第26話


 初戦は俺以外が負けた為に敗戦となったが、俺がメイヤーを圧倒した為に、スプレクス剣闘士団の士気は向上した。


 そして、第二戦は四日目の午前中である。


 相手は剣闘祭の常連であるチョーク剣闘士団。


 剣闘士団として人気もあり、看板といえる剣闘士を数人抱える大人数の剣闘士団である。


 だが、その大人数故に若手の剣闘士に対しての教育もしっかりしており、正攻法以外の戦法を使うスプレクス剣闘士団には相性が悪かった。


 初戦とは逆に、俺を含む四人が勝つという大勝利だ。


 そして、六日目の午後に第三戦があった。


 相手はノーザン剣闘士団。こちらは三十人程度の、俗に中規模剣闘士団と言われる少数精鋭である。


 今回の剣闘祭に参加する剣闘士団の中で一番人数が少ない剣闘士団だ。


 だが、人数が少ない分だけ大事に育てられたのか、代表の五人が五人、皆かなりの腕前の剣闘士であった。


 しかし、ノーザン剣闘士団の一人の盾が壊れ、運良く勝ちを拾って三勝二敗となった。恐らく、盾が壊れた者がいなければ二勝三敗で負けていただろう。


 そしてこの日、一人が剣を腕に受けてしまい、次点で候補に挙がっていた三十歳のベテラン剣闘士と交代した。


 次に八日目の午前中に第四戦が行われた。


 相手はエース剣闘士団。珍しく女の剣闘士が一人代表に入っている剣闘士団であり、剣闘祭には二度目の出場である。

 女の色香にやられたのか、女剣闘士と戦った若者以外は何とか勝ちを拾い、四勝一敗で勝利。


 十日目の午後。折り返しとなる第五戦はスロイダー剣闘士団という強豪だった。


 スロイダー剣闘士団は一昨年に優勝した剣闘士団で、今年の優勝候補の一角である。


 その為か、落ち着いてきていたスプレクスの精神がまた乱れ始めてしまった。


「よっしゃあ、お前ら! いいか、良く聞け! 相手が格上だからといって小さくなる必要なんかねぇぞ! 突っ走って横っ面を剣でぶっ叩いてやれ!」


 スプレクスにそう言われて、単純な者が多いスプレクス剣闘士団の連中はしっかりと剣を握り締め出してしまった。


「おい、力を抜け。剣と剣で戦うのは不利だ。剣を囮に組み付く方法を練習してきただろうが」


 俺がそう言うと、ベテランの一人が俺を面白く無さそうな顔で俺を見上げる。


「マット……俺達もようやく剣闘士として夢の舞台に立てたんだよ。剣闘士として、剣で相手を倒してきた誇りもある。相手の不意を突くからといって、自分の剣を捨てたくない」


 ベテランが諭すように俺にそう言うと、何人かはハッキリと頷いていた。


 俺は腕を組んでスプレクスに目を向け、口を開く。


「皆が納得出来るならそれで良い。だが、勝ちたいわけでは無いのか?」


 俺がそう言うと、スプレクスは狼狽しながら皆を見る。


「い、いや、勝ちたいが……」


「おい、スプレクス。あんたは昔は名が売れた看板だったんだろう? 剣闘士として、どうなんだ?」


「お、おう。そりゃあ剣闘士なら剣で勝ちたいよな。俺は剣で剣闘祭に出た剣闘士を薙ぎ倒したこともあるんだぞ? それはまぁ嬉しかった……」


 スプレクスが自らの過去を自慢げに語り出し、他の剣闘士達の一部も目の色を変える。


「……この一戦、厳しいだろうが剣闘士として剣で正々堂々戦おうぜ! なぁ、皆!?」


 誰かがそんなことを叫び、雄叫びが上がる。皆が声を掛けあって剣を掲げる姿を見て、スプレクスが困ったように俺を見たが、俺は首を軽く左右に振るだけで応えた。


 不満を抑えるならスプレクスがしなくてはならない。新人の俺がしても効果など見込めないだろう。


 俺は剣闘士はもっと勝利に貪欲かと思っていたが、例え元が奴隷だとしても剣を持って十年以上戦い抜いた剣闘士などは、剣への憧れと誇りが育っているのだ。


 ならば、むしろその不満を無理矢理抑え付けて剣闘祭に勝ち残っても、このスプレクス剣闘士団は真っ二つに割れてしまうに違いない。


 剣闘祭に出る事は出来たんだ。これで満足と思えるなら、もう勝ちは拾えないだろう。




 そして、肩を怒らせて一昨年の王者に挑みかかった一人目の剣闘士は、何もさせてもらえずに完封負け。気合いだけはあったので、明らかに無理な体勢から反撃に出て、全治数ヶ月といった重傷を負った。


 二人目も俺は意地でも剣で勝つと意気込んで挑んだが、似たような結果だった。


 しかし、三人目はハッチだった。ハッチは小柄な身体故に剣闘士としてはあまり勝てない剣闘士だった。人気も無く、剣闘士としては伸び悩んでいたのだ。


 だが、剣闘祭では一転し、プロレスの技を覚えてもう三勝している。


 そんなハッチは、舞台に行く前に俺を見上げて口を真一文字に結んだ。無言で俺に会釈し、そして、舞台へと歩いて行く。


 俺とエメラ、スプレクスの三人で通路を付いて行き、扉を押して舞台へと向かうハッチの小さな背中を見つめる。


「無理はしなくて良いぞ、ハッチ」


 俺が声を掛けると、ハッチは苦笑しながら頷いた。


「が、頑張って下さい! ハッチさん!」


 エメラがそう言うと、ハッチは強く頷いて足を前に出す。


 小さなハッチの戦いが始まった。




 舞台の真ん中へと向かうハッチに、僅かに遅れてスロイダー剣闘士団の剣闘士が姿を見せた。


 遠目から見ても分かるほど大きな男だった。


「まずいな」


 無意識に、俺はそう呟いてしまっていた。ハッチは、剣闘士としてはかなり小柄である。だから、今まで大柄で力のある剣闘士からは吹き飛ばされるような思いで剣を受けていた。


