第24話 桜雅にとっての愛

弥琴みこは、4人の姿を見て気分を悪くした。

まるで4人のその空間は弥琴みこの知らない世界だ。


『少し前までそこにいたのは自分だったのに。』


『それだけならまだいい。なんでかなでの横にいるあの女が私たちのグループに入ってるの!!?』



自分の知らないところで京子きょうこは勝手に楽しんでいる。

それにも腹が立つし、知らない女とみんなが仲良くしているのにも腹が立った。


しばらく見ていると4人が歩き出したので弥琴みこは迷った。



『このまま見ていてもつらい。』



そう思ったからだ。

4人を追いかけようとする足を止め、弥琴みこは重い足を家の方向へと向けた。







京子きょうこさん!」





誰かに呼ばれた。

もうその大きな声と元気そのものの呼び方で誰かは一瞬で想像がつく。


桜雅おうがだ。




「こんなところで会うなんて偶然っすね!」


「げっ!」


思わず嫌な声をあげてしまったが、桜雅おうがは気にもしていないようだ。



「買い物っすか!?じゃあ俺、荷物持ちについて行きますよ!」


いきなりの誘いに弥琴みこは驚いた。



「いや、いい!」


「無理しないでくださいよ!ほら!俺、力あるんで!」


「そ、そういう問題じゃない!」


「あ、誰かと待ち合わせっすか?」


「そうじゃないけど・・・。」


「じゃあ遠慮しないでくださいよ!」




恐ろしく遠慮したい・・・・。





桜雅おうがは非常に押しが強い。

こんな年寄りをここまで誘う男がいるだろうか。



弥琴みこは、桜雅おうがのしつこさに違和感を覚えた。



『もしかしてババアの金目当てなんじゃ・・・・。』




そう思うと弥琴みこは、騙されてなるものかと強気に出た。





「な、なんなのよ、あんた!こんな年寄りを誘うなんて!どうせ金目当てでしょ!!」



弥琴みこの一言に桜雅おうがの顔が一瞬で笑顔に変わり、通行人に聞こえるほどの声で笑いだした。




「はははは!久しぶりに冗談言ってくれましたねぇ。京子きょうこさんのそういう言い方の中にある優しさ大好きっすよ。」



「はああ!?」

「あんたバカじゃないの!言っとくけどね!私は騙されたりしないんだから!オレオレ詐欺とかすぐわかるんだからね!」




「ははっ!そりゃそうだ!マジで京子きょうこさんに敵うやつはいないっす!オレが不良の時も敵わなかったんすから!」





いったいこの男と京子きょうこの間で何があったのだろうか。

桜雅おうがのその態度で京子きょうこを慕う気持ちが伝わってくる。


弥琴みこにとっては、それほど京子きょうこを尊敬する気持ちがわからなかった。

いつも怒鳴り、文句を言い、やりたいこともやらせてくれないようなそんな京子きょうこのどこが気に入っているのだろうか。




その謎を解きたいという思いもあったが、このまま桜雅おうがに付きまとわれるのは困る。だいたい、いつも楽しそうな桜雅おうがの横では今の自分の悲しい気持ちの置き場が見つかるわけもない。



