第19話
光が差し込む木の扉を押し開けて、俺は舞台へと足を踏み出す。
既に舞台には四人の男の姿があった。
俺の登場で歓声が上がる中、四人の男達が口を開く。
「来やがったな!」
「このクソ野郎が!」
そんな罵声を蛇のような目つきの男が手で制し、俺の両手を観察するように見た。組み合わせで名前を知ったが、蛇のような目つきの男がシザース。背の高い男がクルック。小柄だが筋肉質な男がボストンで、中肉中背のタレ目の男がクラブという名だそうだ。
「……本当に武器は持ってないだろうな」
ドスの効いた声でそう言われ、俺は軽く自分の胸を拳で二回叩き、シザースを見て口の端を上げた。
シザースは意味が分からずに眉根を寄せているが、俺は気にせずに男達の方へ歩いていく。
さぁ、真剣勝負シュートだ。
泣いても許してやらんぞ。
「……本当の戦闘狂バカかよ」
シザースがそう言って片手を挙げると、他の男達が左右に散った。
そして、正面で俺と向かい合うシザースは、拳を顔の高さに上げてファイティングポーズを取る。
「今日は手加減はしない。死ぬ気で掛かってこい」
俺はそう言うと、その場で立ち止まった両手を広げた。その俺の行動にシザースは一度目を丸くすると、馬鹿にするように歯を見せて笑い、指を鳴らした。
それを見た俺はシザースの視線を見て当たりを付け、右手側に振り返り、身体の正面を向けた。
そこにはクルックがおり、長身を生かした高い位置から拳を振り下ろしてくるところだった。
その拳を、俺はわざと額で受ける。拳に頭突きをするように頭を突き出した為、クルックの拳はその一発で砕けた。
「ひぃ、ひぃあっ!」
痛みにクルックが悲鳴を上げ、後方へ一歩二歩と下がる。砕けた拳から大きな石が落ちた。石を握り込んで殴ったようだが、 結果的に石と石よりも硬い俺の額で挟まれるという自殺行為となった。
そして、クルックが下がったことにより俺を囲う塀は決壊した。
俺は砕けた塀クルックに向かって走り、片方の腕を地面と水平に上げてクルックの首に引っ掛けた。
走ったその勢いのまま、クルックの首を肘の内側に挟んで巻き込むようにして体を回す。
腕は相手の体を固定し、投げるのは体重の移動だけだ。それだけで、クルックは風車のように空中で回転し、地面に肩から叩きつけられた。
俺は倒れたクルックを跨いで振り返り、こちらに向かってくるシザースやボストンを見た。
クラブは一番遠くになった為、俺の下まで来るには時間がかかるだろう。
そう判断した俺はすぐ目の前に迫るボストンに向かって、身体の内側から外に向かうように平手を打ち、ボストンの顔を叩くと同時に視界を奪った。
そして、素早くボストンの身体を横抱きになるように抱え込み、高く持ち上げてから地面へ叩き付ける。
背中から落ちて悶絶するボストンを尻目に、俺は後ろ蹴りを放った。
俺の蹴りはシザースの腕に当たり、シザースは仰け反るような格好でたたらを踏む。
「どらぁ!」
その間に俺の左手側から迫っていたクラブが、俺の顔に殴り掛かった。
その拳を俺は肩を上げて受け、身体ごとぶつかって来たクラブを受け止める。
そして、クラブの肩と首を絞めるように上から固定し、もう片方の手でクラブの腰の当たりを掴んだ。
「ぬん!」
地面から引っこ抜くようにクラブを持ち上げると、クラブは俺の肩の上で倒立をしたような態勢になる。
一際大きな歓声が湧く中、俺は自ら滑りこけるようにクラブを持ち上げたまま倒れ込み、クラブを頭の方から地面に落とした。
かなり危険な落ち方をしたから、場合によっては死んだかもしれない。
そう思ったが、頭の中にボロボロにされたエメラの姿が思い浮かび、思考は冷たく沈んだ。
「て、テメェ!?」
残されたシザースがそんな怒鳴り声を上げ、俺は顔を向ける。
シザースは、何処からか刃渡り二十センチはありそうなナイフを手にしていた。
