第17話

 次の日の組み合わせの内、二つは俺とクレイドルが出るが、残りは互角の戦いをする者達である。


 その為、俺はそいつらにすぐに使える奇襲技と立ち回りを教えた。


 そして、当日。


 俺とエメラが見守る中、戦いは始まる。


 まずは初戦である。客のその日の入りが決まる大事な一戦ということもあり、ハンギング剣闘士団からはかなり強く名も売れた剣闘士だ。


 強面の太った巨漢の剣闘士に対して、スプレクス剣闘士団からは背は高いが痩せた黒い肌の若者である。


 対照的な外見の二人は、向き合うと同時に動いた。


 巨漢は真っ直ぐに若者へ迫り、剣を振る。若者は左回りに動きながら、巨漢の剣を持つ手を狙って執拗に斬りつけた。


 リーチに差がある為、攻撃距離の範囲は若者の方が遠い。そして、それを活かす為に細く長い刺突剣で巨漢の手の届かない位置から斬り続ける。


 すると、苛々した巨漢は盾と剣で身体を守りながら突進してきた。


 全て計算通りだ。


 真っ直ぐに突っ込んでくると動きが読み易く、逆に相手はこちらの反撃に対応し辛いだろう。


 若者は素早く巨漢の足の辺りを斬りつけながら横に飛び、更に巨漢の背後に回り込みながら側頭部や腰などの鎧の隙間を連続して斬りつけた。


 そのうちの一つが深く入り、巨漢は堪らず地面に転がる。若者は慌てず、呻く巨漢の頭を盾で思い切り叩いた。


 まず、一勝だ。


 更に、次の二人は力自慢である為、鍔迫り合いになった時にそのまま相手の剣を受け流し、腕を掴んで関節技に持ち込み、勝利する。


 昼一番の俺の戦いは相手の剣を叩き折って蹴りを放ち、勝利した。特に苦労も無く、怪我一つしない完勝だ。


 それから昼の組み合わせで四人が戦い、それぞれ蟹挟み、腕ひしぎ、サソリ固め、足首固めで勝利を収めた。


 殴られてでも相手に剣を捨てさせろと教えたので、皆がかなり泥臭い戦いぶりだったが、それでもしっかりと勝利を得ることが出来た。


 ちなみに、手足を折ったり痛め付けた上に殴り付けて失神させての勝利の為、今日戦ったハンギング剣闘士団の剣闘士達はしばらく戦うことは出来ないだろう。


 そして、驚愕だったのは最後の大一番を勝利で飾ったクレイドルである。


 何もしなくても勝てるだろうに、面白がって技の教授を求めたクレイドルは、僅か数時間でバックドロップを覚えてしまった。


 身体を良く動かす者は技を覚えるのが早い。それに多少は組み合って戦うこともする剣闘士は、関節の取り方を教えるとかなり飲み込みが良い。


 しかし、それにしてもクレイドルの運動神経と勘の良さは異常だった。


 本日全敗のハンギング剣闘士団は、血走った眼のハンギングに怯えており。最後に出場した剣闘士も肩に力が入るほど焦りをもってクレイドルに相対していただろう。


 咆哮を上げてクレイドルに迫り、気迫の篭った剣をクレイドルに向けて振り下ろす。


 だが、そんな決死の一撃をクレイドルは難なく避けて、相手の振り下ろした剣を上から足で踏み、剣を手放させた。


 更に、剣を振って相手に盾を使わせ、無防備になった顔面に盾を叩き付ける。


 攻撃手段と防御手段を奪い、視界までも奪ったクレイドルは、音も無く相手の背後を取り、あっさりとバックドロップを決めた。


 技を覚えるのも、実際に使うのも大変だが、実際に一番難しいのは技を使える状況を作ることだ。


 クレイドルはそういった意味でも、俺の記憶には無いくらいの稀代の天才なのかもしれない。


 舞台で歓声を浴びながら、意識を失った敵の頭に足を乗せて両手を振り上げるクレイドルに俺は無意識に拍手をしていたのだった。




 夜になり、勝利の余韻に浸る仲間達と酒を酌み交わしていると、隣に座るエメラが俺の服を引っ張った。


 布を包帯がわりに体に巻き付けた痛々しい姿のエメラは、俺を見上げて口を開く。


「……私にも、戦い方を教えてください」


 エメラのその言葉に、俺と呑んでいたクレイドルが目を丸くする。


「お、おいおい……流石にエメラじゃちょっと……」


 クレイドルはそう言って、エメラの身体を眺める。小さく、細い。こんな身体ではまともに戦うことなど出来ないだろう。


 だが、エメラの目には強い力が込められていた。


「……私は、自分と、自分の大事なモノくらい、自分で守りたいです……お願いします」


 俺はエメラの言葉を聞き、頷く。


 これまでも一緒に剣を振ったり走ったりくらいはしていたのだ。それに実際に剣闘士と戦うわけじゃない。


 そう思い、俺はエメラの要望に応えてやることにした。


「わかった。俺が強くしてやる。ただし、相当厳しいぞ」


 俺がそう告げると、エメラは無言で頷いた。


「ま、マジかよマット……しかし、流石にエメラじゃなぁ……」


 クレイドルはまだ不安そうだが、覚えて損はない筈である。


 最初は見下されたりペット扱いされていたエメラだったが、俺と一緒に試合後の剣闘士の世話をしているうちに気がつけば剣闘士団のアイドルのようになっていた。


 まあ、アイドルは言い過ぎにしても妹や娘のように皆が優しく接している。


 しかし、少々過保護ともいえる扱いになりつつある。


 エメラが重い物を持っていたら、代わりに笑顔で荷物を持ってあげる剣闘士の男達を見ると何とも言えない気持ちになったものだ。


 だが、その状況にエメラが納得できないのならば、それは仕方ない。


 俺が看板を張れるような女子プロレスラーにしてやろう。


 そう、素手で男達をなぎ倒す、屈強なるプロレスラーに。


 俺がエメラの未来を想って笑みを浮かべると、クレイドルが嫌そうに顔を顰めた。


「……おいおい、バケモノみたいな女にするなよ? 俺は嫌だぞ、そんなエメラは」


 失礼な。


 せいぜい、アジャ子かダンプ松子程度だろう。うむ、間違いなく強くなる。

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