第23話 メイクをしたら

土曜日。

何やら朝早くから京子きょうこがバタバタとしている音が聞こえた。



弥琴みこは、二階にある自分の部屋へ向かった。

入れ替わってから、あまり自分の部屋に入ることはなくなっていた。

なぜなら京子きょうこの体で階段を上ることがきつかったからだ。


重い体と痛い膝。何とか耐えながら、一段一段上がっていく。

よく考えると、京子きょうこは毎日この階段を上って弥琴みこを起こしに来ていた。




『こんなきつい思いをしながら、来てたのか。』



自分が本当に年寄りになった時、孫に同じことをするだろうか?自分の体を痛めてでも毎日毎日、言う事を聞かない孫の世話を焼けるだろうか?



弥琴みこは昨日の夕食以来、京子きょうこに同情のようなものを覚えた。







「ババア!朝からうるせぇんだよ!何してんだ!?」



京子きょうこへほんの少し情が生まれたからと言って態度が変わるわけではない。いつも通りの目つきで弥琴みこ京子きょうこを睨みつけた。



「でかける準備をしちょる。」




「でかけるって?何?買い物でも行くの?」




「そうだ。一絵いちえと待ち合わせしちょる。」




「ええ!!自分だけ遊びまくってずるいじゃん!!こっちはババアの体になったせいで、何も青春できてないんだぞ!」




京子きょうこは年寄りの考えしか持っていないのに、なぜ高校生の一絵いちえにバレずにいるのか弥琴みこには不思議で仕方なかった。

しかも、買い物に一緒に行くほど仲良くなっているとは。





「お前も遊んできたらええ。金ならあるじゃろ?」




京子きょうこはわかっているようだ。

弥琴みこ京子きょうこの金を盗んでいることを。

しかし、弥琴みこにとって問題はそこではない。




「金とかどうでもいいんだよ!!」



「なんでだ?ずっと金を欲しがちょったやろ?神社から盗んでたくらいなんじゃけぇ。」



「うるせぇな!今は金があっても仕方ないんだよ!私の体が欲しいんだから!!」






「お前はいつもいつも欲しい物が手に入らないでいるんやね。金があればあったで文句を言う。お前のまわりにあるものの有難さを知れ。それがわからんうちは、たぶんこの体も元に戻ったりはせんけぇ!」




「!」




京子きょうこの説教が初めて痛かった。

何を言われても平気でいたが、今回ばかりは京子きょうこが言う事が正しいと思ってしまったからだ。





「祟りじゃ・・・・・お互いに。」





京子きょうこが呟いた一言が引っ掛かった。


お互いに?