 それはトラウマとしてハッチの心に刻まれており、大きな男と対峙すると、身体が硬くなる。


 あえて正面から挑むというのは愚の骨頂だろう。当然、これまでも身体が硬くならないように、ハッチなりに考えて立ち回ってきた筈だ。


 だが、その苦手な相手と、ハッチは正面から向き合った。


 相手はハッチの小ささに少し驚いていたようだが、そこは歴戦の猛者である。すぐに警戒心を強めて剣を構えた。


 相手に油断は無い。


 ハッチはその状況下にあって、剣を構えて走り出した。どういう作戦を狙っているのか。俺はハッチの作戦が分からずに固唾を飲んで拳を握る。


 相手は冷静にハッチの動きを見つつ、盾を前に出した。そこへ、ハッチの剣が軽く当たる。


 相手は反射的に横薙ぎに剣を振っていたが、ハッチはもう飛び込むような格好で男の腕の下に潜り込んでいた。


「おお!」


 スプレクスは前のめりになって感嘆の声を漏らすが、俺は逆に焦っていた。


 仕掛けるのが早すぎる。


 相手は、それほど大振りに剣を振り回しているわけでは無いのだ。言うなれば、牽制の一撃。これは相手の出方を見る為の一撃であり、自分の態勢は崩れず、すぐに次の動きへと移れる一撃でもある。


 だから、相手は驚きつつも冷静にハッチの動きを見ており、しゃがみ込むハッチに対して膝を突き出した。


 咄嗟に出た膝はハッチの顔面を捉えることは無かったが、ハッチの肩に思い切り当たった。


 鎧を着ていてもハッチの身体が浮く膝の一発だ。思わず硬直したハッチに、男は剣を上から振り下ろす。


 間一髪のところでハッチが盾を持ち上げ、剣を受けた。剣の重さに弾き飛ばされるように後ろへ下がったが、怪我をしなかっただけでも幸運だったといえる。


「落ち着け! まずは、相手が焦れるくらいじっくり行け!」


 俺が叫ぶと、ハッチは肩で息をしながら男を睨み、再度剣を持って走り出した。


 ダメだ。頭に血が上っている。こうなると、視野が狭くなって別の戦法に切り替えたり出来なくなる者が殆どだ。


「お、おい。さっきのは惜しかったんじゃないのか」


 スプレクスにそう言われて、俺は首を左右に振った。


「普段のハッチなら、あの時に潜り込んで止まらず、そのまま相手の背後まで移動した筈だ。ハッチにはそれだけの素早さがある。だが、懐を取れたことで逆に焦ってしまった。勝てると思ったんだろうな。急いで腕を取り、剣を奪おうとしたんだ」


「い、急ぎ過ぎたってのか……」


 そう呟き、スプレクスは眉根を寄せる。プレッシャーもあるだろうし、大きな相手に対するトラウマもあるだろう。


 だが、俺にはハッチが、プロレスの技を使って勝つところを剣闘士団の仲間達に見せようとしていたように思えた。今も、ハッチは明らかに剣での有効打を狙っておらず、相手の剣や盾にわざと合わせたりして動き回っている。


 しかし、相手は一流の剣闘士だ。ハッチのやりたいことなど、もうバレているとみて良いだろう。


 俺はスプレクスに顔を向けて、口を開いた。


「もう無理だ。ハッチを下がらせろ」


「あ、あぁ? 何言ってんだ。剣闘士の戦いは戦ってる本人達が決めるもんだ」


「もはや、勝てる見込みは無い。ハッチはまだまだ強くなる。このままだと死ぬ可能性すらあるぞ」


 俺がそう言うと、スプレクスは難しい顔で怒鳴る。


「いや、無理に決まってんだろ!? これは剣闘祭だぞ! 王族やら貴族も見に来てる! 明らかな違反行為だろうが!」


「だが、このままでは……」


 俺がスプレクスに反論しようとしたその時、エメラが声をあげた。


「あ、ああ! ハッチさんが!」


 エメラの声に振り向いて舞台を見ると、舞台の上では相手の男の剣を持つ方の腕にしがみつくハッチの姿があった。


「離れろ、ハッチ!」


 俺は思わず耳が痛くなるほどの大声で怒鳴る。


 しかし、腕を相手の背中の方へ動かす前に、相手の腕に力が込められてしまった。


 関節技は、形に入ってしまえばまず脱出は出来ない。


 だが、力が込められた腕の関節に技を掛けるのは、単純な腕力勝負となってしまう。


 そして、ハッチにはその腕力が無かった。


 男がハッチの身体ごと腕を持ち上げて、地面に叩き付ける。


 男の腕と地面で挟まれたハッチは、息を吸う事が出来ずにもがいた。


 そこへ、男は盾を持った手で殴り付け、とどめを刺す。


 剣で刺し殺さなかったのは、スロイダー剣闘士団の剣闘士としての誇りだろう。


 男は気を失ったハッチを見下ろし、満足そうに頷いて舞台を去った。


 俺達は急いでハッチを迎えに行き、抱えて待機場へと戻る。


 これで三敗。スプレクス剣闘士団の二度目の敗戦が決まった。

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