第28話
バーディクトに俺が勝ったことにより、スプレクス剣闘士団の知名度も更に上がった。
俺以外の何人かも名を覚えられ、ファンも付いたらしい。
ちなみに、俺も何故か貴族の子女や大商人の娘などの育ちの良さそうな女性ファンが多くついた。剣で相手を斬ったりしてないからクリーンなイメージでもついたのだろうか。
王都ゴングの露店などで暴君の肉串なる食べ物と暴君の毛皮服なる物が販売されているとのこと。飛ぶように売れているというから不思議だ。
しかし、前回のスロイダー剣闘士団との敗戦はスプレクス剣闘士団の面々には重くのし掛かっており、次の十三日の午前中に組まれた第六戦のスタナー剣闘士団との戦いは二勝三敗で負けた。
残すは十五日と二十日の第七戦と第八戦、そして最終日である第九戦のみだ。
そして、十五日の第七戦は、クレイドルがいるベアハグ剣闘士団である。
十五日、第七戦の当日。
スプレクス剣闘士団の中に流れる空気は複雑だった。今までスプレクス剣闘士団の看板剣闘士として、仲間として頑張ってきたクレイドルが、今度は敵として姿を現すからだ。
組み合わせを貰いにいったスプレクスが居ない中、俺とエメラは待機場の隅で座っていた。
「……ヤマトさん、クレイドルさんと戦えるんですか?」
「ああ、問題無い」
「私は、ヤマトさんを応援しますし、勝ってほしいです。でも……クレイドルさんとはこんな形で戦って欲しくなかった……」
涙声でそう話し、鼻をすするエメラの頭を軽く撫で、俺は口を開く。
「大丈夫だ。俺に任せとけ」
俺がそう言うと、エメラはふっと笑い、肩の力を抜いて俺に寄り掛かった。
この信頼を裏切るわけにはいかない。
俺はこれまで以上に気合を入れて試合の時を待った。
しばらくして、ドタバタと不恰好に走るスプレクスが待機場に戻ってくる。
「おぉい! マット! これを見ろ!」
スプレクスに呼ばれて腰を上げると、スプレクスは木の板を俺の前に突き出した。
組み合わせの順番が書いてある木の板だ。そして、そこには俺とクレイドルの名前もあった。
しかし、順番が違う。
クレイドルは三番目に出て、俺は最後の五番目となっている。
「……クレイドルはベアハグ剣闘士団の看板を倒したと言っていたが」
俺がそう口にすると、スプレクスは難しい表情で頷く。
「ああ、一昨日の試合じゃあ大一番を飾ってたぜ。これまでずっとだ。今日に限って……まさか、マットとやりたくねぇから順番変えたのか?」
「順番を変えて良いのか?」
「そりゃお前、怪我したり死んだりするからな。目立たないけど骨が折れてますってなれば入れ替えは普通だ。ただ、剣闘祭は王様に見せる試合だろ。大一番はやっぱり看板を出すってのが剣闘士団の誇りというか、常識みたいなやつなんだよ」
スプレクスはそう言って唸ると、木の板を俺から引っ手繰るように奪った。
「お前の相手は本来のベアハグ剣闘士団の看板、ブルドだな。ブルドと大一番出る為にまた争って負けた、とかか?」
クレイドルが負けたかもしれないと聞き、エメラが驚きの声を上げる。
「ブルドって人、そんなに強いんですか?」
エメラが尋ねると、スプレクスは浅く頷いた。
「性格には難有りだけどな。間違いなく強いぜ。剣闘祭にも何度か出てるし、全部看板として戦ってる」
スプレクスの台詞を聞きながら、俺は舞台のある方へ目を向ける。
ブルドの強さは、戦えば分かる。クレイドルが俺との戦いから逃げるとは思えないが、余程の相手でなければ負けるイメージも湧かない。
「……考えても仕方がないか」
俺はそう言って気持ちを切り換えると、ベアハグ剣闘士団と戦う他の剣闘士達の様子を見に行くことにした。
しかし、クレイドルが敵になったことがプレッシャーになっているのか。結局勝ったのは一人だけだった。
そして、クレイドルは危なげなく勝利し、いつも通りの強さを見せ付ける結果となった。
「……頑張ってください」
エメラの応援も力が無く、不安に押し潰されそうな顔をしている。
いつものクレイドルを見て、ブルドの強さを心配しているのかもしれない。
「行ってくる」
俺はエメラを安心させるように笑い、そう言った。
舞台に上がり、歓声が洪水のように俺の身体に響く。声が圧となり、俺の身体を押し潰そうとしているみたいだ。
だが、歓声が最高潮に達し、俺が手を挙げた瞬間、歓声が見る見る間に静まっていった。
視線を感じて俺が振り返ると、反対の扉の前にはいつの間にか誰かが立っていた。
両方の手に大きな鉈のような形状の剣を持ち、ちぐはぐな形の軽鎧を着た男だ。焦げ茶色の長い髪を振り乱し、骨を模した形の兜を被っている。
狂戦士……これがブルドの二つ名である。
その名に相応しい手段を選ばない戦い方により、普段の興行では中々対戦相手がおらず、もっぱら魔物との試合を組まれているらしい。
それ故にカルト的な人気もあり、ハンギング剣闘士団のように戦いを避けられる存在でありながら、その圧倒的な戦闘力と暴力的な存在感で剣闘祭に推薦されている。
それだけの強さは、確かに興味深い。
俺がブルドに向き直りながらそんなことを思っていると、ブルドは姿勢を低くして地を蹴った。
突然の戦闘開始だが、観客の多くが驚いた様子も無く大きな歓声が上がった。連続的な打楽器の音が響く中、ブルドは全力疾走に近い速度で俺に向かってくる。
「カ! カカカカッ!」
ブルドは口の端を限界まで引き上げてブルドは嗤っていた。奇怪な笑い声を発しながら、ブルドはあっという間に俺の目の前に迫る。
俺は攻撃のタイミングをずらそうと後ろに下がりながら剣を振り下ろしたが、ブルドは双剣の一つで俺の剣を捌きながら地面を斜めに転がった。
気がつけば、今の一合でブルドは俺の斜め前に立ち、剣を振り被っている。
上手い!