入れ替わることで京子きょうこにとって何が祟りだというのだろうか。

実際、京子きょうこは若さを取り戻し楽しく弥琴みこの友達と遊ぶ約束までしている。

それとも、京子きょうこには、京子きょうこの体でいたい事情でもあったのだろうか。



そう考えると苦しんでいるのが本当に自分だけなのか弥琴みこは疑問になった。







京子きょうこがそのまま出かけようとしたので弥琴みこは止めた。

出かける事自体を止めたのではない。

お洒落の仕方が意味不明だったからだ。



「遊びに行ってもいいけど、その格好はダメだ!」


「なんでだ?このスカートが可愛いけぇ。」


「そのスカートは親が勝手に買ってきたんだよ!今時、その柄履いてるJKはいないっつーの!」


「JK?」


「知らないの?JKって女子高生って意味だよ。」


「そうなのか、学校でみんなが言うから何のことかと思うちょった。」





『よくそれで学校でみんなと話が合うな・・・・』




弥琴みこは半分呆れながら、京子きょうこを着替えさせた。

そしてメイクをしてやった。

なぜか今日だけは大人しくメイクされている京子きょうこ

自分の体だが弥琴みこには、妹ができたようで少しだけ楽しかった。



できあがった顔を鏡で映して見せてやると京子きょうこはにっこりと笑った。




「JKは、化粧しても綺麗やね。」





京子きょうこが初めてメイクの事をバカにしなかったので弥琴みこは嬉しくなった。そして、気をよくした弥琴みこはあることを思いついた。





「いいか、ババアしばらく目閉じててよ。絶対開けるなよ。すぐ終わるから。」



京子きょうこは素直に目を閉じた。



「まだか?もういいか?」



その言葉を何度も言いながら、ひたすら待っていた。

すぐ終わると言いつつ、けっこうな時間がかかった。




「待ち合わせに遅れる。」



「大丈夫!もう終わるから。それにババアは早めに行きすぎなんだよ。さあ、もういいよ。」




京子きょうこが目を開けると、何も変わった様子がなかったので疑問に思った。



「もう行っていいか?」


「よく見てよ!ほら!JKじゃなくてもババアでもメイクはできるんだよ!」



弥琴みこが指さしてみせたその顔。京子きょうこの目の前にはしっかりとメイクされた自分の顔があった。




「私の顔に化粧したのか。何年もしていなかったな。」



「言っとくけどねメイクだけじゃないよ!ちょびひげも剃って、まゆも整えてるんだから!」



「ええね。すごくええね。」



「だろ!?年寄りも若返らせる私のメイクテクニック!どうよ!?」



「うん、ええよ。あんたにはその才能がある。化粧してる時のあんたは楽しそうだ。」





「え!?」





弥琴みこは、たかがメイクを才能だなんていう言葉にしたことなどなかった。

確かにメイクの腕には自信がある。それに今のこの瞬間、昨日の嫌な気持ちなど忘れていた。





ドクドクと心臓が高鳴るのがわかる。嬉しいのか、高揚しているのか、よくわからない。







「じゃあ、行ってくる。」





「う、うん。あ、私もついて行って遠くから見ておこうかな。」




「そうしたらええよ。」







そう言われた弥琴みこは、支度を始めた。

友達とワイワイと話すわけではないが、用事ができたことで気分は少し盛り上がっていた。



支度をしている最中、電話が鳴った。一絵いちえからだ。




「ちょっとぉ!弥琴みこ、今どこ!?もう、待ち合わせ場所ついちゃったんだけどぉ??」



「ああ!ごめん。すぐに行くから待ってて。ちょっとメイクに時間かかちゃってさ。」



「おっけぇ。早く来てよぉ~もうみんな待ってるしさぁ。」



「え?みんなって?他に誰がいるの?」



「ああ、これナイショだったわ。来てからのお楽しみにしててよぉ。びっくりするからさ。」




一絵いちえがあまりにも嬉しそうに話すので、弥琴みこは誰が来るのかと楽しみになった。






『もしかして桃夏ももか!?』






そう思うと弥琴みこは興奮した。

桃夏ももかだったら京子きょうこの姿でも話ができるし、久しぶりに会える喜びもある。





「さあ、ババア行くよ!」



と勢いよく京子きょうこの手を引くと、いつもより軽い足取りで弥琴みこは待ち合わせ場所へ向かった。





歩いていると通行人が、こちらを微笑ましそうな顔で見てくる。

ちょっと顔の怖いおばあさんと高校生。

今時、あまり見かけない組み合わせなのだろう。


弥琴みこは少し恥ずかしくなって、京子きょうこより気持ち後ろを歩いた。

その時、女子高生として恥ずかしいのか、年寄りとして恥ずかしいのか、わけがわからなくなっていた。







待ち合わせに着くちょっと手前で弥琴みこは、建物に隠れてそこから見ることにした。

京子きょうこ一絵いちえの元へ行くと確かに一絵いちえ以外に誰かがいる。





黒いメガネに黒くて長い前髪。猫背の小さな体が一絵いちえの横にいることで、さらに強調されていた。



どう見てもそれはかなでだ!!



弥琴みこは、興奮と同時に恥ずかしさでいっぱいになった!




一絵いちえ!私がかなでのこと、聞いたから!?だから誘ったの!!?やばい!』




京子きょうこかなでも普通に挨拶をしている。

気のせいかかなでの顔が少し赤くなった。

その様子を見ると弥琴みこは、心の底から嬉しくなった。




しかし、その嬉しさも一瞬で消えた。





かなでの横にもう一人。



そう。



昨日、かなでに抱きついてきた女子高生が完璧なほどのメイクとファッションで横に立っていたからだ。

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