第21話
新しい剣闘士団と興行の形を見出したスプレクス剣闘士団は、意気揚々と次の街を目指した。
「剣闘祭のことを考えると残りの興行は二回だ! 気合い入れていくぞ!」
そう言って最も浮き足立っているスプレクスの後に続き、俺達は興行を行った。
ハンギング剣闘士団が特殊だったのか、他の街での興行は問題なく成功し、俺も連勝記録を更新する結果となる。
俺の名も、行商人か旅人が広めたのか、行く街行く街で少しずつではあるが名を知る者が現れていた。
ただ、暴君マットという二つ名付きでの覚えられ方だったが。
そして、二つの街での興行を終えた俺達は移動する為の月に入って一週間後には王都にまで辿り着いていた。
王都が近付いてくるにつれて、俺は阿呆のように口を丸く開けて惚けることになってしまった。
「どうだ、凄いだろう?」
スプレクスのそんな台詞にも、俺は頷くことくらいしか出来ない。
見えたのは巨大な城壁ばかりであり、その向こう側に高い塔の頭の部分が幾つかと、城らしきもののほんの一部が見えたくらいだ。
だが、まずその城壁が巨大だった。城を除いたら二階建てくらいしか見ることは無かった為、その城壁があまりに大きく見える。
高さは五十メートルと言わずあるだろう。そして、こちらから見る幅も数キロに及ぶに違いない。
まさに、他の街とは桁が違う。
エメラと一緒にそんな城壁を見上げていると、クレイドルが肩を竦めて鼻を鳴らした。
「ふん。まぁ、大国と呼ばれる国の王都だからな。こんなもんだろう」
「おいおい、そう言うなよ」
クレイドルの台詞にスプレクスが笑ってそんなことを言った。
それぞれ面白いように温度差があるが、俺達は一緒に王都の城壁に近付き、これまた巨大な門の前に立った。
今は門が全開になっているが、いざと言う時に咄嗟に閉められるのだろうか。
そんな疑問が湧くような厚みのある大きな門だ。
門の前には人が立ち並び、荷物が大量に積載された馬車や、明らかに奴隷ばかりを連れた商人などの姿もあった。
そして、他の剣闘士団の姿も。
「あ! トラース!」
スプレクスがいち早く他の剣闘士団の興行師に気が付き、怒鳴り声をあげた。すると、頭頂部が極めて薄い細身の男が眉をハの字にしてスプレクスに片手をあげる。
「お、おう。スプレクスじゃないか。奇遇だな」
「奇遇じゃねぇぞ、馬鹿野郎! 王都に来るような御大層な剣闘士団が興行すっぽかしやがって! 剣闘祭に出れると思うなよ!?」
「わ、悪かったって! そう怒るなよ、スプレクス! た、たまたま間に合わなかったんだよ!」
「たまたまだぁ!? ハンギングの野郎が怖かったって正直に言いやがれ!」
スプレクスの剣幕に押されっぱなしのトラースという興行師は、乾いた笑い声を上げながら両手の手のひらをスプレクスに向けて口を開いた。
「ま、まあまあ……それにしても、急遽人を買ったのか? うちも剣闘祭には客として来たが、スプレクスも正直剣闘祭には、出られないだろう?」
トラースが恐る恐るそう言うと、スプレクスは腕を組んで胸を張った。
「ふん! ハンギングが怖いからってわざと遠回りして王都に来たな!? こっちはハンギング剣闘士団に全戦全勝よ! 殆ど死人も怪我人も出さずに来てやったぜ! まぁ、若いのは三人死んで重傷も何人か出たがな」
「三人死んだだけ!? な、なんだよ。どうやったんだ? あ、領主と結託して賭け金をたっぷりせしめたな!?」
「馬鹿野郎! 八百長なんざやってねぇ! 実力だコラ!」
頭のおかしな会話を二人はし続けて、気が付けば城門に辿り着いていた。
一足先に来ていたトラース剣闘士団が門に向かい、スプレクスは離れていくトラースに口を開く。
「ああ、もう王都でも話題になると思うけどな、ハンギングが身内の剣闘士共に殺されたぞ。お前も気を付けてな」
スプレクスがそんな爆弾発言をすると、トラースはギョッと目を剥いた表情を浮かべて、人の波に飲まれて消えていった。
それを見て、スプレクスは意地の悪い笑みを浮かべて笑う。
「ふははは。怯えろトラース。良い気味だ」
怯えていたのはスプレクスも同じだろうに。
俺は笑うスプレクスを眺めて嘆息し、門の奥に広がる王都の光景に視線を移す。
王都は古びた雰囲気もあるが、綺麗な街並みだった。そして、正面の大通りは何処までも人の波で活気があり、奥の方には巨大な黒い城が聳え立っている。
これが、ノア王国の王都、ゴングか。
王都に着くと俺達は初めて宿に一泊する。スプレクス剣闘士団は、王都に着いた最初の日は恒例行事として大衆宿に泊まるらしい。
六人一部屋ではあったが、久しぶりにテント以外で寝れたので熟睡出来た。エメラも俺と同じ毛布で爆睡していた。
そして、翌日には闘技場に向かった。闘技場は丸く大きな部分は同じだったが、形状はかなり違った。
まず、二階席だけでなく三階席まであり、観客席の広さは他の闘技場の数倍はある。そして、壁のいたる場所に縦長の穴が空いており、壁の高さに関係無く採光がとれるようになっている。
舞台の広さはそれほど変わらずとも、闘技場全体で見ると他とは比べようもなく巨大であり、その威容は嫌が応にも剣闘士達の心を奮い立たせるものだろう。
この闘技場を平時に使うことが出来るのは剣闘祭に参加したトップクラスの剣闘士団のみであり、普通の剣闘士団では客としてしか入ることは出来ない。
その闘技場でメインを張ることが剣闘士の夢といっても過言ではないだろう。更に、剣闘祭の最後の試合を飾る大一番は世界最強の剣闘士を決める場とも言われている。
我がスプレクス剣闘士団は剣闘祭に参加したことは無く、今年はかなりの知名度になったクレイドルを看板にして初参加を狙っているといった状況らしい。
「よし! さぁ、行くぞ!」
スプレクスはそう言って腕を振り回すと、闘技場の入り口へと向かって歩き出す。
闘技場の前の広場には数多くの剣闘士団の姿があった。
「クレイドルだけ付いて来い。後はこの場で待っていろ」
スプレクスはそう言って、クレイドルと一緒に闘技場の入り口へと消える。
さて、無事に剣闘祭に出場出来ると良いが。
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