第18話
【ハンギング剣闘士団】
「テメェら、何やってんだ!?」
火を吹きそうなハンギングの怒鳴り声が響き渡り、屈強な剣闘士達が肩を落として身を小さくした。
顔を赤くし、血管の浮いた目玉をギョロつかせて周りを睥睨するハンギングに、蛇に睨まれた蛙のように皆が動けなくなってしまっていた。
「いいか、テメェら! 俺はスプレクスの野郎に吠え面をかかせろって言ったんだよ! 誰が全員半殺しにされろって言ったんだ、あぁっ!? 挙句、とどめを素手で刺されるだと!? 殺せたのに殺さなかったんだぞ、彼奴らは! 馬鹿にしやがって……っ!」
口の端から泡を飛ばしながらハンギングがそう吠えると、今日負けた剣闘士達が歯を嚙み鳴らして悔しがる。
「本当に使えない野郎どもだ! 今日はクレイドルの野郎が出張るから渋々一戦捨てたが、それでも九人殺せる予定だったんだぞ!」
ハンギングが怒鳴りながら椅子を蹴り飛ばし、壁際に集まっていた四人がそっと立ち上がった。
「だ、団長。俺達にもう一度場をくれ。このままじゃ気が収まらねぇ」
蛇のような目つきの男がそう口にすると、目をキリキリと釣り上げたハンギングが男達を睨んだ。
「一人相手に歯が立たなかった奴らが、場が欲しいだぁ? 俺が殺してやろうか、テメェら!?」
「い、いや! あのクソ野郎が俺達を後ろから……!」
「馬鹿にするなよ、この野郎。傷みりゃ大体分かるんだよ! だからスプレクスの野郎のところにお前らを連れて行かなかったんだぞ! もう一度戦って恥の上塗りをしたいってのか!?」
ハンギングがそう怒鳴ると、四人の男達は立ち上がってハンギングに向き直った。
「た、頼む! 恥は百も承知だ! だが、あのクソ野郎をどうにかしねぇと気が狂っちまう!」
その訴えを聞き、ハンギングは舌打ちをして四人を眺めた。
「……よし。そんなら、お前らに大一番をくれてやる」
ハンギングがそう言うと、四人は喜びと驚き、そして戸惑いの混じった複雑な表情でハンギングを見た。
ハンギングは困惑する四人を見て、口の端を吊り上げる。
「だから、確実にあのマットとかいう馬鹿を血祭りにしろ」
ハンギングがそう言うと、蛇のような目つきの男が眉根を寄せた。
「お前ら? 四人ってことか? そ、そりゃ乱入しろってことじゃねぇのか? それやるくらいなら外で殺した方がまだマシじゃねぇか」
「馬鹿野郎。乱入なんてしてたまるか。俺に考えがあるんだよ」
「そ、そんなこと出来んのかよ……」
蛇のような目つきの男の台詞を、ハンギングは片手を上げて止めた。
そして、ハンギングは不気味な笑みを浮かべて自らな顎を指で撫でる。
【ヤマト視点】
勝ちに勝ったスプレクス剣闘士団は、次の日もまだ何処か浮かれていた。
前日の試合を見て勢いに乗り、俺の手解きを受けた剣闘士が、自信を持って試合に挑む。
既に午前中の三戦はスプレクス剣闘士団が勝ちをもぎ取り、残りの試合の者達も俺の最後の仕上げを受けながら身体を動かしていた。
そんな時、ハンギングがスプレクス剣闘士団の待機場を訪れ、皆が動きを止めてハンギングを振り返る。
「おお、スプレクス! 昨日からやけに調子が良いじゃねぇか!」
ハンギングは先日の形相から一転、大笑いしながらスプレクスの方へと歩いてきた。
「全く、あんな隠し球を用意しやがって! お前んとこは強い奴が多過ぎるだろうが!」
ハンギングがそんなことを言いながらスプレクスの肩を軽く叩き、スプレクスは気味が悪そうにハンギングから一歩離れる。
「な、何だよいったい」
スプレクスがそう口にすると、ハンギングが笑いながらスプレクスが離れた分だけ歩み寄った。
「いやいや、ちょっと頼みがあってよ」
ハンギングがそう言うと、スプレクスの目が細く尖る。
