第39話 プロレス

 闘技場で剣闘士の試合を見た後はプロレス。


 そんな新しい娯楽が生まれ、一部の上級貴族の中では嗜みの一つとされるまでになった。


 そして、社交界で最もプロレス通と言われ、一部貴族から絶大な尊敬を集めている人物がいる。


 何を隠そう、ノア王国国王オクラーホ・マ・スタンピッド四世その人である。


 スタンピッドはプロレス通の貴族を集めたプロレス同好会なる組織を立ち上げ、爵位に関係無く交友を深めていた。


 それ故に、国王と親密な関係を築きたい者などもプロレス観戦を嗜むようになり、ノア王国の中でプロレス好きは急速にその数を増やしている。


 この日も、スタンピッドは大きな貴賓室でプロレス同好会のメンバーを集めて様々な情報交換を行なっていた。


「おお! またも新たな蒐集品を手に入れられたのですか!?」


 一人が壁に飾られた衣装やバンダナなどを眺めて驚きの声を上げた。


 かなり広い貴賓室なのだが、壁には所狭しとプロレスグッズが飾られていた。


 そして、そんな中の一つに一人の貴族が気が付き、目を丸くした。


「な、なんと! あれは『悪逆のカリスマ』クレイドルのマント!?」


 貴族がそう叫ぶと、スタンピッドが満面の笑みをもって黒いマントを見上げる。


「良いだろう? 特別に買わせてもらったのだ、金貨百枚でな!」


 スタンピッドがそう言うと、他の貴族達は悔しそうに顔を顰めて黒いマントを睨んだ。


「陛下、クレイドルは陛下に危害を加えようとした奴隷の筈では……!」


 一人が責めるような口調でそう言うと、スタンピッドは鼻を鳴らして顔を背ける。


「そんなの関係あるか! あのヒールっぷりが格好良いんだ!」


 スタンピッドと何人かの貴族の面々が大人げ無く言い争っていると、一人が壁に飾られた別の物に気がつく。


「な、なな、何でもう『葬儀屋』バーディクトのロングコートを!?」


「な、何だと!?」


「せ、先日デビューしたばかりのバーディクトのコートだと!?」


 貴族達は壁に掛かったバーディクトのロングコートを見つけて大声で怒鳴り、困惑した。


 それを嬉しそうに眺め、スタンピッドは口の端を上げる。


「……陛下! さては、また特注で……!」


 スタンピッドと同じくらいの歳の貴族がそう言うと、スタンピッドは肩を竦めて目を細めた。


「いやいやいや、これはマット剣闘士団から是非献上したいと言われてな? いやぁ、多分これを持ってるのは世界で私だけじゃないか? はっはっは!」


 スタンピッドが大声でそう言って笑うと、他の貴族達の目に殺意の炎が揺らめく。


「……王という立場を利用した卑劣なる策略! 権力で押し切ろうとも天は見ておりますぞ!?」


「まさにその通り! このような税の使われ方をしていると知ったら、民が反逆を起こすでしょうな! フン!」


 貴族達が文句を言うと、スタンピッドは両手を顔の前に出して戯けてみせた。


「おぉ、怖い! やれるもんならやってみい! お前らも王になれれば良いのだがな! はっはっは!」


 スタンピッドがそう言って挑発すると、貴族の一人が青筋を立ててロングコートを指差す。


「それで、あれは如何程だったのです? なんなら、私が買わせて頂こう! そうすれば、今回のことは民には内密に……」


「なんでお前に売らねばならん、ラリーアート侯爵! これは金貨五百枚で無理矢理作らせた一品物で……」


「兄上! 無理矢理作らせたと言われましたか!? それは駄目です! ファンならば、既存のものを手を尽くして蒐集せねば……!」


「黙れ、スクルボイ! 弟の分際で! 羨ましければヤマトのところに行って頭を下げてこい! バーカ!」


 今日も、貴族達の優雅なプロレス同好会は熱い議論を重ねていた。


 ちなみに、プロレス好きな王侯貴族から巻き上げた金銭は、全てヤマトが建てた孤児院の運営費に充てられている。


 王都と十の主要都市に建てられた孤児院『タイガーホール』では、エメラとその兄のように行き場を失った子供達が保護され、剣闘士プロレスラーや医療士、孤児院の管理をする事務員や教員としての知識と技術を学んでいる。


