第14話


 十日が過ぎ、俺はハンギング剣闘士団と剣闘士と四戦戦い、全勝した。


 だが、剣闘士団としては負け越している。


 そして、既に三人の剣闘士が死んでしまっていた。死んだのは全てウチの剣闘士団の剣闘士である。


 一ヶ月興行があれば、大体一人か二人死ぬことはある。死なずとも重傷を負って引退なんてことは普通に良くあることだろう。


 しかし、今回の興行ではその剣闘士の事情を加味したとしても、異常なほど死傷者が多い。


 このままでは興行が終わる頃には十人が死に、更に十人近くが引退の道を辿るだろう。


 スプレクスの苛立ちはピークに達しているし、クレイドルも笑わなくなった。


 そんなことを考えながら、俺は待機場で明日の試合に備えて剣を振り、自らの動きを確かめている。


 一汗流し、俺が剣を置いてエメラが座っている壁側に目を向けた。


 すると、そこにエメラの姿は無かった。


 つい一分前にはそこに座って俺を見ていた筈だ。


 俺が周りを見渡しても、エメラの姿は見当たらず、昼過ぎということもあって他の剣闘士の姿も無い。


「っ!」


 俺は慌てて通路に出ると、舞台と反対の方向へ駆け出した。


 エメラが俺から試合以外で離れるようなことは一切無かったのだ。クレイドルは街に出掛けているし、一般の人は待機場まで来れない。


 考えられるのは、ハンギング剣闘士団の奴らくらいだろう。


「エメラ!」


 俺はエメラの返事を求めて全力で闘技場内を走り回った。





【エメラ視点】


 今日も、ヤマトさんは剣を振っている。


 いつも優しくて、私に笑顔をくれるヤマトさんだけど、剣を振っている時の顔は別人みたいだ。


 戦わなくて良い日でも剣を振っているから強いんだろうと思っていたけど、凄く真面目に剣を振ってるから強いのかもしれない。


 クレイドルさんはまだ下手だから、自分の相手にはならないみたいなことを良く言っている。でも、私はヤマトさんの方がずっと強いと思う。


 多分、ヤマトさんに負けるのが嫌だからクレイドルさんは戦わないようにしているに違いない。


 私がそう思ってヤマトさんの素振りを見ていると、こちらに近付いてくる剣闘士の人がいた。


 見たことの無い人だから、多分ハンギング剣闘士団の人なのだろう。剣闘士の男の人は口元を醜く歪め、蛇のような目つきで私を見ている。


 ヤマトさんと同じ黒い髪の身体の大きな人だが、ヤマトさんとは全然雰囲気が違う。


 私は不気味に思い、ヤマトさんの方へ行こうと立ち上がった。


 顔をその人から背けた瞬間、音もなくその人は私のすぐ隣に来て、私の口と鼻を片手で塞いだ。


「……っ」


 ヤマトさんを呼ぶどころか、息をすることも出来ない。


 あっという間に抱え上げられた私は、そのまま連れていかれてしまった。壁から壁までの僅かな距離にいるヤマトさんに声も掛けることが出来なかった。


 私を抱えているのに、まるで風のような速さで通路を走っている。


 どうしよう。


 どうしたら良いんだろう。


 そんな言葉ばかりが頭の中を駆け巡る。


 私は必死に身を捩りながら、声を出そうともがいた。


 しかし、男の人はもがく私の口を抑える手と反対の手で私の二の腕を掴んだ。私の腕が千切れそうなほど痛み、力が出せなくなった。


「……ぁ」


 あまりの痛みに涙が出る。


 気が付いた時には、闘技場の外に連れ出されていた。


 私の周りには私を抱えている剣闘士とは別に知らない剣闘士が三人並び、他の人に見つからないようにしている。


「へっへっへ……楽勝じゃねぇか」


 私を抱えた男の人が笑いながらそう言った。すると、他の三人も嫌な笑い声をあげる。


 何故だろうか。その笑い声を聞いていると気味が悪くなり、肌にプツプツと鳥肌が立ってしまう。


 しばらく歩き、私は地面に放り投げるように降ろされた。暗くて獣臭い。多分、馬小屋の中だ。


「こんなのがアイツの趣味かよ、ガリガリじゃねぇか」


「ガキ過ぎるのも最悪だ」


「まぁ良いじゃねぇか。コイツを預かっとけばアイツを殺せるんだろ?」


「ああ、間違いねぇよ」

 

 痛みに呻いていると、男の人達のそんな声が聞こえて、私は愕然とした。



 まただ。


 また、私は足手まといになる。


 また私のせいで、大事な人が死んでしまう。


 兄さんは優しかったのに、私のせいで死んでしまった。


 優しいヤマトさんまで、私のせいで死んでしまう。


 ああ、何故、私は生きているんだろう。


 あの時、兄さんと一緒に焼いてもらえば良かった。


 そうすれば、ヤマトさんにまで迷惑は掛けなかったのに。



「ほら、アイツに言ってこいよ。明日負けたら返してやるってな」


「へへ、任せとけ。すぐ戻るからな。ちょっと待ってろ」


 蛇のような男の人がそう言うと、背の高い男の人が笑いながら背を向けた。


 行かせてはいけない。


 私はその一心で、背の高い男人の足にしがみ付いた。


「うぉ!?」


 態勢を崩した男の人を地面に押し倒そうと、私は男の人の両足にしがみ付いて引っ張る。


「何してやがる!」


 怒鳴り声が後ろから聞こえたと思った直後、私の背中に衝撃が走った。


 痛い。息が出来ない。


 身体の中で木の枝が折れるような音が響いた。


「う、うぅ……!」


 奥歯を噛み締め、男の人の足にしがみ付いたまま必死に耐える。


「このくそガキがぁ!」


 頭を殴られ、頬をぶたれた。


「くそ! 滅茶苦茶にして殺してやる!」


 髪を掴まれて、引っ張られた。


 歯を食いしばり過ぎて、口の中に血の味が広がる。


 絶対に離すもんか。


 ここで私が死ぬなら、その方がずっと良い。


 ヤマトさんが死ぬより、ずっと……!


 私がそう思った時、お腹を思い切り蹴られた。


 思わず、男の人の足を掴んでいた手が離れ、私の身体は引き剥がされる。


 頭を掴まれて、地面に顔を叩きつけられた。


「楽に死ねると思うなよ、屑が!」


 その言葉と同時に私の服が破られ、私は地面を転がされる。


 背中に冷たい土の感触を感じ、身体中がズキズキと痛む。


「本当にガリガリだな、こいつ」


 蛇のような目をした男の人が、私の身体を見て気持ちの悪い笑みを浮かべてそう言った。


 私だって、痩せっぽっちの自分の身体なんて大嫌いだ。


 でも、ヤマトさんが買ってくれた綺麗な白い服は大好きだった。


 その服を破り捨てた此奴を、私は絶対に許さない。


「あ? なんだその顔は!」


 怒鳴り声と同時に拳が振り上げられる。


 殴られても、蹴られても、こんな奴に負けてたまるか。


 私がそう思い、男の人に摑みかかろうとしたその時、小屋の扉が外側から開かれた。


 外の光で顔は見えないけど、私はこの人を絶対に見間違えることは無い。


「や、ヤマトさん……ご、ごめんなさ、い……!」


 思わず、私は謝っていた。


 泣きたくないのに、涙が一気に溢れ出る。


 服が破れてしまった。ヤマトさんに買ってもらった服が……。


 何故か、その事を知られるのが一番怖かった。

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