第13話

 メインで戦った次の日。俺は街の中を歩き回ったことを後悔することになった。


 昨日の一戦で俺の名はかなり広まったらしく、あの屋台の女が俺の特徴とエメラの特徴を話した為、すぐに俺は注目を集めることとなった。


 声を掛けてもらえるのは嬉しいが、エメラが萎縮するし、何より歩きづらい。


 大通りを歩き終わる頃には、俺とエメラの手には肉の刺さった串が二本と赤いマントが握られていた。意味が分からない。


 まあ、肉の刺さった串は屋台の女に、そしてマントは服屋の店主に貰ったのだが。


「す、凄かったですね……」


「ああ……」


 俺とエメラはそんな会話をして闘技場へ戻った。


 ちなみに、夕食後にそっとマントを試着していると、たまたまクレイドルに見つかり、例の如く爆笑されてしまった。


 個人的には似合っていると思ったのだが、どうやらクレイドルのツボに入ったらしい。



 更に二日後、この街での興行も終わり、俺達はまた次の街へと移動した。


 剣闘士団の仲間に笑われはしたが、旅の間はマントがあってかなり助かった。ただ、エメラには大き過ぎた為、寝る時にだけ身体に巻き付けて寝袋代わりに使っていたのだが。


 二週間ほどの旅を何とか終えて辿り着いた次の街は、海に面した街だった。ドラゲート海という海を眺めながら歩き、その街へと辿り着いたのだが、街はこれまでで最も栄えた街だった。


 名前はルーチャというらしい。


 街の中に入るとこちらは前の街と違ってカラフルな建物が多かった。海には大小様々な帆船が行き交い、港にも多くの船が並んでいる。


 活気のある街の中を通り抜けて街の外れにある闘技場に行くと、そこにはすでに別の剣闘士団が集まっていた。


 俺の所属する剣闘士団も他人のことは言えないが、随分と柄の悪い雰囲気の剣闘士団である。


 スプレクスはその剣闘士団を見て顔を顰めた。


「おいおい、なんでハンギング剣闘士団の奴らがいやがる……」


 スプレクスがそう呟いていると、向こうから白髪をオールバックにした男が歩いてきた。眼帯をした強面の男だ。年齢はスプレクスと同じで五十歳ほどだろうか。


 その男はスプレクスに近付くと急に笑顔を浮かべて両手を広げた。


「ぃよー! スプレクスじゃねぇか! 久しぶりだな!」


「おお、ハンギング! ようやく会えたな、おい!」


 ハンギングという男が声を上げると、スプレクスにも呼応するように急に笑顔を貼り付けて返事をした。


 そして、二人はお互いの体を一度抱きしめ、握手をする。


「何だ何だ、今日はトラース剣闘士団の奴らかと思ってたぜ」


「おぉ! トラースは急に用事が入ったとかでまだ来てねぇぞ! 一ヶ月くらいしたら来れるとか言ってたがな!」


「なんだよ、愛人でも作りやがったな!」


「わっはっはっは!」


 二人は肩を組んでそんな会話をして笑いあっていた。


 俺が首を傾げていると、クレイドルが側に来てそっと口を開いた。


「あのハンギング剣闘士団の興行師は、スプレクスと同じ時代に剣闘士やってたんだよ。ただ、両方あんまり評判は良くなかったが、ハンギングの方は本当にヤバかったらしい」


「ヤバかった?」


 俺がクレイドルにそう聞き返すと、クレイドルは神妙な顔で頷いた。


「対戦相手は殺せる時に殺しておくってのが信条だそうだ。だから、ハンギング剣闘士団の剣闘士の奴らもそう教えられている」


「……そんな奴らが良く剣闘士団として活動出来てるな」


「剣闘士ってのは結局使い捨てなんだよ。そういう殺し合いも一部では相当金になる。ただ、剣闘士としての誉れである王都の剣闘祭に出たいってのがあるから、普通の街でも一応剣闘士団として興行してんだよ」


「それが、剣闘祭に出る条件か?」


 俺がそう尋ねると、クレイドルは目を瞬かせた。


「おい、知らなかったのか? 五人くらいの小さい剣闘士団も入れたらかなりの数の剣闘士団があるんだよ。だから、十の主要な街で興行が出来る大きな剣闘士団の中から、各街から一つずつ推薦される。この前のリブレイの街ではマトのお陰でかなり目立ったからな。もしかしたらリブレイから推薦されて剣闘祭に出られるかもな」


 クレイドルはそう言って呆れたような顔をした。


 どうやら、単純に強い剣闘士が所属する剣闘士団が剣闘祭に出られるわけでは無いらしい。王の前で戦いを披露するということもあり、魅力的な戦いをして国民から支持をされた剣闘士団が御前でその勇姿を披露することが出来るそうだ。


 リブレイの街からいくつかの剣闘士団が推薦され、王都で被らないように精査されるとのこと。


 ちなみに、大体の剣闘士団は一ヶ月ごとに街を巡っていき、推薦された剣闘士団は剣闘祭の前の月に王都へ移動を開始する。


 そして、十の街で推薦されなかった剣闘士団は、年末は王都以外の街を巡るので金に困ることはない。


「そんな背景から、これまでハンギング剣闘士団は推薦されたことが無いって話だ」


 クレイドルはそう言って、話を切った。


 確かに、クレイドルの話を聞いてからハンギング剣闘士団の連中を見ると、妙にギラギラとした目つきをしている気がする。


「……剣闘士らしいと言えば剣闘士らしいのか」


 剣を持って戦うことを生業としている者達だ。


 生き残る確率を上げるならば、敵は減らした方が良いだろう。


 ただ、観客がいるエンターテイメントとしての戦いならば、話は別だ。


 後に人気を得る良い剣闘士も死なせてしまっているとしたら、そんな悲しいことは無い。


 俺ならば、剣闘士としてではなくプロレスラーとして、剣闘士の考え方や試合のルールを変える。


 そして、出来るならもっと自由度を上げて、バラエティ豊かな戦いを披露したい。死なないように工夫すれば、バトルロワイアルとて夢では無いのだ。


 俺はスプレクスとハンギングの笑い合う姿を眺めながら、そんなことを考えて溜め息を吐いた。


 一介の剣闘士が考えることでは無いか。


 俺は不安そうに俺の服の裾を掴んでいるエメラの頭を撫で、エメラに笑いかけた。

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