第11話

 舞台に足を踏み入れた瞬間、盛大な歓声が上がった。


 今までで最大の歓声に少し驚いたが、考えればこれが初のメインだ。当たり前のことなのかもしれない。


 と思っていると、何処からか俺を呼ぶ声も聞こえてきた。


「ゴブリンスレイヤー!」


「小鬼ゴブリン殺し(キラー)のマットー!」


 何やら物騒な二つ名が付きつつあるらしい。


 俺は仕方なく剣を掲げて歓声に応える。


 ゴブリンスレイヤーの名を返上出来るように戦わなければならない。


 俺が決意も新たにしていると、一際大きな歓声が反対側から広がってきた。


 反対側の扉から、太い男が姿を見せていた。一言で言うなら太いという言葉が似合う男だ。鉄の鎧を身に付けているのだが、鎧が窮屈に見えるような肉厚な身体をしている男だった。


 確か、パイルという名だったか。


 パイルは腕や脚も太いが、首も太い。そして、その体重から察するに力も強いのだろう。だんびらのような大振りの剣を片手に持ち、もう片方の手には一メートルくらいの幅がありそうな菱形の厳つい盾を持っている。


 俺もメインで戦う為に見栄えの良い少し大きめの鉄のロングソードと盾を持っているが、相手の物と比べると貧相に見える。


 パイルはこちらに向かってゆっくり歩いてくる。パイルと俺の距離が詰まるごとに、歓声が大きくなっていくような気がした。


 俺は剣を構え、パイルに向かって自ら歩を進めた。


 お互いの距離が近づくと、パイルの装備がどんなものか詳細に分かってくる。使い古した鉄の鎧と剣、盾だ。


 傷や凹みのある鎧を見る限り、かなり長いことこの装備で戦ってきたのだろう。


 つまり、防御はかなり堅牢な筈だ。


 俺はパイルの顔を睨み据えると、敢えて真っ直ぐに立ち向かうことにした。


 恐らく、あの分厚い身体を見て殆どの者が正面からぶつかるのを避けただろう。だが、力自慢と殴り合う戦いというのは大概盛り上がるものだ。


 俺は剣と盾をしっかりと持ち直すと、パイルの真正面に立った。パイルは目を開いて驚いた顔をしたが、実に男らしい笑みを浮かべて白い歯を見せた。


「この俺に力で勝てると思うなよ」


「俺も力には自信があるもんでな。力比べといこうか」


 そんな会話をすると、パイルは獰猛な笑みを浮かべて剣を振り上げた。


 重そうな剣が俺の頭目掛けて振り下ろされる。俺はその剣を盾で受け止めた。


 激しい音に顔を顰めながら、俺は剣をパイルの盾に叩き付ける。


 踏ん張りが甘かったのか、俺の一撃を受けたパイルの身体の軸がズレた。


 上半身を斜めにしながら衝撃に耐えたパイルは、驚いた顔をして俺を見る。


「……はっ、はっははは!」


 パイルは突然笑い出すと、剣を思い切り横から振り回してきた。


 技術も何も無い力任せの一撃だ。避けるのは簡単だが、それでは面白くない。


 俺はパイルの剣を盾で受け止め、反対にこちらからも思い切り剣を振り回す。


「ぬぅ!」


「おぉ!」


「せぃ!」


「ふっ!」


 自動車が衝突するような轟音を響かせながら、俺はパイルと交互に剣で打ち合った。


 俺達が打ち合うたびに割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響く。


「どら!」


 俺に弾き飛ばされ掛かっていたパイルが、反動をつけてこちらに戻ってきた。


 体重の乗った勢いのある剣が振られる。


 嫌な予感がした俺は反撃を一度諦めて盾と剣、二つを使ってパイルの剣を防いだ。


 轟音が響く。今までで一番強い一撃だ。鉄の盾が悲鳴を上げている。


 体重の差もあり、俺はたたらを踏んで二メートルほど吹き飛ばされた。


「お」


 態勢を整えていると、パイルのそんな声が聞こえて俺は自分の持つ剣と盾を見た。


 盾は大きく凹みヒビが入ってしまっている。そして、剣は半ば程で折れ曲がっていた。


 これほど傷んだ盾ではもうまともに剣を受ける訳にはいかないだろうし、曲がった剣は俺では上手く扱うことなど出来ないだろう。


 俺の剣と盾の状態を見たパイルは口の端を上げて剣を構えた。


「さあ、負けを認めろ。そして、またやろうぜ」


 パイルはそう言って笑い、盾を持ち上げてみせる。


 俺は曲がった剣をパイルに向けて笑った。


「俺は負けず嫌いなんだよ」


 そう言って、俺はパイルに向けて走り出した。パイルは眉間に皺を寄せると、すぐに腰を落として臨戦態勢に戻る。


「馬鹿が!」


 そう怒鳴り、パイルは盾を前にして剣を構えた。


 そのパイルに、俺は剣を投げつける。


「ぬぉ!」


 パイルは首を竦めながら飛んできた剣を盾で防ぎ、走り寄って来る俺に向かって剣を振るった。


 腰の入っていない腕の力だけの剣だ。


 その剣を、壊れかけの盾で防ぎ、俺はパイルの身体に飛びかかった。


 パイルの前に出された左腕を掴み、パイルの身体を引き込みながら更に前に出る。


 パイルの足よりも奥に出した足を軸に身体を回せば、俺はもうパイルの背後に回り込んでいた。


 反撃を受けないようにパイルの腕を背後から拘束し、腰を落としてパイルの重心の下に身体を入れる。


「あぁっ!」


 全身のバネを使い、パイルの腕を拘束したまま巨体を持ち上げ、そのまま後方へ倒れ込む。


 パイルの体重が不安だったが、まるで子供を投げるように見事に俺はパイルの身体を持ち上げ、頭から地面へと叩き付けた。


 思わず、そのままホールドして3カウントを待ちそうになるが、この舞台ではそれで決着とはならない。


 俺は力の抜けたパイルの身体を地面に横たえ、パイルの剣を奪って立ち上がった。


 数秒、パイルが立ち上がらないか見下ろし、そして、俺はパイルの剣を天高く掲げる。


 直後、闘技場を地鳴りのような大歓声が包み込んだ。


 観客の興奮した絶叫のような歓声を聞き、俺は笑いながら歓声に手を振って応える。


「ぬ……ぅぐ……」


 その時、パイルが呻き声を漏らして身動ぎした。ゆっくりと横向きだった身体を動かし、仰向けになる。


「……ま、負けたのか」


 パイルが呆然とそう呟き、俺は頷いた。


「またやろうか」


 俺がそう言うと、パイルは地面に寝転んだまま笑い出した。


「わっはっはっは! ああ、またやろう!」


 パイルはそう言って、また笑った。

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