「私、今から帰るだけだから。」


「そうなんすね!じゃあ俺もついていきます!たまには家にあげてくれないっすか?」




『やっぱコイツ、ババアの金目当てだ!』




弥琴みこは拒否する方法を色々と考えたが、桜雅おうがは意地でもついてこようとする。

そして一方的に話をしてくるので弥琴みこもどうしていいかわからなかった。




「気持ちいいっすね~。」



桜雅おうが京子きょうこの体よりもずっと大きく歩幅も違う。

ドカドカと歩いたらすぐに弥琴みこが追いつけない所まで行ってしまうだろう。

しかし、桜雅おうがは年寄りの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれている。




弥琴みこちゃん。」




「ひゃっ!ひゃい!!」





聞き流していた桜雅おうがの話にいきなり自分の名前が出てきたので弥琴みこは驚いて変な声を出してしまった。




「な、なんで私が弥琴みこだって知ってるの!?ババアがバラしたのか!?」



「ん?何言ってるんすか?弥琴みこちゃんは京子きょうこさんのお孫さんでしょ?」



「あ、ああ・・・。うん、そう。そういう意味ね。」



京子きょうこさん、いつも俺に弥琴みこちゃんの話するのに今日は静かですね~。」



「そ、そんな気分じゃないから・・・・。」





『ん?私の話?待てよ・・・・。』





ゲートボールの練習の時も、その台詞を聞いた。

そうだ。あの元気なおばあちゃんの冬美ふゆみがそう言っていた。





『私の何を話しているんだろう。やっぱり愚痴かな。』




知りたい気持ちもあったが、なんだか聞くのが怖かった。

落ち込んだ状態で、また自分の文句話など聞いたら気分がさらに悪くなるだろうと思ったからだ。

弥琴みこは、しゃべろうとした口を閉じた。





「俺ね、京子きょうこさんが弥琴みこちゃんの話する度に思うことがあるんすよ。」



「え?」





『そこで愚痴とか言わないでよね!私、今そんなこと聞けるほどテンション高くないんだから!お説教とかされたらマジ笑えないから!!』





聞きたい。いや、聞きたくない。


弥琴みこの中で葛藤が始まった。しかし桜雅おうがは空を見上げながら先ほどより少し悲しい顔をして話し続ける。




「俺ね、本当は弥琴みこちゃんが羨ましいっす。ほら、俺には母親も父親もいねぇし。」




「え!そ、そうなの!?」



「そうっすよ、話したじゃないすか。ははは。また冗談言って京子きょうこさんは面白いな。」



桜雅おうがの笑顔が大笑いではなく悲しく笑うのを見たのはそれが初めてだった。

その笑顔に弥琴みこは同情を感じ、何か話しかけてやらずにはいられなくなった。




「さ、寂しくない?」



「そうっす、寂しいんです。俺、思うんですよね。京子きょうこさんみたいにガツンって叱ってくれる家族がいたら、どんなにいいかって。」



「!」



「俺が不良やってても、平気で人傷つけても、誰も京子きょうこさんみたいに魂込めて叱ってくれるやついなんかいなかったですから。」





弥琴みこに衝撃が走った。

今まで自分は京子きょうこが叱ってくる事は誰にとっても最低なものだと思っていたからだ。

京子きょうこが家の外でも他人に対して厳しく接しているのは知っていた。

しかし、それをこんなに感謝する人間がいるだろうか。





「出会いって不思議ですよねぇ。あのフンコロガシより汚ねぇもん転がしてた俺が今は仕事して夜間学校行って勉強までしてるんすよ!一丁前に人助けしたいとかって思えるなんて!ははっ!もう俺ね、今が人生で一番楽しいっす!」



桜雅おうがの笑顔がいつものあの大きな声で笑う大声に変わった。

まるでこの街の憂うつを吹き飛ばしてしまいかねないようなその声。


不思議なことに弥琴みこは嫌な気分がなくなっていた。

桜雅おうがの笑い声とともに天に舞ってどこかへ行ってしまったようだ。

それと同時に京子きょうこの存在を何故か懐かしく感じる。






いつも弥琴みこがうるさいと思って聞いているあの叱り声が、桜雅おうがにとっては手に入れたくても入らない愛なのだ。


そこにいて当たり前と思っていた京子きょうこの存在。

いや、むしろ死んでくれと思っていた京子きょうこの存在。




弥琴みこは、何とも言えないような窮屈さに心を支配された。

それを何と呼べばいいのかはわからない。

弥琴みこは、それが桜雅おうがへの同情だろうと思う他なかった。










「いやあ。京子きょうこさんと話せて楽しかったな。またどこか行きましょうね!」




『いや、ほとんど話してないし。『また』って何?今日どこも一緒に行ってないし。』



心の中でボヤボヤと文句を言ってはいた弥琴みこだが決して悪い気分ではなく自分でも驚くほどクスクスと笑っている。







「あんたの話面白いよ。また聞かせて。」



「そうっすか!?嬉しいっすよ!いつでもいいっすよ!あ、またゲートボールの時にでも!!」



「うんうん、わかった。じゃあその時でも。だけどね、あんた若いんだからこんな年寄りばっか相手にしてないで、彼女でも作って楽しみなよ。」




なんだか年寄りくさい事を言ってしまったようだが、弥琴みこは、演技がうまくなっていく自分を褒めたいほどだった。




「またその話っすか!?ははは!京子きょうこさんには本当にいつも心配ばっかかけてますね!そのうちちゃんと彼女作ってみせますから!」




桜雅おうがの照れくさそうで嬉しそうな顔を弥琴みこは忘れないだろう。

なぜなら、そんな笑顔にしてやれた自分が誇らしく思えたからだ。






弥琴みこは笑って手を振ると玄関の扉に手を伸ばした。

瞬間、弥琴みこは目の前が真っ暗になり吐き気と腹痛に襲われた!


よろよろと倒れこみ玄関の土の匂いを近くに感じる。

意識が朦朧として桜雅おうがの助けを求める呼び声と大きな腕に抱かれる感覚の後、弥琴みこは意識を失った。

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