第31話
打楽器の腹に響く低音が反響する中、レインは静かに剣を構えた。
構えたと言っても、軽く剣と盾を持ち上げただけだが、それで充分に戦闘開始の合図となった。
お互いに剣を握ったまま腰を落とし、自分から見て左回りに動く。二人で綺麗な円を描くような静かな移動だ。
相手の出方を窺おうとしたのだが、偶然にも俺とレインは同じ考えだったらしい。
この円に足を踏み入れれば、それは剣が届き得る間合いとなる。
俺は静かに息を吸い、ゆっくりと吐く。
レインの呼吸は浅く、細かい。息を吸う時に筋肉が弛緩することを知っているのだろう。
と、レインが無造作に足を踏み込んだ。
あまりに自然な動きに、俺は思わず反応が遅れる。
隙が出来た俺に向かって、レインは水が流れるような滑らかな動きで俺に剣を振るった。
ぎりぎりのところで、自分の顔と迫る刃の間に自分の剣を挟み込むことに成功した。
だが、俺がレインの剣を防いだと思った直後、レインが地を蹴った。
同時に、俺の腕を蹴って俺を後方へ押し出す。二歩、三歩と下がらせられた俺は、剣を構え直そうと背筋を伸ばした。
しかし、レインの攻撃は止まらない。態勢を立て直そうとしている俺の腕に、足に、目に目掛けて剣が振られる。
速く、鋭い斬撃と刺突だ。
俺は辛うじて剣と盾を駆使し、三連撃を防ぎきった。
今までの流れるような動きが嘘のように荒々しい動きだ。今までの動きが流水ならば、さながら閃光といったところか。
俺は、盾と剣を前に出して防御の姿勢を取りながら少しずつ後退する。
「シッ」
息を吐くような声がした。
銀色の閃き。
それが目に入った瞬間、俺は剣を斜め下に振る。耳が痛くなるような金属と金属の衝突音がした。
駄目だ。剣では逆立ちしても勝てない。
「それなりに上手くなったつもりだったが、やはり素人に毛が生えた程度だったか」
俺はそう呟くと、レインに向かって一歩踏み出した。俺の持つ盾をレインの剣が斬り付ける。
今レインの攻撃を防げたのは完全に偶然だったな。
俺はそんなことを考えてほくそ笑むと、更にレインに向けて前進した。
目にも止まらぬような四連続の剣を、盾と剣を駆使して防ぐ。今度は来ると分かっていたから対応出来た。
軌道が見えない攻撃と、いつ来るか分からない攻撃は違う。分からない攻撃は目で確認しないと頭が認識しない為、勘でしか回避出来ない。
だが、軌道が見えない程度ならレインの身体のこなしを見ていれば分かる。まぁ、剣一本を振るレインの攻撃を盾と剣を使って必死に防いでいる段階でかなりの実力差があるが。
それでも俺は更に連続して振られるレインの剣を防ぎながら、レインを摑まえる為に足を前に出した。
すると、レインが片方の眉を上げて攻撃の手を緩めた。
思わず空いた間に俺が調子を崩された瞬間、レインがまたも地を蹴り、反射的に俺は剣を横薙ぎに振る。
剣を防御させてレインの動きを止めようとしたのだが、俺の剣はただ空を切った。
なんと、鎧を着たレインが助走も無しに跳び上がり、俺の頭上を越えたのだ。
そして、跳び上がりざまに俺に剣を振って盾を使わせたレインは、俺の背後に降り立って更に俺の背を狙い剣を振る。
俺はレインの斬撃の気配だけを頼りに、振り向かずに剣を背中に背負うように立てた。
剣と剣がぶつかる音が響き、防いだ剣が俺の背中に当たって激しい衝撃に前方へつんのめる。
ここで動きを止めれば相手の思うがままだ。
俺は前へ押し出された力に逆らわず、そのまま前方へ倒れ込むようにして地面へと転がった。
そして、起きざまにレインを振り返りながら斬撃を繰り出す。
何とかレインの手を止めなければならない。とりあえず、盾か、出来ることなら剣で俺の攻撃を受けとめさせなければならない。
そう考えたのだが、またも俺の剣は空を切る。
レインはあれだけ怒涛の攻めを見せていたにも関わらず、俺が振り返る間に数歩分は後ろにいる下がっていた。
振り返りざまに振った剣を持つ手が伸びきる。肘が真っ直ぐになるほど伸ばされた俺の手を半回転させ、もう一度剣を切り返すには、一瞬の間が空いてしまうだろう。
立ち上がりながら振り返ったせいで足は前後に開かれて腰も上がっていない。
蹴りを繰り出すこともできないか。
レインは振り上げていた剣を打ち下ろしながら、一気に俺の方へ飛び込んで来る。まるで剣道の上段からの飛び込み面を見ているかのような動きだ。
必殺のタイミング。必殺の技。
まるでスローモーションのように時間が流れる中、俺は左手に持つ盾を意識する。
間に合わない。
身体を捻って躱すなんてことはレインがさせてくれないだろう。
死んだか。
そう思った瞬間、様々な映像が頭の中を駆け巡る。
プロレスラーとしての日々、そして剣闘士としての日々。
エメラ、クレイドル、スプレクス……いや、スプレクスはどうでも良いか。
エメラは、まだ独りでは生きていけないかもしれない。
俺を最強と信じてくれている観客ファンがいるのに、俺はその目の前で地に伏すのか。
それは駄目だ。
最強の剣闘士プロレスラーが、観客エメラの前で無様な姿は見せられない。
夢を見せるのが、俺の役目だ。
「っ!」
俺は歯を食い縛り、レインの振り下ろされる剣を頭で、兜の丸みのある部分を自ら削りに行くように動いた。
首に剣の衝撃が襲い掛かるが、プロレスラーは首を良く鍛えている。このくらい、耐えてみせる。
剣が逸れた。
後は、鎧の肩当てと上腕の部分だが、失敗しても右腕を失うだけだ。
片腕でも勝ってみせる。
身体を捻り、レインの剣の軌道に平行になるように肩を下げた。
火花が散り、肩当てを削り取りながらレインの剣が俺の腕の上を鎧越しに滑っていく。
防ぎ切った。
そう判断した直後、俺の体はもう動いていた。
逆に腕を伸ばし切ったレインに向かって、俺は姿勢を低く、頭と肩でぶつかりに行くように突進する。
鎧越しに、レインの腹と俺の肩が接触した。
ようやく捉えた。
俺は素早くレインの横腹に頭を突き出すように動き、レインの身体を右肩の上へと担ぎ上げる。
レインの身体を持ち上げる時に剣も盾も放り捨てたが、レインは手を動かすくらいしか出来ない状態なのだから斬られることも無い。
いや、斬られたところで知るものか。
「一発で決めるぞ!」
俺は気合を込めて叫び、レインの頭と背中を両手で固定した。地面を思い切り蹴り、高く飛び上がってから身体を回転させる。
鎧を装着した状態で、同じように鎧をつけた大柄な男を抱え、俺はかなり高く跳んだ。
そして、レインの肩から背中に掛けての部分が下になるように、レインの身体を抱え込んで落下する。
着地と同時に衝撃が走る。
土埃が舞い上がり、地面の振動が鎧越しでも分かった。
「……ぐ……」
レインの苦悶の声が微かに漏れる。
俺はレインの腹から肩を退け、レインが取り落とした剣を拾いながら立ち上がった。
レインが起き上がる気配は無い。
舞い上がっていた土埃が徐々に落ち、視界が晴れていく。
満員の観客達を見渡し、俺はレインの剣を天高く掲げて口を開いた。
「俺の勝ちだ!」
俺がそう宣言すると、観客達は立ち上がって大歓声をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます