第33話


 レインが無言で近付いていき、二人の距離が縮まる。


 二人の戦いは何の合図も予備動作も無く、唐突に始まった。


 二人の接近に固唾を飲んで見守っていた観客の度肝を抜く様な、クレイドルの先制攻撃である。


 一足飛びにレインとの距離を潰したクレイドルは、二度、三度と地面と水平に剣を振る。


 対してレインはその剣を同じ様な軌道で弾き、回避してみせた。


 突然の二人の接触ファーストコンタクトに、観客達が遅れて歓声を上げる。


 剣を弾かれたクレイドルが笑みを浮かべてレインに盾を投げ付けた。


 その行為に観客達が驚愕の声をあげるが、レインは眉根を寄せるだけで、飛んできた盾を盾で防ぐ。


 その瞬間、もうクレイドルはレインの目の前に走り寄っていた。両手で剣を握り、クレイドルが息もつかせぬ連続斬りを放つ。


 レインはその猛攻を剣と盾の両方で防いでいるが、徐々に後方に退がり始めている。


 あの閃光のような速さの剣を振るっていたレインが防戦を強いられるのか。


 俺は素直に感心しながらクレイドルの攻めを眺めた。


 と、レインがクレイドルの剣を弾きながら横に跳び、今度は前へと地面を蹴った。目の前で剣と剣が衝突する激しい音と火花に、クレイドルは一瞬硬直している。


 観客席から見ていると距離があるから分かるが、目の前でやられると急に姿が消えたように感じるだろう。


 クレイドルがほんの僅かに動きを止めた間に、レインはクレイドルの斜め後ろに移動していた。


 絶好の機会を得たレインがクレイドルの手足を目掛けて剣を振る。


 クレイドルは振り向きざまにレインの剣を防ごうとするが、レインの剣の一つを肩に受けてしまった。


 骨までは達していないだろうが、遠目からでも血が舞ったのが分かるくらいの大きな切創だ。


 レインは深追いはせず、クレイドルが剣を斬り返す前に距離を置いて構え直した。


 腕の傷というのは剣闘士にとってかなり不利になりそうだが、果たしてまだ挽回の機会はあるのか。


 隣ではエメラが胸の前で両手を握り締めて祈るような視線をクレイドルに向けている。


 レインがクレイドルの焦りを待つように距離を置いたまま左右に動くと、自分の傷を見ていたクレイドルが顔を上げた。


 その顔に、いつもの余裕を感じさせる雰囲気は微塵も無く、むしろ湧き上がるような怒りが表情となって滲み出ていた。


 クレイドルが動く。


 剣一本で真っ直ぐにレインに向かうその動きはまるで猪のようで、レインも頭に血が上っているならと思ったのか、冷静にクレイドルの攻め手を見ようとその場に留まった。


 クレイドルが大振りに上段からレインに向けて剣を振り下ろし、レインは盾で剣を、剣でクレイドルの足を狙うように動く。


 両手を上下に伸ばすような態勢となったレインに、剣を振り下ろそうとしていたクレイドルが身体を反転させ、前に出していた足を後ろに引いた。


 それにより、レインの剣が寸前で躱される。


 無防備になったレインに向かって、身体ごと飛び込んだクレイドルがその場で跳び上がり、両足を揃えてレインの胸の辺りを思い切り蹴り飛ばした。


 俺が使っていたのを見ていたのか?


 クレイドルの攻撃に驚いていると、地面を転がったレインが素早く立ち上がる姿と、そのレインに向かって走るクレイドルの姿が目に入った。


 まだ、レインは完全に立ち上がれていない。


 迫るクレイドルに向かって剣を突き出して牽制しようとする。


 その剣をクレイドルは自分の剣で弾き、突き出されたレインの剣と腕の上を滑るような軌道で膝蹴りを放った。


 クレイドルの膝はレインの顔面を捉え、レインはその勢いと衝撃に片膝のまま仰け反るように上体を起こされた。


 そこへ、クレイドルの剣が閃く。


 満足に視界は得られていない筈なのに、レインは仰け反ったまま盾を持ち上げて後ろへ倒れ込んでいく。


 クレイドルの剣がレインの盾とぶつかり合い、軌道を逸らされたクレイドルの剣がレインの鎧の肩の部分を削り取った。


 地面に倒れたレインが後方に転がってから素早く立ち上がり、攻撃を防がれて態勢が崩れたクレイドルが剣を構え直す。


 予想外のクレイドルの実力に、闘技場を驚きと感嘆の声が包んだ。


 お互いに改めて向き直った二人は燃えるような目つきで睨み合う。


 レインの持つ剣が頭より高く持ち上げられ、クレイドルの持つ剣の先がレインの顔の高さに構えられる。


 二人とも攻撃的な態勢で硬直し、観客だけで無く俺にまで緊張感が伝わってきた。


 そして、またもクレイドルから動いた。


 素早く突き出された剣。


 銀の矢がレインを射抜こうと射ち出されたようだ。


 その剣をレインは前に出していた盾で防ぎ、剣を振り下ろした。


 だが、そこにいる筈のクレイドルが居なかった。


 剣は、レインに向かって突き出された形のまま打ち捨てられている。


 クレイドルは最初から、剣での決着を狙って居なかったのだ。


 レインが全霊を込めて放った打ち下ろしが放たれる時には、クレイドルは斜め前に転がるようにして地面に飛び込んでおり、そのまま地面に手をついてレインの背後で立ちがっていた。


 相手の姿を見失ったレインが剣を振りながら背後を振り向こうとする中、クレイドルは素早くレインの身体にしがみ付き、そのまま持ち上げた。


 本来の真後ろから抱き付く形では無く、斜め後ろ程から掴んで、後方に反り返るようにレインを投げるクレイドル。


 見事だ。


 レインの身体は美しく弧を描き、吸い込まれるように頭と肩から地面へと落下する。


「……決着だ」


 俺がそう呟くと、エメラが顔を上げた。


 大の字で倒れたまま動かないレインと、肩で息をしながら立ち上がるクレイドル。


 その光景に、観客は誰が勝者かを理解し、大歓声を上げてクレイドルを讃える。


 俺も思わず拍手をしてクレイドルを見ていた。


「見事だ、クレイドル……いや、ジャンボ・クレイドル……」


 俺の下らない呟きは、観客達の歓声に掻き消されて無くなった。

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