入ったのは、服を破かれて半裸にされ、口や頬に血が付いたエメラの姿だった。
少しずつ肉は付いてきたが、まだまだ痩せ細っている切ない身体に、痛々しい痣が幾つもあった。
そして、周りには外見ばかり立派な獣達がおり、目を剥いて俺の顔を見ている。
「や、ヤマトさん……ご、ごめんなさ、い……!」
そう言って大粒の涙を流すエメラを見た瞬間、俺は怒りと申し訳なさで頭の中が真っ白になった。
「貴様らぁああっ!」
これまでに出したことが無いような、血を吐くような怒鳴り声が俺の口から出た。
「ちっ! なんで此処が分かったんだよ、この野郎」
「馬鹿が。こっちは四人だぞ? 数も数えられねぇのかよ」
「おら、殺されたくなけりゃ地面に顔を擦り付けてお願いしろよ。女を返してくださいってな」
立ってこちらを見ていた獣共が馬鹿にしたような笑みを浮かべて何か言い、俺の方へ向き直った。
俺は無言で地面を蹴り、いまだにエメラを組み敷いた格好のままの男の顔面に膝蹴りを入れる。
「ぐはっ」
血と共に男が空中に浮かび上がり、仰け反るような格好で壁まで吹き飛んだ。
「ああっ!」
俺は起き上がると同時に手前の男の顎に肘を叩き込み、首を掴んで地面へ叩き付ける。
「お、お前……!」
残った二人が何か言いながら俺に掴みかかって来たが、俺は腰を落として身体を入れ替え、一人の男の背を取った。
そして、その場で相手の頭の位置まで飛び上がり、両足を揃えて飛び蹴りを放つ。
小屋が崩れそうな衝撃と轟音を発して、二人の男が壁を突き破って外へ転がり出た。
俺はエメラを組み敷いていた男を振り返ると、血を流して壁に寄り掛かる男を睨み据え、口を開いた。
「お前達だけは絶対に許さん」
俺がそう言うと、男は血だらけの顔を痙攣らせ、剣を抜いた。
躊躇無く俺に向かって剣を振ろうとしてくる男に、俺は突き出すような蹴りを放つ。
男の剣よりも早く、俺の蹴りは男の胸に沈み込む程の勢いで当たっていた。
男はその前に蹴られた二人と同じく、壁を突き破って外へ転がり出る。
俺はそれを確認して、地面に座り込むエメラを見た。
「……大丈夫か?」
俺がそれだけ聞くと、エメラは涙を流し、しゃくり上げながら俺を見上げる。
「ご、ごめ、んな、さい! わ、私、せ、せっかく、か、買ってもら、もらった、のに……!」
エメラはそう言って、地面に落ちて汚れた服を両手で持った。
「気にするな。エメラが無事なら、それで良い」
俺はそう言ってエメラに自分の毛皮の服を着せ、抱き上げた。エメラは声を上げて泣きながら、俺の首に抱き付く。
地面に倒れたまま失神している男の股間を踏み付け、俺は小屋から出た。
他の三人も気を失っているようだった。
俺は倒れたままの男達に近付き、男達の股間を踏み潰し、闘技場へと足を向けた。
通りには多くの人がおり、皆が俺と俺にしがみ付いて泣くエメラを見ていたが、俺は気にせずに真っ直ぐ闘技場を目指した。
「……俺が遅くなったばかりに、怖い思いをさせてしまった。ごめんな、エメラ。痛かっただろう?」
俺がそう言うと、エメラは泣きながら首を左右に振っていた。
「お、おいおい! 何があったんだよ!?」
闘技場に戻ると、クレイドルが俺達を見つけて驚きの声を上げた。
闘技場に戻るまでの間にエメラは泣き疲れて寝てしまったので、俺は静かに闘技場の奥へと向かう。
「……ハンギング剣闘士団の奴らにやられた。エメラを医療士に診せたら、俺が直接殴り込む」
道すがらクレイドルにそう説明すると、クレイドルは眉間に皺を寄せて低い声を出した。
「ハンギング剣闘士団が? エメラをか? それで、そいつらはどうした?」
「男としての機能は潰してきた」
「殺せよ、馬鹿野郎」
俺の返事に、クレイドルが今まで見せたことの無い殺意の滲んだ声を発した。
俺がクレイドルの方を見ると、俺の視線に気がついたクレイドルがハッとした顔をして俯き、また顔を上げた。
その顔は、いつものクレイドルに近いものだった。
「剣闘士団同士の問題になるからな。確かに殺したら別の問題になるか……だが、もし俺と組み合わせが同じになったらグシャグシャにしてやるよ」
「ああ」
俺はクレイドルに返事を返しながら、医療士を探して歩く。
剣闘士団では怪我人が多い為、常に最低でも一人は医療行為が出来る人材が同行している。今はベテランがかなりの歳になったので、足を失った若い剣闘士が二人目の医療士として勉強中である。
闘技場の関係者用の広間の一室に行くと、スプレクス剣闘士団のメンバーが多く居た。その中に、探していた医療士達も見つけることが出来た。
「頼む、エメラが怪我をした」
俺がそう言うと、周りの男どもがざわめいた。
「見せてみぃ!」
初老の太った医療士の男、アンクルが怒鳴り声を上げて俺を呼ぶ。
俺がエメラを地面に寝かせると、周りからは驚きの声が上がった。
「おい、これは……!」
「ああ、殴られてるな。しかも相当な強さだ」
剣闘士達の怒りの声が響き、医療士見習いの若者が音が鳴るほど歯を噛み締めた。
「なんでエメラちゃんがこんな目に……!」
その台詞に、俺は胸が痛む。
「すまん……俺が目を離したばっかりに……」
「マット、てめぇ……!」
若者は目に涙を滲ませて俺の首に手を掛けた。
だが、その手をクレイドルが握る。
「止めろ。マトはいつもエメラと一緒にいるだろうが。目を離したって言ってもほんの一瞬に決まってるだろ。むしろ、エメラを殴った野郎が問題だ」
「そ、そうだよ! 誰がそんなことを……!」
クレイドルの言葉に皆が注目する中、クレイドルが鋭い目つきで口を開いた。
「ハンギングの奴らだ」
クレイドルがそう言うと、剣闘士達の何人かが立ち上がった。
「行くぞ、野郎ども」
「ああ、彼奴らぶっ殺してやる」
何人かがそんなことを言う中、俺は無言でエメラの診察が終わるのを待った。
クレイドルが皆を押し留める中、アンクルが口を開く。
「……うん」
「じ、じいさん、どうだ?」
皆がアンクルに視線を集めると、アンクルは浅く息を吐いた。
「……大丈夫だろう。あんまり頭をやられてないことと、手足や首が無事だったのが幸いした……ただ、肋骨は何本か折れとるから、極力動かぬように」
「お、おお……!」
アンクルの診断に、皆の安堵の声が漏れる。
良かった。
俺も、肩に入っていた力がフッと抜け、地面に腰を下ろした。
皆の緊張感が緩み、ようやく一息つける。
そう思ったその時、俺たちがいる広間にスプレクスとハンギングの二人が入ってきた。
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