「頼み? 何だよ」
「怒るなよ、スプレクス。俺とお前の仲だろうが。ちょっとな、明日か明後日の終わりの一組の内容を変えようかと思ってな」
ハンギングはそう言って両手を広げた。スプレクスは胡散臭そうに眉根を寄せると、頭を片手で掻きながら口を開く。
「どう変えるってんだ」
スプレクスがそう聞き返すと、ハンギングは口の端を上げた。
「おお。興行も折り返しだからよ。一発派手な一戦を組もうと思ってな」
ハンギングはそう前置きして、俺を指差し口を開く。
「あいつと、うちの剣闘士団の奴らを戦わせようと思ってな」
「それは当たり前……あ? ちょっと待て。奴らってのは何だよ」
「おお。この前あいつとモメた四人だよ」
「四人!? 四対一でやらせる気か!?」
ハンギングの提案に、スプレクスは目を剥いて驚いた。その内容を聞いた他の剣闘士達も剣呑な空気を発し出す。
その空気を楽しむように、ハンギングは笑みを浮かべた。
「あのマットとかいう野郎がうちのをボコボコにしやがっただろう? だから、一戦だけ相手をしてやってくれよ。それで水に流してやるからよ」
ハンギングがそう言うと、スプレクスが険しい表情でハンギングを睨んだ。
「……おい。ありゃ無かったことにしただろうが。そっちから手を出したんだから、逆にテメェが頭地面に擦り付けて謝れや」
「あぁ? そんじゃあ領主様に言ってきてやるよ。『剣闘士同士で私闘した挙句に戦えない剣闘士が沢山出たんで興行は中止にします』ってな。間違い無く王都にも他の街にも噂は流れるぜ?」
「お前、そこまでするか!? 自分達が剣闘祭出られねぇのは自分の行いのせいだろうが!」
スプレクスが怒りを露わに吠えると、ハンギングは楽しそうに笑う。
「馬鹿言え! こっちは譲歩してやってんだよ! 嫌なら断れよ。明日また違う街に行きゃ良いんだからな」
「事前に連絡も無しに行っても興行する場なんか余ってるわけねぇだろうが!」
ハンギングとスプレクスはそう言って睨み合った。
自爆してでもスプレクス剣闘士団の評判を落とすつもりか。随分と嫌われたものだ。
俺はハンギングの執念に半ばウンザリしながら、二人の下へと歩いた。
「やっても良いが、条件がある」
俺がそう言うと、スプレクスが慌てた。
「お、お前!?」
俺は喚くスプレクスを尻目に、ハンギングに目を向ける。
「素手での戦いだ」
俺がそう告げると、ハンギングは一瞬の間を空けて、盛大に笑い出した。
「よし! 決まりだ! はっははは! 楽しくなるぞ!」
ハンギングはそう言い残し、また闘技場へと歩いていく。それを見て、スプレクスが俺の襟首を掴んで顔を近付けた。
「おい、マット! 本気か!?」
スプレクスの端的な物言いに、俺は頷いて応える。
すると、それまでのやり取りを無言で聞いていたクレイドルが難しい顔でこちらへ歩いてきた。
「……勝つ可能性は薄いから、生き残る可能性に賭けたか」
クレイドルがそう言うと、スプレクスが訳知り顔になって深く頷いた。
「なるほどな! 剣なら刺されりゃ終わりだ。一発ブスっと行けば次の瞬間には全身余すことなく刺されて死ぬ。だが、素手ならタコ殴りにしても周りが止めに入る時間が稼げる!」
「ああ。俺がすぐに止めに入れば何とか……」
スプレクスとクレイドルはそんなことを言い合って勝手に納得しだした。
俺がそれに対して口を開こうとすると、俺の後ろにいたエメラが前に出る。
「ヤマトさんは、絶対勝ちます! あんな奴らに負けません!」
エメラが珍しく大きな声を出し、周りの者が驚きに眼を見張る。
それに俺は微笑み、エメラの頭を軽く撫でた。
「その通りだ」
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