第3話

ディデテとの練習試合を知ったうちの興行師であるスプレクスは、クレイドルと何か話をして、翌日にはいきなり俺をデビューさせると言い出した。


俺は茶髪の太った興行師を見下ろして、真面目に質問する。


「まだ剣闘士について学び始めて一ヶ月だ。しかも、殆どが剣闘士団内でのルールばかりで剣の練習は一週間程度。流石に無理じゃないか?」


俺がそう言うと、スプレクスはギラギラと光る眼を俺に向けてきた。


「こんなのは勢いが大事なんだよ。もう明日の組み合わせにお前の名前を入れたからな。諦めろ」


「良かったな! 相手は昨日のディデテんとこの剣闘士団の奴だ。確か、ドラスリとかいう荒くれ者だったか。元は犯罪奴隷だったんだが、かなりの実力者でな。三年でメインを張ったこともある遣り手だ」


「今の説明に何か良い所はあったか?」


俺を説得に掛かるスプレクスとクレイドルに、俺は冷静に質問を返した。


「うははは! そんな知名度がある奴が相手なんだ! 勝てば大金星だよ!」


クレイドルがそう言って笑うと、スプレクスは真面目な顔で頷いた。


「お前は奴隷としてはそこそこ安い値段だった。だから、例え死んでも団に損は無ぇ! 気楽に闘え!」


「団にとって問題無くても俺には大問題だよ」


俺が文句を言うと、二人は笑って俺の肩を叩いた。やる気にさせたいならもっと違う言い方をしろと言いたい。





そして、翌日。


街の中にある円形の闘技場の中に俺達はいた。


スプレクスはかなり期待しているらしく、なんと俺の試合は昼一番の見せ場で組まれている。


金を払えば自由に出入り出来る剣闘士の興行で、最も人気なのは夕方のメイン。次が朝一番のセミだ。そして、三番目に人気なのが昼一番である。


一日に十から二十もの試合を組む中で、この三つの時間帯に組まれることは剣闘士からすれば人気の証といえる。


なのに、昼一番の試合に知名度ゼロの俺が出る。


「……何故だ」


俺がそう言うと、クレイドルが笑いながら木の板を片手で押してこちらを振り返った。


「闘いに集中しろよ? 相手は強いぞ」


クレイドルはそう言って、闘技場を指差した。お前も数時間後には試合だろうが。


そんなことを思ったが、俺は返事を溜息を吐くだけに留めた。


既に歓声はここまで聞こえている。


観客がいて相手がいるなら……俺はただリングに上がるのみだ。


闘技場の舞台に入り、周りを見渡した。前の街で闘技場を見学はしたが、実際に客が入った状態で眺めるのは初めてである。


プロレスの会場とは少し違うが、熱狂具合は物凄い。自然と身体に力が入るのを感じて、俺は軽く手足を動かして筋肉をほぐす。


と、その時、これまでよりも更に大きな歓声が響き渡った。


顔を上げて、反対側の出入り口を見る。


現れたのは、ボサボサの長い黒髪の細身の男だった。簡易的だが、金色と赤の派手な鎧を着ており、手には短く細い剣と丸い盾が握られている。


あれが、ドラスリか。


ドラスリは剣と盾をぶら下げたまま動き出した。


闘技場に入ったら即戦闘開始。それが剣闘士のルールだ。


つまり、もういつ攻撃が来るか分からない。


俺は剣を構えて、ドラスリを睨んだ。


「なんだ。本当に素人かよ」


ドラスリが俺の構えを見てそう言うと、俺の後ろを取ろうと走り出した。回り込むように弧を描いて走っているのに相当の速度である。


俺は剣を構えたままドラスリの動く先に身体の向きを変えていく。


「へへ、遅い遅い!」


ドラスリはそう言って姿勢を低くすると、俺の足目掛けて剣を振った。俺は足の前に剣を立ててドラスリの剣を防ぐが、ドラスリは弾かれた剣を勢いそのままに上に跳ね上げ、今度は剣を持つ俺の腕を狙って剣を突き出してきた。


ギリギリのところで、俺は剣を持つ手を捻って角度を変え、ドラスリの剣を防いだ。


「お、反射神経は良いじゃないか」


ドラスリはそう言って、俺の前を通り過ぎるようにして俺の背後へと回り込もうとする。


剣の振られた箇所を考えると、どうやらドラスリは手足の腱を狙って攻撃してきているらしい。


「ふん!」


俺はドラスリの向かう方向目掛けて剣を振った。


接近されてしまうと、ドラスリの速さに追いつけそうにない。何とか距離を取らないといけない。


そう思い、ドラスリのどこに当たっても良いからと適当に剣を振ったのだ。


だが、予想に反して俺の振った剣は良い手応えを俺に伝えてきた。


振り向くと、潰れたカエルのような態勢になっているドラスリの姿があった。どうやら俺の剣を剣で防いだが、当の本人は地面に叩きつけられてしまったらしい。


ドラスリはゴキブリのように地面を素早く這うと、俺から距離を取って立ち上がった。


「ち、力だけはあるじゃねぇか」


ドラスリは鼻血を出しながらそう言って盾を構える。


軽い。


持つ剣も軽く感じるが、何より人一人を叩き伏せたにしては、反動が軽い。


練習の時に感じていた違和感の正体はこれだったのか。


俺はそう思い、剣先をドラスリに向けて接近した。


「簡単に俺に当てられると思うなよ、ルーキーが!」


ドラスリは気持ちを切り替えてそう怒鳴り、盾で俺の剣を防ごうとした。どうやら、丸い盾で俺の剣の軌道を逸らすつもりらしい。


それを理解した俺は、敢えてドラスリの盾を斬り付ける。


「うら!」


ドラスリが盾を動かしながら俺の剣を受け、俺の剣は地面に向かって軌道を変えた。


防御に成功したドラスリが歯を見せて笑みを浮かべる。


それを眺めながら、俺は剣を手放して身体を回転させた。


「ふっ!」


右足を軸に身体を回し、左足を後ろ蹴りの要領で突き出す。


俺の足はドラスリの盾の真ん中に吸い込まれるように動き、盾を構えたドラスリを身体ごと蹴り飛ばした。


足の裏に冷たく硬い盾の感触を感じた直後、ドラスリは車に撥ねられたようにして吹き飛んでいった。


一回、二回と地面を転がり、ドラスリは倒れたまま動かない。


観客が歓声すら忘れる中、俺は剣を構え直して倒れているドラスリを睨んだ。


思い切り良い手応えだったが、まさか蹴り一発で終わりでは無いだろう。


俺がそう思ってジッと待っていると、ドラスリのところの興行師が走ってきて、倒れたままのドラスリの様子を確認した。


そして、忌々しそうに俺を見上げ、大声で怒鳴る。


「マットの勝ちだ!」


その瞬間、大歓声があがった。


無名の新人がそれなりに知名度のある人気選手を倒したのだ。盛り上がるだろう。


賭け事の場でもあるのでブーイングの数もかなり多いが、純粋に戦いを讃える声も多い。


俺としては不完全燃焼だったが、盛り上がったのなら及第点としようか。


俺は剣を掲げて観客に応えた。

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