第34話 言いたい
普段なら入院を嫌がるであろう
病気の進行具合については母からそれなりの事は聞かされた。
「きっと大丈夫よ。」
などと母から言われても
このタイミングで2人の体が元に戻ったことも、
そう
それがわかったところで何を理解できるというのだろうか。
久しぶりの高校生の体に
何かを触る度に、若くて白い手を見ては「ああ、そうか。自分はもう自分の体に戻ったんだ。」と少しずつ理解するほどだった。
だからといって喜ぶことなど一切なかった。
自分が本当に必要としていたものは何だったのか。
若さや自由といった単純なことではないこと。
「ババア、見舞いに来たぞ。」
病室前に置かれている殺菌消毒スプレーを手にこすりつけてから、
二週間前の姿が想像がつかないほど・・・・・いや、あの威厳があって誰からも怖いと思われていたあの体格のいい京子の姿。
あの姿はもうどこにもなかった。
入院してからというもの、一気に体は痩せてゆき見舞いにくる度に元気がなくなっていっていた。
「ババア・・・・なにか話してくれよ。」
一気にやせてしまったせいで、ほほの肉が垂れ下がり骨の形が浮き上がっている。
気のせいか、髪の毛も薄くなっている。
こんなにも人間というものは一気に変わってしまうものなのか。
まだ心の準備もできていないというのに。
「話し相手がいないとつまんないよ。畑の野菜とかさ、続きどうやって育てたらいいかわかんないんだ。教えてよ・・・。」
すると、ゆっくりと
「あ、起きた・・・。」
「ババア、大丈夫か?」
「
「そうだよ。見舞いに来たんだ。」
「学校は?」
「行ってない。今はそんな気分になれないし。」
「年寄りの見舞いになんか来んでええけ。学校に行け。」
いつも通りのその言い方に
このままいつも通りの
そう思った。
「ババアが家に戻ってきたら、学校行ってやるよ。家にババアがいたらうるさくてたまんないからね。せっかく体が元に戻っても、どうせいつもみたいにうるさく言うんだろ?」
「昨日、
「あ、そうなんだ。」
「
「マジで!?知らなかった。」
「ご近所さんも昔からの友達の
「そ、そんなに見舞いに?」
「こうやって来てくれることはわかっちょった。わざわざ来てもらって悪いことした。気を遣わせてしまったけんねぇ。」
「そんなことないだろ。みんなババアが心配なんだよ。なかなかモテるじゃん!」
「こうやって見舞いに来てくれちょるんは、私がいい人間だったからじゃないけぇ。まわりが自分をいい人間にしてくれてたんじゃ。」
「どうゆうこと?」
「
「さ、最後って?最後とかいう言葉を使うなよ。縁起でもないだろ。」
「いいから黙って聞け。大事なことじゃけぇ。」
「な、なに?」
もしかしたら遺産相続のことだろうか。遺言だろうか。
それとも我が家に何かとんでもない秘密でもあるのだろうか。
しかし、
「お前のベッドの下にホコリがたまっちょった。掃除しとけ。」
「はあああ!?なにそれ!びっくりするじゃん。何かすごいことでも言うのかと思ってたのにさ!」
呆れている
その後、
「ババア、また来るよ。」
「もう来んでいい。学校に行け。」
「また、そんなこと言いやがって。これだからババアは・・・・。」
そう言って病室を出ようとした時、
「あ、あのさババア・・・・。」
「なんじゃ?」
「あの・・・・あのさ・・・・。」
「・・・・・?」
「あ・・・、あり・・・・。」
「何言いたいかわからんけど、はっきり言え。早く寝たいけぇ。」
「な、なんでもない!」
今言わなければいけない。
そんな気持ちになりながら次にしよう次にしようといつも先延ばししてきた。
たった一言なのになぜか出てこない。
それは
ありがとう。
こんな簡単な一言が何故言えないんだろう。
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