第34話
全ての試合が終わり、闘技場は冷めやらぬ熱気に包まれていた。
クレイドルの評価はうなぎ登りであり、驚異の熱戦を繰り広げたレインにも称賛の声が聞こえてくる。
そんな闘技場の舞台に、打楽器の音と共に再度スタンピッド国王が姿を見せた。
兵士達を連れた国王は、舞台の中央に立って観客達を眺め、口を開く。
「剣闘士達の戦い、まさに見事の一言であった! 恐らく、剣闘祭に出場した剣闘士の多くは我が王家や貴族達の勧誘を受け、騎士になる者も多く出ることであろう! だが、剣闘士という立場、そしてこの闘技場で武を競うことに魅入られた猛者達は、また来年もこの闘技場に帰ってくる! 来年もこの闘技場に訪れ、この場で観た素晴らしい闘いを記憶に焼き付けようではないか!」
国王はそう言うと、両手を広げた。
「それでは、表彰を行う! 今回の剣闘祭で最も多くの勝利を挙げたベアハグ剣闘士団よ、此処に!」
国王がそう言うと、国王が現れた方とは反対の扉から、肥えた黒い服の興行師、ベアハグを先頭に五人の剣闘士達が姿を見せた。
一番後方にはクレイドルの姿がある。
ベアハグ剣闘士団が胸を張り、晴れやかな表情で舞台の上を歩いていく。クレイドルはいつも通り、ゆったりした表情で真っ直ぐ前を向いて歩いていた。
兵士達が半円を描くように並び、その前に国王が立つ。
そして、ベアハグ剣闘士団の皆は横一列に並んで国王に相対する形で立ち、その場で跪いた。
目の前でこうべを垂れるベアハグ剣闘士団を見下ろし、国王は両手を前に出して手のひらを広げる。
「見よ! 彼らが今年の覇者である! ベアハグ剣闘士団には褒賞として金貨千枚と来年の剣闘祭への優先的出場権を与える! そして……」
国王はそこで一度言葉を切り、クレイドルへと視線を移した。
「特に素晴らしい闘いを見せてくれた剣闘士、クレイドル! 貴殿には二つの選択権を与える!」
国王がそう言うと、国王のすぐ後ろにいた兵士二名が前に出た。
片方の兵士の手の上には見事に輝く白銀のロングソードが置かれており、もう片方の兵士の手の上には赤いマントが畳んで置かれている。
「マントを手にするならば! クレイドルには王都騎士団の特別騎士の道が拓ける! まぁ、ここ三年程は断られているが、名誉のある素晴らしい地位である! 現在の騎士団長もこの特別騎士から騎士団長となり、騎士爵から男爵となっている!」
国王がそう言うと、観客の中からどよめきが起きた。奴隷が殆どの剣闘士が、爵位を持つ。これは凄いことなのだろう。
俺には何となく程度しか分からないが。
そして、観客の反応が収まるのを待った国王が再度口を開く。
「対して、まだ剣闘士を続けたいのならば、この剣を手にするが良い! 名工の鍛えたミスリルの剣である! バーディクトめは、馬に乗れんから騎士にならんと言い、更に剣は小さいからいらんと言った! 断る場合は言葉を選ぶように!」
国王がそう言うと、闘技場でそこかしこから笑いが起きた。
まぁ、バーディクトの巨体では仕方がない気もする。あのバーディクトの巨体が小さな馬に乗っているところを想像し、俺は想像の中の馬に同情した。
そんなどうでも良いことを考えていると、国王は手を下げてクレイドルに向き直る。
「さぁ、クレイドルよ! 貴殿はどちらを選ぶ!」
この流れはお決まりなのか、観客達は興味深そうにクレイドルの言葉を待った。
すると、クレイドルはゆっくりと立ち上がり、国王に頭を下げてから白銀の剣を持つ兵士の前へと移動する。
それを見て、観客達の驚きの声と納得したような声が入り混じった。
国王は苦笑交じりに頷き、剣の前に立つクレイドルを見た。
「やはり剣を選んだか。あの闘いぶりを見て、何となくこうなるであろうとも思っていた」
国王がそう言うと、クレイドルは無言で剣を手に取り、鞘を抜いた。