「……素手じゃなかったのか?」
俺がそう呟くと、シザースは引きつり笑いをして、ナイフをこちらに向ける。
「ば、馬鹿が! お前が何をしようが、刺せば終わりなんだよ!」
自身の有利を確信したのか、シザースがそう言って笑った。
俺はそんなシザースに溜め息を吐き、片手をシザースに伸ばした。
「な、なん……!」
どもるシザースを無視して、俺はシザースに片手の手の平を向けた状態で歩み寄る。
「何なんだよ、テメェは!? と、止まれ! 動くんじゃねぇ!」
俺の行動に恐怖を抱いたのか、シザースは大声で喚きながら俺が進んだ分だけ下がっていく。
俺は更に大股でシザースに近付いた。
「……どうした」
俺がそう呟くと、シザースは頬を痙攣させ、ナイフを握る手に力を込める。
そして、俺の突き出した手をナイフで斬りつけようとナイフを振った。
瞬間、俺は突き出した手を引っ込め、反対側の手でシザースの降るナイフの刃を外側から握る。
「終わりだ!」
ナイフを掴んだ俺は、シザースの隣に立つように足を運び、ナイフを奪ってシザースの横腹に身体を横に曲げて肩を付けた。
その状態で身体を起こすと、シザースが横向きに肩に担がれるような態勢になる。
ナイフを失ったシザースが慌てて俺の顔面を殴ったりして暴れるが、俺は全く意に返さずにシザースを肩に担いだまま、横向きに跳んだ。
シザースの体重と俺の体重の一部が、地面に刺さるように落ちたシザースの頭と首に集約される。
地面にシザースを突き刺さると、骨が折れたような嫌な音がした。
シザースの身体を押して地面に倒して振り返ると、拳を手のひらで包んで猫背になっているクルックと、地面に片膝をついて苦しそうに息を整えているボストンの姿がある。
膝をついたボストンに向かって走り、ボストンの膝を踏んで顔に膝蹴りを放ち、もう戦意を喪失しているクルックには両足を揃えた飛び蹴りを放ち、数メートル吹き飛ばした。
俺以外に立つ者がいない舞台で俺が右手を上げると、歓声と共に俺の名がコールされる。
その歓声を背に、俺は仲間達の下へとつま先を向けた。
通路に入ると、エメラとクレイドルが声を掛けてくる。
「すげぇな、お前! 素手じゃ俺でも勝てないな! トロールかなんかかと思ったぞ!?」
「トロールじゃないです! やっぱりヤマトさんが一番強いんです!」
興奮する二人に笑い返し、俺は待機場へと向かった。待ち構えていた皆から次々に声をかけられ、俺は勝利の余韻を噛み締める。
この瞬間の為に、俺はいつまでも戦い続けるのだろう。
シザースが口にした戦闘狂バカというのも、あながち間違いでは無いのかもしれない。
【ハンギング剣闘士団】
スプレクス剣闘士団が勝利に浮かれる中、この日も惨敗を喫したハンギング剣闘士団の待機場は暗く沈んでいた。
手の空いた剣闘士達によって舞台から降ろされたシザース達四人も半死半生の様相であり、他の剣闘士達も重い空気に口も開けない有り様である。
既に二十五人以上の重傷者を出したハンギング剣闘士団は、残りの日数を戦えるかすら不明だった。
そして、そんな状況に苛立ちの限界を超えたハンギングが椅子を蹴り倒して叫んだ。
「こ、こ、こ、このクソ野郎どもがぁ! 今日も全敗だと!? もうこれで終わりだぞ! 戦える奴はもう半分しか残ってねぇ! どうあってもこれで俺の剣闘士団はデカい街じゃ興行出来ねぇだろうよ! 剣闘祭なんぞ夢のまた夢だ! テメェらみたいな屑共を使ってやった俺に対してこれがお前らの恩返しか!? テメェらは明日全員奴隷商人に売ってやる! 全員だ! 分かったな!?」
椅子を蹴り回しながら、ハンギングはそう怒鳴り散らして待機場を出て行った。
その背中を、剣闘士達の暗い瞳が見つめていた。
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