第35話

 俺が全速力で走り、クレイドルの下へ行くと、クレイドルは目を細めて俺を睨んだ。


「マト……!」


 クレイドルは俺に向き直ると、剣の先を俺に突きつけた。


「やっぱ、あの酒を呑まなかったか……」


「ん? どういう意味だ?」


 クレイドルの台詞に俺がそう尋ねると、クレイドルは自嘲気味に笑った。


「あの酒には暫く動けなくなるような薬が入ってたんだよ。三日から四日は力が入らず、完全に快復するまで一週間以上はかかるって代物らしい」


 クレイドルの台詞に、俺は眉根を寄せる。


「……何故、そんなことをした? この日の為か?」


 俺がそう聞くと、クレイドルは肩を竦めて笑った。


「……お前と戦いたくないからだよ、マト。復讐の為ならば誰であろうと斬り殺す覚悟があった筈なのに、お前だけは殺したくなかった。だが、お前の実力だと手加減出来ないからな」


「凄い自信だな。俺に勝てるつもりか?」


 クレイドルの台詞に、俺はそう言って口の端を上げた。


 すると、クレイドルは息を漏らすように笑い、首を左右に振る。


「戦うつもりは無い。お前を倒す間に、間違いなくあの男を逃してしまうだろう。それでもどうしても戦うと言うのならば、あの男を殺してからだ」


 クレイドルはそう言って、国王へと向き直った。


 すると、国王は口を真一文字に結んでクレイドルを睨み、その場で胡座を掻いて座った。


「えぇい、分かった! 私はこの場でお前達の決着を待ってやろう! だが、貴様が勝ったとしても無抵抗で殺されると思うなよ、小童が!」


 国王がそう怒鳴ってクレイドルを見据えると、周囲の兵達が慌てて国王に逃げるよう進言するが、国王は頑として聞かなかった。


 俺はトルベジーノの剣をクレイドルに向け、口を開く。


「これで心置き無くやれるな。とはいえ、俺と戦っている内にレインかバーディクトでも来たらお前でも危ないかもしれんが」


 俺がそう言うと、クレイドルは苦笑して首を左右に振った。


「レインはあの闘いで骨を何本か折っているし、バーディクトは薬入りの酒を飲ませた」


 クレイドルはそう言って俺に向き直り、剣を構える。


「後は、お前だけだな」


 そんなクレイドルの台詞を皮切りに、俺の剣とクレイドルの剣がお互いの顔に向けられた。奇しくも、二人揃ってロングソード一本である。


 クレイドルは軽装の鎧を着ていて、俺はただの布の服だが、それ以外は同条件だ。恐らく、トルベジーノに渡された剣もクレイドルの持つ剣と同等の逸品だろう。


 俺は剣を握り直し、クレイドルに向かって少しずつ距離を詰めた。


 クレイドルの戦い方はよく知っている。本気の動きもレインとの闘いによって露見したと言えるだろう。


 だからこそ、まだるっこしく様子見などする必要は無い。


 そう考えてクレイドルとの距離を潰す俺を見て、クレイドルは片方の眉を上げて皮肉げな笑みを形作った。


「舐めるなよ、マト。いや、『暴君マット』と呼ぼうか。暴君の弱点は、俺が一番知っているんだ」


 そう言うと、クレイドルは俺が剣を持つ右手の方向へ回り込むように動いた。


 斜め前に来たクレイドルに対して剣を振って有効打を与えるには、このままだと態勢と間合いの関係で難しい。


 俺はクレイドルに体の正面が向くように足を開きながらクレイドルに向き直った。


 すると、クレイドルの剣は既に俺の剣目掛けて振られていた。


 力ずくでクレイドルの剣を弾き返し、更に俺の後ろへ回り込もうとするクレイドルの姿を追い掛ける。


 クレイドルは俺が身体の向きを変えようとする度に出鼻を挫くように剣を振って来た。俺がその剣を弾き返しながらクレイドルを追いかけていると、クレイドルが次々と剣を振りながら口を開いた。


「悔しいが、力も速さもお前が上だ。極め付けなのはその異常な戦闘の勘……特に間合いの取り方は老練な技術の塊だ。何処でそんな戦い方を学んだのかは知らないが、いずれお前は誰にも手に負えない、本物の暴君になるだろう」


 そう言いながら、クレイドルは俺の横を滑るように動きながら器用に剣を振ってくる。


 そして、俺の剣のつばの部分に引っ掛けるように剣を振った。


 しっかりと剣を握っていた為剣を飛ばされることはなかったが、腕を剣に引っ張られて僅かに態勢を崩してしまう。


 それを見て、クレイドルは素早く足を伸ばした。


 腕を伸ばすようにして上半身が流れた俺の腰の辺りを、クレイドルの足が強く蹴った。


 その一発で俺は転倒して地面を転がる。


 やばい。


 俺はそう思って更に前方に転がり、剣を縦に持って背後を振り返った。


 だが、クレイドルは俺を追撃もせずにその場に立ち、油断なく剣を構えなおしていた。


「……お前の身体能力や戦闘の勘に騙されがちだが、お前は剣が出来ない。剣の技術が無いというわけじゃなく、剣が使えないんだ」


 クレイドルは不思議なことを言って、目を細めて俺を見る。


「……剣術が下手だと言いたいんじゃないのか?」


 俺がそう言うと、クレイドルは探るような眼で俺を見据え、口を開いた。


「俺や、他の剣闘士は子供の頃は棒切れを持って戦いの真似事をして遊んだもんだ。子供の憧れはいつでも英雄の物語に出てくる勇者や騎士だからな。そうやって、皆自然と剣の扱い方を覚える。ちゃんとした剣術なんてのは後付けの奴が殆どなんだ」


 クレイドルはそう言って、剣をその場で曲芸のように回してみせた。


「……素手で戦うのを信条にした武闘家の家で育ったのかは知らないが、お前は棒切れを振り回すことなく今に至ったんだろ? だから、素手の距離に入らずに攻め続ければ、お前が俺に勝てる可能性は皆無だ」


 そう言って、クレイドルはまた俺の右手の方向に向かって移動を開始する。


 なるほど。繊細な位置どりだと俺に勝てないから、常に一歩分多めに距離を置いて嬲り殺しにする気か。


 同じようなリーチに武器も同じだが、俺は近接戦闘のスペシャリストであり、クレイドルはオールラウンダーだ。相手の得意な距離に合わせる必要は無いということだ。


「……クレイドル。さっきの台詞を、そのままお前に返そう」


「あん?」


 俺が口の端を上げて言ったセリフに、クレイドルは無意識にいつもの雰囲気で生返事を返して来た。


 俺はそれを見て笑い、口を開く。


「舐めるなよ、クレイドル。いや、『ジャンボ・クレイドル』と呼ぼうか。お前の弱点は、俺が一番知っているんだ」


 俺がそう言うと、クレイドルは眉根を寄せて目を瞬かせた。


「誰がジャンボクレイドルだ」

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