そして、振り向くと同時に国王を斬りつける。国王の反応が良かったのか、剣は国王の肩を切り裂いただけで済んだが、クレイドルはそのまま国王へと襲い掛かった。
国王はマントを内側から持ち上げて盾の代わりにし、剣を振るクレイドルから距離を取る。
マントにクレイドルの振る剣が当たると火花が散った。どうやら、あのマントはかなり特殊らしい。
「な、何を……!?」
兵士達が慌ててクレイドルに向かっていくが、クレイドルは素早く兵士達の間を縫うように走り、更に国王へと迫った。
レインとの闘いで見せたような猛攻だが、国王は見事にマントで受け流しながら攻撃を防いでいる。
「く、くく、クレイドルッ!? な、何をするんだ!?」
血の気の引いた真っ白な顔で団長のベアハグがクレイドルを抑えようと走るが、クレイドルに一刀の元に斬り倒されてしまった。
観客からの悲鳴や怒号が飛び交い、中には闘技場に入ろうとする者も現れる。
そんな中、クレイドルから距離を取ることに成功した国王がクレイドルを睨み据えながら口を開いた。
「貴様……私を殺してどうするつもりだ!? この場からは逃げられんぞ!」
国王がそう怒鳴ると、クレイドルは近づいて来た兵士を蹴り飛ばし、肩を揺らして笑い始めた。
「ふ、ふふ……! 悉くが的外れだ! オクラーホ・マ・スタンピッド四世! 馬鹿みたいな名前しやがって!」
「な、なんだと……!」
クレイドルが嘲笑いながら口にした言葉に、国王は思わず眉を顰めた。
その顔を見て鼻を鳴らすと、クレイドルは剣を国王に向けて、口を開く。
「俺は、貴様に滅ぼされたレッスル王国の王、トホールド陛下の近衛兵だった者だ。そして、陛下の死を見届けた者の一人でもある」
「レッスル王国の……そうか、捕虜奴隷か……!」
国王がそう言うと、クレイドルは剣を振りかぶり、周囲に迫る兵士達を切り倒して口を開いた。
「陛下は、我ら近衛兵に、俺に逃げろと仰られた! そして、自ら命を絶ったのだ! それから六年……貴様を殺すことだけを考えて剣を振り続けた! さぁ、泣いて詫びろ、スタンピッド! この場に、俺より強い者はいない!」
クレイドルがそう言って国王に斬りかかると、国王の前に三人の兵士が現れ、クレイドルの行く手を阻む。
しかし、クレイドルはものの数秒でその三人を斬り倒して逃げようとする国王へと迫った。
「マット! マットはいないか!?」
方々からそんな声が聞こえ、呆然としていた俺は顔を上げて周り見渡す。
観客席の中を何人もの兵達が走っていた。そして、その中にあの妙な王子の姿もある。
トルベジーノ王子は俺に気がつくと、険しい顔で口を開いた。
「マット! 頼む! 父上を助けてくれ!」
そう叫び、トルベジーノは自分の腰に差していた剣をこちらに放り投げた。
思わず立ち上がってそれを受け取り、俺は舞台の上で国王に剣を振るクレイドルの姿を見る。
殺せ、ということか。
と、俺の服をエメラが摘んだ。
目を向けると、エメラが青い顔で首を左右に振っていた。
「だ、駄目です! ヤマトさんは、鎧も着ていないじゃないですか! それに、今のクレイドルさんは、間違いなくヤマトさんであっても殺そうする!」
エメラの泣きそうな顔を見て、俺は頷く。
「そうだな……だが、このままだと、取り返しのつかないことになる」
俺はエメラにそう言い、剣を抜いた。
エメラの言葉で、逆に覚悟が決まった。
クレイドル。
俺が初めて会った剣闘士であり、俺の中での剣闘士というイメージを作った男。
そして、いまだに本気で戦ったことのない男だ。
俺は目から涙を零すエメラの頭を軽く撫で、笑いかけた。出来るだけ安心してくれるよう、力強く笑い掛ける。
「安心しろ。俺が最強だ。エメラが応援してさえくれたら、俺は誰にも負けない」
俺はそう言って、観客席から舞台へと飛び降りた。
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