 今や、ノア王国内において知らない人はいない存在となったヤマト。


 マット剣闘士団の団長となってからは多忙を極め、月に一度の大一番でしか試合を組まれることは無くなった。


 だが、その分だけ興行最後の日を飾る大一番は、他の日とは隔絶した人気と盛り上がりを見せる。





 王都での興行最終日。


 悪逆のカリスマのマントを羽織った国王が特等席で見守る中、闘技場の舞台に一人の男が姿を現した。


「マット! マット! マット!」


 大声援を浴びながら、軽鎧に身を包むヤマトの姿があった。手には白く輝くロングソードを持っている。


「うぉおおおっ!」


 ヤマトの勇姿に、国王が立ち上がって吠えた。


 その様子を同じく特等席に座っていたエメラが冷めた目で眺め、次に隣に座るクレイドルに向ける。


「殺せますよ、多分」


 エメラが物騒な発言をすると、クレイドルは嫌そうな顔で興奮して飛び跳ねる国王を横目に見た。


「……だから言うなって。あんなのを人生を賭けて殺そうとしたのは俺の黒歴史なんだからな」


 二人がそんな会話をする中、巨体を揺らしてバーディクトが二人に顔を向ける。


「……団長は大丈夫か? 今回は凄い奴だと聞いたが……」


 バーディクトがそう尋ねると、エメラが口を尖らせて肩を怒らせた。


「私も知らないんです。ハッチさんに何か頼んでたみたいですけど……」


 エメラが不機嫌そうにそう口にし、クレイドルが吹き出すように笑った。


「おいおい、しっかり尻に敷いておけよ。あんなに良い奴はいないが、金が殆ど孤児院にいってるせいで団はずっと貧乏なんだ。お前が財布の紐はしっかり締めてくれよ」


 クレイドルがそう言うと、エメラは困ったように微笑み、舞台の上で両手を上げて声援に応えるヤマトを眺めた。


「……私は、貧乏でもヤマトさんと一緒にいれたら良いんです。それに、ヤマトさんがしたいことは、私もしたいことですからね」


 エメラがそう呟き、クレイドルとバーディクトは顔を見合わせて苦笑する。


「はぁ……こりゃずっと貧乏なままか。まぁ良いけどよ。それにしても、エメラにも内緒にしてたってことは、今回はまた魔物を連れてくる気だな?」


「……まさか、今度はオーガ三体か?」


「馬鹿言えよ。普通はオーガ一体でも一対一は厳しいんだ。俺たちなら二体は余裕だが、流石に三体は……」


 クレイドルとバーディクトがそんな会話をしていると、タイミングを見計らったかのように舞台の反対側の扉が開いた。


 そして、そこから出てきた存在に、二人は絶句する。


「な、な、何ですか!? 何ですか、アレ!?」


 そう叫び、エメラがクレイドルとバーディクトを振り返った。


 二人は、舞台の上を歩いていく巨大なヒト型の魔物を見て、口を開く。


「と、トロールだ……おいおい、どうやって生きたまんまのトロールを闘技場に運んだんだよ! 腕の良い冒険者なら五人パーティーで討伐するような厄介な奴だぞ!?」


「そ、そんな危険な魔物を……」


 クレイドルの説明に、エメラは顔を真っ青にして身体を震わせた。


「……うちの団員を引き連れたとしても、ハッチでは無理だろう。誰かが手を貸した筈だ」


 バーディクトがそう言うと、国王が嬉しそうに自分を指差しながらバーディクトを見ていた。


「ま、まさか……」


 エメラがそう言って国王を凝視すると、国王は鼻息も荒く胸を張る。


「私だ! 騎士団を使ってトロールを捕獲した! どうだ、凄いだろう!? この興行には私の多大なる貢献が……!」


 自慢げにそう語る国王を見て、エメラとクレイドルの目に暗い光が宿った。


「殺しましょう」


「あぁ、やっぱ殺しておくべきだった」


 そんなことを呟く二人が近衛兵とバーディクトに止められる中、ヤマトはトロールと対峙する。


 そして、あろうことか、ヤマトはトロールを前にして剣を投げ捨てた。


「ば、馬鹿っ!?」


「な、なにやってんですか、ヤマトさん!?」


 二人の絶叫が響く中、ヤマトは両手を胸の前で合わせて口の端を上げる。


「やはり、俺だけ剣を持つのは卑怯だよな」


 そう言って、ヤマトはトロールに向かって歩き出した。






 これを機に、ヤマトは人間との試合を組めなくなった。


 ちなみに、この日、ヤマトはトロールをバックドロップで倒し、新たな逸話を作り上げたのだった。

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