思わず手放しで褒めそうになった。
俺は盾でブルドの剣を受けながら、ブルドの腹を横から蹴り付ける。ブルドは地面を転がっていくが、俺の蹴りが当たる瞬間、ブルドは立ったまま片方の膝を大きく挙げて身体を丸め、俺の蹴りを膝と肘で防いでいた。
眼が良い。反射神経もまさに獣のようだ。
その上、下地には確かに剣闘士としての技も残っている。
普通の剣闘士は相当にやり辛い相手だろう。
「カカッ!」
ブルドは笑い声を上げると、跳ね起きるように立ち上がった。
そして、構え直す暇などなく、再度走り出す。
剣を突き出して牽制すると、またもブルドは鉈のような剣で器用に捌きながら転がる。
転がってきた先に向かって盾で殴りつけると、転がりながらブルドは俺の盾を剣で弾いた。
後ろに飛び退くと、俺の足があった場所をブルドの剣が払う。
そこをこちらから剣で斬りつけ、ブルドは剣で受け流す。
斬る、殴る、蹴る。
斬撃と打撃を織り交ぜても、ブルドに決定打は入らない。
「カカカ……! お前、強いじゃないか!」
「喋れるのか、お前」
ブルドの台詞に思わずそう返すと、ブルドは目を丸くした。
そして、吹き出すように笑い、俺の首を狙って剣を振る。
「面白い奴だ……! カカッ!」
「お前には負ける」
剣を防ぎ、俺は接近してきたブルドの横っ面を殴りに盾を突き出した。
ブルドは後方に転がって俺の盾を避けると、双剣を構えた。左右に手を広げるような不思議な格好をしたブルドは、俺に向かって真っ直ぐに歩いてくる。
動体視力と反射神経を活かし、相手に先手を取らせる気だろう。
だが、舐めてもらっては困る。
剣闘士として異色な戦い方をするという意味では、俺も負けていないのだ。
俺は不敵に笑い、ブルドと同じように両方の手を左右に広げた。
ブルドは面白そうに俺の顔を見ると、更に近付いてくる。
「……やっぱり面白いな、お前」
ブルドはそう言うと、足を振り上げた。
砂が舞い、視界の一部が失われる。
ブルドの剣が振られる気配がして、俺は盾と剣で身体を守りながら後方へ跳んだ。
どっちだ。
俺は視界を出来るだけ広くとり、ブルドの次の手に備える。
盾を持つ左手側に、ブルドの影が見えた。俺は低い高さで剣を振り、ブルドを攻撃する。
弾かれた。
「カカッ! もらった!」
ブルドが俺の隣にまで移動し、そう叫んだ。
だが、俺は首を狙って振られた剣を盾で防ぎ、もう片方の剣を持つ手の手首を掴んだ。
「なっ」
ブルドの驚く声が聞こえる。
盾を捨て、もう片方の手も掴んだ。
「捕まえた」
俺がそう言うと、ブルドは歯を剥き出して口を開く。噛み付きまでするのか、こいつ。
俺はブルドが顔をこちらに寄せる前に、両手を捻りあげる。
痛みに声を漏らすブルドが剣を手放したのを確認し、俺はブルドの身体を反転させ、ブルドの背中に自分の肩をくっ付けた。
ブルドを持ち上げ、俺の両肩の上でもがくブルドの首と片方の腕、そして片足を固定し、締め付ける。
「ぐぁああっ!?」
弓なりに背中を反らされたブルドの背骨が悲鳴をあげる。鎧の隙間が多いから出来た荒技であろう。
大歓声が巻き起こる中、存分にブルドを痛め付けた俺は、そのままブルドの顔面が下になるように地面に倒れ込む。
ブルドの骨を模した兜が砕け、ブルドは地面に大の字になって倒れた。
そして、俺は両手を挙げて観客に応える。
ベアハグ剣闘士団との戦いは、二勝三敗となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます