第32話


 俺個人としては最後に最強の剣闘士レインに勝ったが、結果的にスプレクス剣闘士団は敗戦した。


 どう転んでも最終戦には残れなかったが、もう少し良い結果が出た可能性もあるので悔しい思いである。


 だが、スプレクス剣闘士団と、なにより俺の成績に対する反響は凄かった。


 気が付けば俺だけが全戦全勝で全てのメインを勝ち抜いていたらしい。


 レインは俺に負けているので八勝一敗だ。


 この剣闘祭で最強の剣闘士という噂は既に王都中に広まっており、また新たな二つ名が付けられてしまった。


『無冠の帝王』である。


 また王の位を頂戴したが、名付けられた俺が王と帝王の違いが分からないくらいなので有り難みに欠ける。


 どうせなら、まとめて『無冠の暴君』で良い気もするが。


 それはさておき、初出場でかなりの健闘を見せたということもあり、スプレクス剣闘士団の名は一気に有名になった。


 スプレクスはこれで剣闘祭常連の大剣闘士団になると息巻いていたが、俺は笑って曖昧な返事を返しておいた。


 それから最終日前までは同じく予選落ちした剣闘士団同士の組み合わせで戦ったが、ここでも俺は無敗記録を更新し、闘技場を盛り上げることに成功した。


 気が付けば俺の場合は勝敗では無く、何連勝までいくかと、何分で決着がつくかに賭けの内容が変わる始末だったという。




 そして、剣闘祭最終日。


 七勝二敗の『ベアハグ剣闘士団』対昨年の王者『ペンデュラム剣闘士団』。


 この日は剣闘祭に出た他の剣闘士団も十人ずつではあるが、観客席から観覧出来ることになった。


 ちなみに、俺は観客席から剣闘士の戦いを観るのは初めてだった。


 闘技場の全体が見渡せて、周囲の観客の熱気が直に伝わってくる。中々、新鮮で面白い。


 と、そんなことを思っていると、あの打楽器の音が大音量で鳴り響いた。意外と近くから音がしたので驚いて辺りを見回すと、平べったい獣の皮を使った太鼓のようなものが吊るされていた。


 どうやらそれを奏者が棒で叩いて音を鳴らしているらしい。太鼓らしきものの前に黒い衣装の筋肉質な男が立っている。


 ドン、ドン、ドンという音が連続して鳴り、観客達は徐々に静かになっていく。


 何が起きるのか。選手入場か。


 そんなことを思いながら眺めていると、闘技場の扉が開いた。


 現れたのは、豪華な金と赤を基調としたマントに身を包んだ中年の男だった。黒い髪と黒い髭に、黒い目をしている。鋭い眼で闘技場内を見渡し、闘技場の中央に向かって歩いている。そして、その男の周囲を銀色の美しい鎧を着た十人の兵士達が囲むように立っていた。


 男は闘技場の中央にまで移動すると、顔を上げて拳を天に突き出した。


 そして、よく通る声で、闘技場に集まった者達に言葉を発した。


「ノア王国国王! オクーラホ・マ・スタンピッド四世である! 皆の者! 良くぞ、この場へ訪れた! 今日! 最強の戦士が決まる! 皆はその第一の目撃者となるだろう!」


 スタンピッド国王とやらがそう言うと、一際大きな打楽器の音が響き、同時に観衆の歓声が上がった。


 スタンピッド国王は周りを見渡すと、満足そうに頷いて拳を下げる。


「私も第一の目撃者になる為に今日は来た! さぁ、剣闘祭の最終日である! 皆の者! あらん限りの声を振り絞り、勇猛なる剣闘士達に声援を贈れ! 今年の剣闘祭の主役は此奴らだ!」


 スタンピッド国王はそう叫び、両手を広げた。


 それを合図に左右の扉が開かれ、そこから五人ずつ。計十人の剣闘士達が姿を現わす。


 その中には勿論ペンデュラム剣闘士団の看板剣闘士のレインと、ベアハグ剣闘士団のクレイドルの姿があった。ブルドはいないようだ。思ったよりも重傷だったのかもしれない。


 十人の剣闘士は横並びに並ぶと、国王に向かって跪いた。


 国王は深く頷き、剣闘士達を見下ろして口を開く。


「健闘を祈っている! 思う存分力を発揮せよ!」


 そう告げると、国王はゆっくり帰っていった。観客は怒号のような歓声と拍手を送り、国王の姿が見えなくなると剣闘士達は立ち上がる。


 ふむ。剣闘祭を権威ある大会とする為の演出か。さらに、民が熱を上げる最強の剣闘士達が国王一人に頭を下げることにより、国王という立場を民に知らしめる部分もありそうだ。


 俺もあの場に立つ事が出来なかったことは悔しいが、まぁ剣闘祭に参加出来ただけで良しとしよう。


 そんなことを思って舞台に立つ剣闘士達を眺めていると、隣に座るエメラが舞台を睨みながら口を開く。


「最強の剣闘士はヤマトさんなのに……」


 エメラの台詞に微笑むと、俺はエメラの頭を軽く撫でた。


「俺は裏の最強剣闘士だからな。実はあの場にいる誰よりも強い……凄いだろう?」


「裏の最強……! 格好良いです!」


 俺の適当な台詞にエメラは目を輝かせてテンションを上げる。


 それにまた微笑み、俺はエメラの頭を撫でた。




 最終日のペンデュラム剣闘士団とベアハグ剣闘士団の戦いは接戦となった。


 先にペンデュラム剣闘士団が二連勝すると、負けじとベアハグ剣闘士団が二連勝して並び、残すは大一番の二人の対決だけとなる。


 予想以上のベアハグ剣闘士団の健闘に、観客は素直に称賛を送り、観客同士で口々に今年優勝する剣闘士団はどちらかを議論しあっている。


 こういう予想をするのも試合を観る醍醐味だろう。


 ちなみに、観客の予想は九割以上がレインの勝利を予想していた。


 さて、どうだろうな。


 俺は口の端を上げ、最後の試合を待った。


 打楽器の音が一度鳴る。


 ざわざわと騒がしかった闘技場が少しずつ静かになっていく。


 今度は二度、打楽器の音が鳴った。


 観客達はもう舞台を食い入る様に見ている。


 連続して一定間隔に打楽器の音が鳴った。音は徐々に間隔を短くしていき、最後は荒々しい連打となる。


 そして、右手側からクレイドルが姿を現した。この日の為に用意していたのか、白いマントと白い鎧という格好である。


 クレイドルが舞台の中央へ歩み寄ると、打楽器の音が一度止み、静寂が闘技場を支配する。


 嫌が応にも観客の期待は高まるだろう。


 王者の入場である。


 一際大きな打楽器の音が一度だけ鳴り、左手側の扉が開かれた。


 薄暗い通路の奥から、人影が姿を現わす。


 獅子の様な金髪と鋭い目、黒い鎧に赤いマント。


 雷帝、レインだ。


 レインがクレイドルに向かって歩いていくと、打楽器の音は再度連続して鳴り響き出す。


 さぁ、ようやくクレイドルの本気が見れるのか。


 今は俺も観客の一人として舞台に全ての意識が向いていた。


「レインは中々強いぞ、クレイドル」


 聞こえるわけも無いのに、俺は舞台の上で対戦相手を睨むクレイドルに、そう言った。

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