第5話
【少女視点】
兄さんが死んだ。
孤児のグループに入れなかった子供は死ぬしかない。そんな最低限の常識も無い私を、兄さんは助けてくれた。
たった独りきりでも生きてきた兄さんは、泣いてばかりで足手纏いの私に居場所を与えてくれた。
血は繋がっていないが、兄さんは捨てられて泣いていた私の食べる物を手に入れる為に必死に街の中を駆けずり回ってくれた。
落ちた肉やパン、捨てられた野菜や果物。
決して良い物では無かったけれど、兄さんが必死に掻き集めてくれたものだ。
二人で噛み締めて食べた。
私が囮になり、兄さんが旅人から金を盗るなんてこともやった。
この街に住む人で無ければ、逃げ切れば諦めてくれるからだ。
何度か成功したが、失敗することも多かった。二人で殴られ、蹴られ、壁に叩きつけられた。
兄さんは涙を流しながら、私に失敗したことを謝っていた。私もその姿を見て泣いた。
多分、兄さんは一人なら何とか生きられたのだ。私という足手纏いがいたせいで、段々と弱くなってしまったのだ。
孤児のグループと喧嘩になっても引かなかった強い兄さんは、剣闘士になって偉くなると言っていた。
なのに、数年もしない内に兄さんはまともに動けなくなってしまった。
恩返しの為に、今度は私が必死に食べ物を探した。
だけど、私では全然食べ物を見つけられなかった。
日に日に衰弱していく兄さんを見て、焦燥感に駆られた私は店の前にある食べ物を盗んだ。
兄さんが絶対にやってはいけないと言っていたのに。
三回目で見付かってしまい、私は兄さんを連れて街の反対側に逃げることになってしまった。
兄さんは「大丈夫、ありがとう」と言ってくれたけど、新しい場所には他の孤児のグループが縄張りにしているのだ。
大丈夫なわけがない。
私は何度も謝り、必死に食べ物を探した。孤児のグループに見付かり、何度も叩かれた。
ようやく、パンの一切れを拾って帰った時、兄さんはもう冷たくなっていた。
私は悲しくなり、泣き叫びながら怒った。
パンを踏み付け、蹴り飛ばし、壁に体当たりして地面を転がった。
そして、兄さんの身体に抱き付いて泣き続けた。
死のう。
兄さんと一緒に死のう。
それが一番幸せな最後だ。
私はそう思って兄さんの隣に座り、目を閉じた。
時間が経ち意識が朦朧としてきたその時、何か声が聞こえた。
私が被っていた布が剥ぎ取られ、誰かに見られた。
目を向けると、そこには剣闘士の人が立っていた。剣闘士のその人は、肉を一杯手に握り締めてこちらを見下ろしていた。
いいなぁ。やっぱり、剣闘士は凄いんだ。お肉を一杯食べられるんだ。
そんなことを、何となく思った。兄さんが憧れた剣闘士だ。凄いに違いない。
そう思っていると、剣闘士の人は何処かへ行ってしまった。
こんな細い身体の私に興味は無いだろう。兄さんが生きていたら、きっと剣闘士になれと言われたに違いない。
でも、兄さんは優し過ぎたから、私を置いて剣闘士になるなんて出来なかったかもしれないな。
本当に、私は足手纏いだ。私がいなければ、兄さんは……。
「温かいスープだ。飲めるか?」
そっと目を閉じたその時、そんな声が聞こえ、私は顔をあげた。
さっきの剣闘士の人が立っていて、私の前に温かいスープが置かれている。
喉が鳴った。
でも、何故この人が私にスープをくれるのか。このスープには毒でも入っているのか。
そんなことがグルグルと頭の中を巡ったが、どうせ死ぬつもりだったのだとスープを飲むことにした。
温かいスープを口に含んだ瞬間、身体に染み渡っていくような心地になる。
味も信じられないくらい美味しい。
私は夢中でスープを飲み干した。
すると、剣闘士の人は水をくれ、更にお肉までくれた。
まだほんのりと温かいお肉だ。
噛み付き、お肉を口の中で味合う。
甘く肉汁の溢れるお肉に、私は涙が止まらなくなった。
この世のものとは思えないほどの美味しさだと思った。そして、兄さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
私だけがお肉を食べたと知ったら、兄さんはどう思うだろうか。
怒るだろうか、笑うだろうか、悲しむだろうか。
それとも、喜んでくれるだろうか。
私がそんなことを思いながらお肉を食べていると、剣闘士の人が私を見て口を開いた。
「……付いてくるか?」
その人は、優しい声で私にそう言った。
体が大きくて顔は怖い。けど、どこか兄さんに似ている気がした。
兄さんのことはどうしよう。
兄さんと一緒に行けるなら、剣闘士の人に付いて行ってみたい。
そう言ったら、剣闘士の人は眉間に皺を作って頷き、兄さんの身体を抱えてくれた。
私の手のようにほっそりと細くなってしまった兄さんの腕を見てまた涙が溢れそうになったが、何とか堪える。
と、前を歩く剣闘士の人が私に横顔を見せて口を開いた。
「……俺はヤマトだ。お前の名は?」
「あ、わ、私は、エメラです」
私がそう言うと、ヤマトと名乗る剣闘士の人は「そうか」と呟いてまた前を向いた。
私は久しぶりに自分の名を口にして、何故か地面を歩く足に力が入ったのを感じた。
兄さん。私、頑張ってみるね。
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