第33話 京子の幸せ

「やったあ!ババア見て!芽が出てるよ!しかもいっぱい!!」





朝から弥琴みこは大声で叫んだ。



数日前に畑作りを始めてやっとこ芽が出たのだ。



しかし畑作りは弥琴みこにとって考えているほど楽なものではなかった。

土を耕し、石を取り除き、鶏糞と肥料を入れ・・・・

京子きょうこに手伝ってもらったものの、それでも体力勝負だった。


そこらへんに種を置いておけば勝手に芽が出て食べ物ができるだろうと思っていた弥琴みこにとってこの作業は、いかに過程菜園が大変かを思い知らされた。






「みてみて!まだちっちゃいけど、これ芽だろ?」



「ああ、そうやね。ただ草もまじってるけぇ、ぬいちょかないけん。」



「え?どれが草??」



「これが芽。これが草。」



「違いがわかんないんですけど・・・・。」




畑作りをしていた京子きょうこにあれこれ教えてもらいながら、弥琴みこは素手で草を抜き始めた。




「ぎゃああ!!ミミズ!!!気持ち悪い!!!」




「ああ、ミミズがいたか。」




「どうしよう!?せっかくの畑にミミズがいるなんて!!ババア、どっか捨ててきて!!」



「いや。ミミズが住んでるっちゅうのは、畑にとっていいことじゃけぇ。」



「どうゆうこと?」



「それだけ土が柔らかくてミミズも住みやすいっちゅうこと。いい畑っちゅう意味じゃ。お前が作った畑をミミズは気にいっちょるんよ。」




「そ、そうか・・・いいのか、これで。」





さすがにミミズに触ることはできなかったものの、弥琴みこは手も足も真っ黒になりながら作業を続けた。

昔だったら、嫌がっていただろう。




土に触って手が汚れるなんて!!!



ネイルは取れるし、爪は汚くなるし、手を洗うのも面倒くさい!!!





そう思っていただろう。

しかし、弥琴みこは自分の手を誇りに思った。



京子きょうこの手は年寄りだが、なんとも上手に草を抜いてくれる。

長年使っていたせいで、皮が厚くなったせいだろうか。

ちょっとやそっとのことでは、痛みなど感じない。


土がついて汚れれば汚れるほど、頑張ってきた証になるような気がして弥琴みこは必死に手を汚した。







京子きょうこに教えてもらいながら、毎日世話をした。

少しずつ大きくなっていく野菜たち。

気が付けば冬が通り過ぎ、もうほとんど春の陽気になっていた。

春といっても日差しはきつく、畑仕事をすれば汗が大量に出る。




「間引きを前、教えたじゃろ?今日もやろう。」



「え?またやるの!?ほうれん草、また少なくなっちゃうじゃん。」



間引きは、野菜同士の間の感覚を開けるために、いらない部分を抜いていく作業だ。



「大丈夫。今回は食べるけぇ。他に畑があったら、また植えられるんじゃけどねぇ、うちは無いけぇ。」




「ええ!!!?食べられるの!!?このちっこいのが!?」



弥琴みこが指さした先にあるのは、スーパーで見るほうれん草の何分の一といっていいかもわからないほど小さい。



「柔らかくて美味しいけぇ。」



「ま、まじ・・・?」





弥琴みこは自分で育てた野菜が食べられると思うと嬉しかった。

京子きょうこに言われるまま引き抜いた。




その日のお昼、母は友人と出かけていていない。

京子きょうこ弥琴みこは自分たちでお昼ご飯を用意した。

もちろん、弥琴みこが作ったほうれん草も茹でて、おひたしにして出してある。




「いただきます!!」



「いただきます。」




「じゃ、やっぱ最初はほうれん草から!!」




「そうやね。せっかくじゃけぇ、一番最初に・・・・」





弥琴みこは、ほうれん草を口に入れると味わうように噛みしめた。

すると、ほうれん草独特の葉の香りが口の中に広がり、シャキシャキと音を立てて優しい味わいの汁が流れ込んできた。




スーパーで買ってきた野菜とは全然ちがう!




美味しい!!




美味しいでは何か違う!楽しい?嬉しい?



どの感情と置き換えていいのかわからないほど、弥琴みこは、幸せを感じた。




「うっまあああい!やっぱ自分で作ったのは美味いね!!」



「うん、上手にできちょる。」



「ほうれん草、けっこう好きなほうだったけど、もっと好きになったよ!なんでこんなに美味しいんだろう?」



弥琴みこが作ったけぇ。愛情がいっぱい入ってるんよ。愛が入ってる物はなんでも美味しいけぇ。」



「くっさ!なにその台詞!愛とかないし!」



弥琴みこは、そう言ったもののちょっと照れくさそうに笑った。




『この味、どこかで覚えがあるな・・・。』




弥琴みこは、そう思いながら、ほうれん草の味を楽しんだ。


その味は弥琴みこが小さい頃、京子きょうこが育てた野菜と同じ味だったとは気づかずに・・・・。






母のいない2人の昼ごはんは久しぶりだ。

畑の話が終わると、弥琴みこ京子きょうこは笑い話を始めた。




「私、ババアの事、マジでうざいと思ってたよ。」



「今でもウザいんじゃろ?JKは、そういうもんじゃけぇ。学校でもみんなが使っちょる言葉やけぇ。」



「でもまあ、なんか考え変わったかも。年寄りってのも悪くないな。病気とかの心配もあるけど、けっこう楽しいじゃん。」



「そうか・・・。私も楽しんじょるけど、やっぱお前はお前の姿。私は私の姿じゃなきゃいけん。そして先に死ぬのは私の役目じゃけぇ。」




「・・・・・。」





楽しい話をしていたのに、いきなり暗い空気がよぎった。


この雰囲気を利用して弥琴みこ京子きょうこにずっと気になっていた質問をすることにした。




「あ、あのさ・・・・。ババアはさ・・・・。」



「ん?」



京子きょうこはご飯に、漬物を合わせながら食べた後、弥琴みこを見た。


その視線を弥琴みこは逸らして、部屋の隅に何かいるかのように見つめながら話した。




「ババアは、人生やり残したことないの?」



「・・・・・。」



「あの暗い部屋でさ、一人で・・・・。まあ、そうさせたのは私だったんだけど。でも、今からでも何かあれば・・・・。」



「何かか・・・。」



「そう考えるとさ、私とババアが入れ替わったのは、ババアが高校生として楽しめるからだったのかなとも思うんだよね。体も軽いし、友達とも遊べるし。ほら、神様が与えてくれたのかもしれないし。」




弥琴みこが神様だなんて言葉を使うので京子きょうこには弥琴みこの真剣さをはっきりと理解できた。




京子きょうこは、目を合わせない弥琴みこから目を逸らし、またご飯を食べだして話した。





「私は高校生になって若返るよりも、青春するよりも、もっと幸せなことがあるけぇ。それはどんな状況でも変わらん。どんな暗い部屋でも構わんし、お前に何を言われても何とも思っちゃおらんけぇ、心配するな。」




「そ、そうか・・・。なら、いいけど。」




「後はお前が幸せになってくれればいいけぇ。」



「!!」




「孫はいつまでも心配でしょうがないけぇね。お前が幸せじゃったら、それでええ。」




その言葉を聞いた時に弥琴みこは確信した。





大切にされている。




そんな一言に変えられるような確信ではなかったが、弥琴みこは自然と笑いがこみあげてきた。




「はは、何言ってんだよ。」





2人が微笑み、お互いを見た。








その瞬間、白い光が2人の目の前を通り過ぎ、何も見えなくなった!


しかし考える間もなく光はなくなり、視界ははっきりしてきた。




「な、なに今の・・・・。」



目を開けたままの2人は、何が起こったのかわからず困惑した。



「何か通りすぎた?」




京子きょうこを見ると、驚いた顔をしている。

いや、その驚いた顔を見た弥琴みこ自身はもっと驚いた!!




弥琴みこの目の前にいたのは弥琴みこ自身の体ではない!

確実に京子きょうこ自身だ!!





「か、体が元に戻ってる!!!」



「今の光で元に戻ったんじゃ。」




お互い自分の体を触って確かめた。


あまりにも突然のことに信じていいものかどうか迷った。


もしかしたらこれは夢なのかもしれない。


だが、確かに元に戻っている。






久しぶりの軽い体。

皺のない手、視力のいい目。髪も痛んでいない。

弥琴みこは手で顔を触った時にしっかりと確信し喜びがあふれてきた。





「やった!!やっと元に戻ったよ、ババア!!良かった!!」



「良かった・・・・。このままお前を死なせてしまうかと思うちょった。本当に良かった。」




弥琴みこは少し悲しくなった。

元に戻った喜びは自分と京子きょうこの想いでは違っていることを知ったからだ。




「だ、大丈夫だよ。元に戻ってもちゃんと病気を治す方法はあるから。」




弥琴みこがそう言った瞬間、京子きょうこは腹を押さえて倒れ、体を床にぶつけた。

食卓の上に置いてある皿が落ち、床に突き当たると大きな音を立てて割れていく。



「ババア!!ど、どうしたんだよ!?」



痛みのあまり京子きょうこは何もしゃべらない。



「そんな!しっかりして!!ちょっとまって!!どうすりゃいいんだよ!!」



「くぅううう」



弥琴みこは半べそになりながら、オロオロとした。



「そうだ!!母さんに!」




「ババア!しっかりしろよ!か、母さんに電話するから!!」




弥琴みこは急いで母に電話した。

すぐには繋がらなかったが、何とか通じた。



「もしもし?」



「母さん!!ババアが!!倒れた!私、どうしていいかわかんなくて!!ど、どうしよう!!」



「え!?おばあちゃんが!!おばあちゃんは話とかはできるの?」



「できない!苦しんでるよ!!どうしよう!」



弥琴みこは頬に溢れるほどの涙を流していた。



「落ち着いて。息はしてるの?」



「し、してるけど苦しそう。」



「わかったわ。とにかく一度切るわよ。救急車に電話するから。」



「わ、わかった・・・。」





電話を切るとすぐに弥琴みこ京子きょうこの背中をさすりながら話しかけた。



「母さんが救急車呼んでくれるから!頑張って!」




すると京子きょうこは目を開けて深い息をし出した。

どうやら痛みが少し治まったようだ。



「そういうことか・・・。」



「え!?な、なに?しゃべれる?」



「心配せんでええけぇ。これでわかった。」



「な、なにがわかったの!?ってか、しゃべって大丈夫!?」



「もう、大丈夫やけぇ。全部、私が死ぬ時までの時間じゃったんじゃ。」



「ど、どういう意味?」



腹を押さえる手は、そのまま京子きょうこは体を起こした。

弥琴みこもそれを手伝った。

久しぶりに触る京子きょうこの体に弥琴みこは戸惑った。



自分自身が京子きょうこの体だったとはいえ、こうやって弥琴みこの体に戻って女子高生として年寄りの体を支えるのは何年ぶりだろう・・・。




「私が死ぬまでの間、入れ替わる運命やったんやねぇ。だから、今元に戻ったんじゃ。」



「死ぬまでって!!じゃあ、もうだめってこと!?」



「きっとそうじゃけぇ、良かった。」



「良くないよ!!!死ぬなよ!!」



「もうええけ。充分楽しんだけぇ。このまま死ねたら何も言うことないけぇ。」



「ふざけんなよ!これだからババアは諦めが早すぎるんだよ!!私が何のために野菜とか食べてたと思ってんだよ!!そんなで死ぬとか勝手なこと言うんじゃねぇよ!!!」



涙を流しながら怒鳴る弥琴みこの姿を京子きょうこはうれしそうに見つめている。











やがて救急隊員がやってきて、わけもわからないまま京子きょうこは病院へ運ばれていった。


初めて乗る救急車。

弥琴みこは運ばれる京子きょうこの手をずっと握っていた。


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