第7話

 ガリガリに痩せて薄汚れていたエメラが女の子であると、実はスプレクスやクレイドルと話した時に知った。


「女ならば、多少は綺麗にしておけ」


 俺はそう言ってエメラに水浴びをさせ、剣闘士の仲間に一枚毛皮の服を作ってもらった。


 驚いたことに、エメラのくすんだ焦げ茶色の髪は洗ったら暗い金色の髪になった。そして、肌も多少は日焼けがあるものの白く透明感のある肌になった。


 というか、妖精のような少女とテレビで放送されてもおかしくない整った容姿をしている。


「あ、ありがとうございます」


 エメラはすっきりと綺麗になり、俺にそう言って頭を下げた。その日は一緒に剣闘士団内での肉とスープとパンを食べ、一緒のテントで寝た。


 次の日には既に剣闘士団の中の皆がエメラの存在を周知しており、新人の俺が弟子兼召使いを買ってきたと話題になっていた。


 ただ、女の剣闘士は珍しい為、うちの剣闘士団にはいない。そういうこともあり、ガリガリの子供であろうとエメラは良く声を掛けられるようになった。


 しかし、野蛮な輩が多い中で掛けられる言葉の大半は下世話な内容ばかりである。その為、エメラは基本的に俺から一切離れない。


 そして、それは俺の試合の時になってもそんな状態だった。


「ほら、お前は此処で応援してろ。お前の為にマトが戦って来るんだぞ」


「は、はい!」


 クレイドルにそう言われて、エメラは返事をした。舞台の手前にまで来てしまったエメラをクレイドルに任せ、俺は舞台へと向かう。


 すぐに酷い組み合わせをされるかと思っていたが、そういう試合は色々と準備が必要らしい。


 なので、相手はただの剣闘士だ。


「やろうか」


「ああ」


 俺は返事を返して剣を構えた。


 剣は不思議なほど軽く感じるし盾も多少は使えるが、やはり素手で戦ってきたプロレスラーとしては違和感が拭えない。


 身体のキレも全盛期以上だと自覚している分、不慣れな剣を振り回すことにかなりのストレスを感じている。


「どらぁっ!」


 俺は相手の剣を盾で逸らしながら距離をとった。


 逆に相手は慣れ親しんだ剣と盾の戦いを熟知しており、剣道のような洗練さは無くても器用に剣を操っている。


 普通の剣闘士の戦い方では、いずれ組まされる酷いカードでまともに戦えずに終わるだろう。


 ならば、少しずつでも自分の戦い方というものを確立しなくてはならない。


「ふっ!」


 剣を水平に振り、相手に盾を使わせた。


「おぉ!」


 相手はしっかりと踏ん張って俺の剣を受け止め、反対に剣を俺に向けて突き出してくる。俺はその剣を盾で受け流し、そのまま盾で相手の顔面を殴り付けた。


 入り方が悪く手応えもあまり無かったが、相手は盛大に倒れて地面を転がる。


 俺は盾を持ち上げて腕の動きを確認し、頷いた。


 やはり、そのまま殴る方が自然である。だが、両手に盾を持つとそれはそれで変だろう。


 俺がそんなことを考えていると、相手は剣を構えてこちらに向かってきた。


 怒りに任せた突進だ。


 案外、プロの格闘家の試合でもこういう勢いが勝敗を決することも多い。長い勝率で見ると、防御が上手い選手が大概は強いのだが。


「ぬぉおお!」


 迫力のある叫び声を上げて、剣が振られた。


 全力の一撃だろう。相手は受けるか退がるしか無いと踏んだ、自信の篭った一撃だ。


 その迫力に大半の者はその思惑通りに動く。


 だが、俺は相手の前に出された足の方向へ斜め前に進んだ。


 相手の背後を取る為の最短距離だ。


 足の運びなど、寝ていても出来るほど馴染んだ動きといえる。


 相手の背後に素早く移動した俺は、そのまま背中に抱き着くような態勢になり、相手を持ち上げた。


 その勢いを利用して後ろに反り返り、相手の頭を地面へと叩き付ける。


 ブリッジの状態になってから、俺は無意識にプロレス技を使ってしまったことに気が付いた。


 剣も盾もいつの間にか地面に投げ捨てている。


 砂とはいえ、思い切り地面に後頭部と肩を打ち付けた相手は意識など保てるわけもなく、俺は力を失った相手の身体を横に転がした。


 そして俺が立ち上がると、割れんばかりの歓声が響き渡った。


 どうやら、たまたま二人で倒れ込んで勝ったと思われたらしく、健闘と幸運を讃える声が多かった。


 俺は片手を上げて観客に応え、待機場へと歩く。


「おいおい、剣を捨てた時は何してんだと思ったぞ」


 流石にクレイドルには俺が何をしたのか理解出来たらしく、大いに驚いていた。


「咄嗟にな」


 俺がそう言って笑うと、クレイドルも笑って俺の肩を叩いた。


「さっきの後ろに回り込む動きは凄かったな! あれで剣を使えたらどんな奴も一発だぜ」


「そうだな」


 俺はクレイドルに返事をして、エメラに顔を向けた。


「ただいま」


 俺が何となくそう言うと、エメラは目を見開いて驚いた顔を俺に見せた。


 そして、花が咲いたように嬉しそうな笑顔で口を開く。


「お帰りなさい!」






 朝起きて、二人で顔を洗い、食事をする。次に剣の練習をして、他の剣闘士の動きを見て勉強する。


 昼も二人で食事をして、その日試合の剣闘士の世話をする。


 夕方に二人で食事をして、水浴びをし、一緒に寝る。


 試合がある日は、そのスケジュールの中に試合が組み込まれるだけだ。


 そんな毎日を二週間送り、エメラの表情は少しずつ明るくなってきた。


 そして、スプレクスが俺のもとへ来た。


「約束の日が来たぞ。明日の昼一番だ」


 どうやら準備が出来たらしい。


 俺はスプレクスの嬉しそうな笑みを見返し、頷いた。


「分かった。相手は誰だ?」


 俺がそう言うと、スプレクスは鼻を鳴らして目を細める。


「人じゃない。ゴブリン三体だよ。大丈夫。剣闘士なら大概の奴が戦える相手だ」


 スプレクスはそう言って笑ったが、クレイドルは厳しい目つきでその話を聞いていた。


 俺は頷いて了承の意を示した。

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